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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第七章 ネリアとお城の舞踏会
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265.エカテのムースはおいしいです

よろしくお願いします!

 会場の貴婦人たちがユーティリス王太子やライアス、レオポルドに注目していたころ、会場の片隅でも一人の女性が紳士たちの視線を集めていた。


 顔立ちがどこか遠い異国の者のようにエキゾチックなうえ、美しい若い娘がとくにエスコートもなくひとりでいるのがかえって人目をひく。


「あれは……だれだ?」


「国王主催の夜会に出席できるのだからそれなりの令嬢だろうが」


 ひそやかなささやきとともに紳士たちに注目されているのは、装飾をこらした色とりどりのドレスがあふれるなか、むしろシンプルすぎるぐらいに地味な灰色のドレスを着た娘だった。


 ドレス全体に縫いつけられたビーズは魔導シャンデリアのやわらかな光にも強い輝きをはなち、娘が身動きするたびキラキラとまるで星屑がこぼれるようだ。


 しかも身をかざるのは真珠……真珠の養殖技術がないエクグラシアでは、漁師や人魚が偶然にみつける大自然からの贈りもので、キラキラした魔石や掘ればみつかる宝石などよりずっと稀少なものだ。


 その稀少な真珠をふんだんに使い身を飾り、さらにそれを引きたてるのは精巧な凝ったカッティングをほどこされたビーズ……ぜいたくに慣れた貴族たちでさえもあまりみかけないシンプルにみえて手のこんだ装飾が、彼らに気安く声をかけることをためらわせた。


 光の輪がかがやく艶をみせる美しい黒髪をひきたてるように、ドレスはすべてをモノトーンで統一したシンプルなデザインで。けれどもみるものがみれば王都では流行の最先端をいくものだとわかる。


 ドレスと共布のヘッドドレスをつけた長い黒髪はそのまま背に流し、その吸いこまれそうに神秘的な黒曜石の瞳、シミひとつない白磁のような肌……全体的にモノトーンななかで唇だけがふるりと赤くみずみずしい。


 太古の昔に月の精霊が恋をしたといわれる、夜の精霊をあらわすかのような娘がそこにいた。





 ドアをそっとしめてからカーテンの影から抜けだし、わたしが会場をみまわすと夜会はまだはじまったばかりだ。


 国中の貴族ほとんどが参加していると聞かされたけれど、これだけの人数でエクグラシア全土を支配しているのかと思うとふしぎな気がする。大広間とはいえひとつの部屋におさまっているわけだし。


 きらびやかな夜会の参加者よりも、給仕をしてまわるスタッフたちや会場を警備する竜騎士たち……夜会を陰でささえるひとたちに目がいくのは自分も仕事をしているせいだろうか。


 みんな身のこなしもスマートで背筋がピシッとしている。体幹がしっかりしているよね……肉体労働だし筋肉がいいバランスでついてそう。


 彼らは会場に目をくばり、参加者がちゃんと楽しめているか困っていないか気にかけている。


 貴族たちがそろう気をぬけない場でもあるけれど、夜会は彼らにとっても晴れの舞台だ。会場の設営から段取りまで、きっといろいろな苦労があったんだろうな。彼らの労に報いるためにも今日はめいっぱい楽しもう!


 てきとうに料理をつまみつつ食前酒をちびちび飲んでいたら、ひときわ大きな歓声がきこえた。壇上に王族がそろいアーネスト国王とユーティリス王太子の真っ赤な髪がみえた。


 おおお、ユーリかっこいい!白に金彩がほどこされた正装に赤い髪と同色の肩帯がはえて、ほんとうにキラッキラな王子様だ。あとでかっこよかった……ってほめてあげよう。


 大人の体格になった彼と初めて接する淑女たちの熱狂ぶりがすごい。研究棟のセキュリティも強化したほうがいいんじゃないか……と思うほど大騒ぎだ。


 彼のことだからそつなく相手をするだろうけれど、終わるころには表情筋がつっちゃうんじゃないかしら。


 ホントすごいね……エスコートを断ってよかった、あんななかにいたら落ちついてご馳走が味わえない。


(うん、このエカテのムースおいしい!)


 さらにライアスも呼ばれて壇上にあがっていった。ライアスは背が高くて竜騎士の正装だからとてもめだつ。


 彼は壇上からさっと会場をみまわした。もしかしてわたしを探している?


 ギクリとしたらアーネスト陛下と話をしていたユーリまで、チラリとこちらをみたような気がした。


 けれど今日のわたしは〝ネリア〟だと名のるつもりはない。


(いまのわたしはモブ中のモブだし、こっそりここで王宮グルメを堪能したら……運がよければ二~三人に声かけてもらって踊れたらそれでいいかな……)


 今夜わたしは奈々として夜会に参加することに決めていた。ネリアの知りあいに会っても素知らぬふりをするつもりだ。だからライアスの誘いもユーリの願いもことわった。


 どうしても今回だけは、わたしが奈々のために夜会の準備をしたかった。だって奈々にとって初めての晴れ舞台だもの。


 だれかと話をしたりしなくてもいい……ただ〝奈々〟という存在としてここにいたい。それがたとえパパロッチェンの力を借りたかりそめのものだとしても。




 そのときにぎやかだった会場が一瞬しずまりかえり、さざなみのようにざわめきが広がっていく。


 ざわめきの正体はすぐにわかった。アルバーン公爵夫妻とレオポルドにエスコートされたサリナが大広間を進み、公爵夫妻とともに国王一家に挨拶したあと、そのまま二人は踊りだした。


 白いドレスを着たサリナはとても綺麗だった。


 金髪を美しく結いあげ、彼の肩にそえる華奢な手……潤むようなエメラルドの大きな瞳にバラ色のほほ……レオポルドと一緒に踊っているとまるでオルゴール人形みたい。


「先代のアルバーン公爵がおさだめになった許婚同士でいらっしゃるそうよ?」


「まぁ……それではサリナ様が成人なされたら正式にご婚約かしら?」


 わたしのまわりでも貴婦人たちが踊る二人をみつめ、感嘆のため息をもらしている。


(ふーん……あいつ婚約者と踊るときぐらい、もっとうれしそうな顔すればいいのに)


 ふと広間の壁に飾られた大きな鏡に映る自分に目がいく。悪くないよね、〝奈々〟も。


 自分でやったメイクのしあがりに満足してにっこりとほほえめば、鏡のなかの〝奈々〟も恥ずかしそうに笑いかえした。


「うん……自分でやったにしちゃなかなかだよね。そうだ、せっかくだし今のうちに記念撮影しとこう」


 実はこのドレス、〝自分で脱ぎ着ができるもの〟という注文のほかに、収納ポケットもつけてもらっている。ふふふ……これでわたし、ハンズフリーで食事ができるもんね!


 ニーナに注文したら「ドレスの注文でそんなこといわれたのはじめてよ!」となげきつつ、ちゃんといい仕事をしてくれた。


 軍服につかう量産型とはちがい、ニーナがドレスの色に合わせた刺繍糸でドレスに術式を刺繍した特注品だ。そこにわたしはある魔道具をしまってある。


 大広間をでて中庭につづく廊下を進み、ひと気のないバルコニーに身をすべりこませる。


 ドレスの収納ポケットからメレッタに使いかたを教わった魔道具を取りだし、自撮りにチャレンジだ。


 とはいえスマホではないのでさすがに自撮りはやりにくい。自撮り棒がほしい!


「えっと……もう、やりにくいなぁ」


 悪戦苦闘していたわたしは背後に人がいるのに気づかなかった。


「何をしている」


「ひゃうっ!」


 びっくりした拍子にわたしは魔道具をとりおとした。ふりむくまでもなく声の主がだれかはすぐにわかった。


 ビクビクしながらふりかえったわたしを、レオポルドは黄昏色の瞳で眉をひそめてみつめている。けれどいつもとちがい丁寧な物腰できちんと名のった。


「すまない……おどろかせたか?私はレオポルド・アルバーン……シャングリラ魔術師団長をしている」


(よぉく知っておりますとも!)

たぶん、みんなこれを待ってた(笑

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