264.ミラとレオポルド
本日3話目の投稿です。
今回ミラ目線が大部分なので、ネリアがまったく視野にはいっていません。
ミラ・アルバーン公爵夫人は満足していた。
娘のサリナは従兄であるレオポルドと踊っている。
学園時代から評判だったその美しさは卒業後さらに磨かれ、大人の化粧をほどこしたいまはレオポルドと並んでも見劣りしない。
大広間のあちこちからもれる感嘆のため息がそれを表していた。
「ご覧になって……まるで絵を見ているようですわ。美男美女でお似合いですこと」
「サリナ様もさすが筆頭公爵家のご令嬢ですわね……あれがデビューとは思えないほど堂々としてらっしゃるわ」
会場にひろがる賞賛のざわめきがミラの耳にも届く。
ミラ自身はとくに美しさは持ち合わせていなかった。
優雅な物腰にたおやかな仕草は、必死に努力して手にいれた。
美しさへの渇望といってもいいぐらいの憧れは、公爵夫人となり金に糸目をつけず自分を磨けるようになったいまも衰えない。
だから美しく生まれついた自分の娘を磨くことに心血を注いだ。
この娘ならばだれもがふりかえり、王子でさえもひざまづいて愛を請うようになるだろう。
でもどんな美しさもレイメリアにはかなわない。
レイメリア・アルバーン……まだ醜い少女だったミラの心をひとめで奪った美しい少女。
ガラス細工のような繊細な美貌に強い輝きをはなつ黄緑色の瞳……ミラは彼女のすべてから目が離せなかった。
どうしても彼女に近づきたくて弟のニルスに近づき、彼女の父である先代公爵にも気にいられるよう尽くした。
レイメリア自身はミラを邪険にすることはなかったが、彼女の親友であるリメラやアイシャ・レベロよりは距離があった。
そしてグレンとともに王城で暮らしはじめ、あっさりミラの前から姿を消した。
彼女の死を知ったとき、この世から火が消えたように感じたものだ。
(あら……?)
一曲踊り終えてレオポルドとサリナは、公爵夫妻のところではなく王族たちがいる壇上にむかっていく。
今日はお披露目でもあるサリナを連れて、レオポルドといっしょに貴族たちと挨拶を交わす予定なのに。
ずっと王城にいたレオポルドは、夜会のはじまるギリギリになって公爵邸に戻り、したくを済ませたサリナの胸元を飾る……紫陽石のネックレスをみて眉をひそめた。
「いつのまにこのようなものを……サリナにこの色は似合わないと思うが」
「まぁレオポルド、これはそんな深い意味はなくて……」
あわてて夫人がとりなしても、レオポルドの顔は険しいままだ。
「私はだれとも婚姻を結ぶつもりはない。サリナは自分できちんと相手を選ぶべきだ。このような色をまとわせれば『私に捨てられた女』と悪評がたちかねない」
「レオ兄様お願い、わたくしのわがままなのです。今日はレオ兄様とおそろいにしたかったの。どうかこのネックレスをつけさせて……!」
泣きそうになりながらサリナが訴え、レオポルドはようやく娘がネックレスをつけることを了承した。
「サリナは私のだいじな従妹です。だからこそ自分で納得のいく相手を選ぶべきだ……先代の言うなりになったりせず!」
「レオポルド、あなたほどサリナの相手としてふさわしい男性はいないわ」
何度このやりとりを繰りかえしたろう……本当に強情だこと。そう思いながらミラが優しくいうと、レオポルドはサリナの手をとりつつも首を横にふった。
「……私はサリナにふさわしくない」
それだけいうとレオポルドは王城の結着点への転移魔法陣を展開した。
おかげでサリナはこれ以上ないというぐらい美しく着飾っているにもかかわらず、口数も少なく顔も青ざめたままだ。
しかもこれだけ大騒ぎした紫陽石は王城の魔導シャンデリアのやわらかな光に照らされると、薄紫色が暗く沈みレオポルドの瞳とは似ても似つかなくなってしまった。
まるで薄墨のシミがサリナの肌についたようだし、よくみれば石も魔術師団長から公爵令嬢の婚約者に贈るものとしては小さすぎる。
(もっと大きくて堂々とした極上の石でなければ。宝石商にはまた探すように命じないと……)
サリナはレオポルドからユーティリス王太子に引き合わされ、こんどは王太子がサリナの手をとり壇上から立ちあがって広間に降りてきたため、ミラの周囲からも悲鳴のような歓声があがった。
「さすが筆頭公爵家のご令嬢ね、レオポルド様と踊られて王太子様のお相手もつとめられるなんて!」
「なんて華々しいデビューなんでしょう!」
たしかに王家からはレオポルドに遠慮したのか打診はなかったが、王太子のファーストダンスの相手としてサリナが選ばれるのはまぁ順当だろう。
レオポルドはそのまま壇上に残り、ライアス・ゴールディホーンと話をしている。
ミラのまわりにいた取り巻きたちが騒がしくなった。夜会用の正装姿でもある〝金の竜騎士〟と〝銀の魔術師〟がそろうのは見ごたえがある。
だが踊る王太子とサリナ・アルバーンからも目が離せなくて、貴婦人たちもせわしない。
「こうして遠目にみますとサリナ様……王太子様ともお似合いじゃなくて?」
「たいへんですわよアルバーン公爵夫人、もしも麗しいおふたかたから求婚されたらどうなさるの?」
ミラはおっとりとほほ笑んだ。
「いやですわ……サリナはデビューしたとはいえまだ成人前ですのよ?子どもっぽくて……」
みなはこのまま勝手に想像していくだろうし、それをわざわざとめる必要はない。
そう、まだ時間はある。
サリナとユーティリスを送りだしたあと、レオポルドはライアスと警備状況について簡単に話した。
「呪術師マグナゼはすでに帰国の途についている。いちおう人員を張りつかせているが……」
「サルジアが何かしかけてくるかと思ったが……」
そこでふと言葉をとめたレオポルドは、ライアスの顔をじっとみつめた。
「なんだ?」
「私は今夜……お前があの娘をエスコートするのかと思っていた」
レオポルドのいう〝あの娘〟がだれのことをさすのか、ライアスにもすぐにわかった。
「まぁ俺は警備責任者でもあるし、ドレスを贈るのも断られた……」
「そうか」
レオポルドはいつもどおり淡々と無表情なままだ。
「だが彼女にはきちんと交際を申しこむつもりだ。かまわないか?」
「……私にことわりをいれる必要などない」
「それはそうだがおなじ師団長だ。もちろん職務には影響がないよう気をつける」
「……そう願う。すこし外の空気を吸ってくる」
ライアスからふいっと顔をそむけると、そのままレオポルドは会場をあとにした。
自分より性格もよくてカッコよくて女性に優しい男がいたら、「自分が」とはならないかもしれないですね。









