263.王族たち
よろしくお願いします!
舞踏会の会場となった大広間では、華やかなダンスがくりひろげられていた。
いずれユーティリスも壇上から降り踊りに加わるが、いま令嬢たちはお披露目もかねそれぞれのエスコート相手と踊っている。
彼は白に金糸の刺繍をした王太子の正装に赤い肩帯で、国王一家とともに大広間を眺めていた。そこへ筆頭補佐官のテルジオがやってきて耳うちをする。
「ネリアさんはさきほど部屋にはいられました。じきにいらっしゃるかと」
「そうか……」
王太子めあての令嬢も多い会場は色とりどりの華やかなドレスがあふれていて、ネリアを探すのは大変そうだ。
国王一家の周囲には遮音障壁が展開してあり、アーネストは気楽に話をする。
「あいつの師だったグレンも、夜会には顔をだすだけですぐ姿をくらましてたぞ……」
「ネリアは老人じゃないですよ、仮面がなければみつけにくい……彼女は『ご飯が楽しみ』といっていたから、料理がならぶあたりを監視させておけ」
「かしこまりました」
うなずいてテルジオがさがると、アーネストは首をかしげてユーティリスにたずねた。
「しかしユーティリス、ドレスもあるのになぜネリアを誘わなかった」
「……ことわられました」
「は?」
聞きかえすアーネストにユーティリスは怒りをこめた赤い瞳をむける。
「ことわられたんですよ、何度もいわせないでください!」
「だが……ライアスやレオポルドに夜会へ出席して令嬢たちの相手をするよういいつけたのは、俺なりにお前を応援したつもりなんだが」
「えっ……」
「なんですって、あなた……彼女をたったひとり、エスコートもなしに夜会に参加させたのですか?」
ユーティリスがおどろきに目を丸くするとリメラ王妃も顔色をかえた。
「僕は全員、ネリアにことわられたものだとばかり……」
「お、俺は余計なことをしたのか?」
おろおろとする夫を前に頭痛がしてきたリメラ王妃は額を押さえた。
「まちがいなくそうですわね。ライアス・ゴールディホーンをここへ呼びなさい」
夜会の警備責任者でもあるライアスはすぐにやってきたが、話を聞くと眉をひそめた。
「では……陛下が命じられたのはネリアを誘わせないためだったと?」
「それだけではなくて……ユーティリスだけだと実際大変だろ……ヒィッ、しゅみましぇん!」
アーネストはしどろもどろで言い訳をしたが、琥珀と赤と青……三対の冷たい視線が彼にむけられる。
ユーティリスはライアスにむかって眉をさげた。
「ライアスすまない、僕を選んでほしいとは思ったがきみの邪魔をするつもりでは……」
「いえ私もネリアが『一人でだいじょうぶ』というのを、深く考えませんでした……」
当の本人は宮廷料理をごきげんにパクついているのだが、壇上にいる者たちはそうとはしらず心を痛めた。リメラ王妃がため息をついて、王妃付きのホープ補佐官をよぶ。
「ジゼル、テルジオと一緒にしたく部屋へいきなさい。部屋にいなければ警護に連絡して彼女を探して」
「はい」
「それとユーティリス、彼女は錬金術師団長だからこそ王城内に住めるのです。このようなことは二度と許さず、今後はきちんと〝錬金術師団長〟として夜会に参加させなさい」
「それは……」
返事をためらうユーティリスにリメラ王妃は正論でたたみかける。
「彼女はこのエクグラシアにおいて確たる地位がまだありません。王太子のあなたと支え合いながら自分の居場所を築いていかねばならないのは、あなたもわかっているでしょう」
「…………」
ユーティリスがだまっていると、場をなごませようとしたアーネストが大広間をみて声をあげた。
「お、筆頭公爵家のやつらがやってきたぞ。あいつが踊るなどめったにない……これは見物だな」
夜会がはじまるギリギリまで仕事していたレオポルドに合わせたのだろう、従兄のレオポルドにエスコートされ、サリナ・アルバーンがアルバーン公爵夫妻とともに会場にあらわれた。
レオポルドとサリナ・アルバーンは会場中から感嘆のため息と視線を集めた。
白いデビュタントのドレスを着たサリナの金髪は香油でつやをだし美しく結いあげられ、白く細い首筋と鎖骨を飾るように大きな黄昏色の宝玉がかがやく。
潤むような瞳はあざやかな緑玉、色づくほほに愛らしい唇……レオポルドとならぶと絵のように美しい。
公爵夫妻とともにサリナは国王一家に挨拶し、そのままレオポルドにいざなわれて踊りの輪にはいっていくと会場のあちこちから悲鳴のようなため息が漏れた。
魔導シャンデリアのやわらかな光を浴びサリナとレオポルドが踊るあいだに、リメラ王妃はもどってきたジゼルにたずねた。
「ネリアはいましたか?」
「いいえ、したく部屋はきれいに片づいておりましたので、もう会場にきておられるかと。テルジオが警備に確認しております」
ユーティリスがふたたび会場をみまわすと、アーネストが声をかけた。
「なあ、ほかの娘にも目をむけたらどうだ。お前が話したことのない令嬢もたくさんいる。自分に関心のない相手にこだわらなくとも」
王太子の正装に身をつつんだ息子の赤い瞳が怒りに燃えあがっても、アーネストはつづけた。
「ネリアならそのうち顔をだすだろう。ほらあのエキゾチックな黒髪の女性はどうだ?」
父にいわれてユーティリスが女性に目をやると、父が目をつけるだけあってたしかにどこか人目をひいた。
珍しいまっすぐな長い黒髪で異国の者を思わせる顔立ちなのに、身につけるのは王都でも最新流行のドレスだ。
地味な灰色のドレスを飾っているのは稀少な真珠ときらめくビーズで、色鮮やかなドレスが多いなか彼女自身の装いはモノトーンで統一されている。
だが彼女を何よりも際立たせているのは、光の輪ができた艶のある長い黒髪だった。
シミひとつない白い肌にふるりとした赤い唇、そして吸いこまれそうな黒曜石の瞳はまるで神話にでてくる夜の精霊のようだ。
つかのま彼女にみとれ……それを素直に認めるのはくやしくてユーティリスは父に言いかえす。
「……父上の好みは僕とちがいますから」
ほほえみを浮かべたリメラ王妃の肩がピクッとする。
「はっ、ちがうぞリメラ……俺はほんとにユーティリスに合いそうな娘を探そうと」
「ええ、それで女性たちばかりご覧になってらっしゃるのね」
目がまったく笑ってない妻の視線に殺されそうになりながら、アーネストは心のなかでさけんだ。
(俺がなにをしたっていうんだ⁉)
そこへ一曲踊りおえたレオポルドが、サリナをエスコートしてやってくる。
「……筆頭公爵家の令嬢であれば、僕も相手をするべきでしょうね」
ユーティリスは立ちあがるとサリナ・アルバーンの手をとった。
エクグラシアの言語体系は複雑なので、遮音障壁さえ展開してしまえば唇を読んでも何言っているか外からはわからない……という設定です(逃









