261.それぞれのドレスアップ
すみません、次回と言いながら夜会にたどり着けませんでした!
女のしたくは時間がかかるのです。
王城で〝拝謁の儀〟や〝謁見の儀〟がおこなわれているころ、十番街では淑女たちが夜会のしたくをする。
十番街でひときわ威容を誇るアルバーン公爵邸でも、きょうの夜会でデビューする令嬢サリナ・アルバーンのために準備が進められていた。
浄化の魔法やエルサの秘法だけではダメだ……だれよりも美しく磨きあげねばならないのだから。
何日もかけて専属の者により手入れされた肌は、透きとおりそうな白さだけではなくやわらかな質感を保ち、ほっそりした指先の爪まで磨かれ色石を貼りつけた。
先日のほほの腫れもきれいにひき、成人まであとわずか……大人びたなかにもまだ可憐さをのこす娘に用意されたのは、公爵家の威信にかけて用意された逸品ばかりだ。
デビュタントをあらわす白いドレスは生地にびっしりとみごとな銀糸の刺繍がほどこされ、見た目よりも重い。
「まぁ……なんて見事なの!」
大きく潤むような緑玉の瞳にほんのりとバラ色に色づくほほ……ふっくらとした小ぶりな赤い唇……娘がまとう女神のような美しさに、ミラ・アルバーンは満足して感嘆のため息をもらした。
長く伸ばした髪は香油をつかい艶をだし、時間をかけて丹念に編みあげてそこに宝石細工の髪飾りを留める。
「レオポルドは花飾りを贈るような子ではないものね……ほんと無粋なんだから。しかたないけれど」
ミラが無関心な甥に対してグチをこぼすと、サリナは心配げに顔を曇らせた。
「お母様……レオ兄様はわたくしを気にいっていただけるかしら」
「もちろんよ。アクセサリーはメイビス侯爵夫人とも相談してきめた紫陽石でいいかしら……レオポルドの瞳にあう色をわざわざ宝石商に探させたのよ、すこし小さいのが残念だけれど」
紫陽石は珍しい石ではないが、レオポルドの瞳と同じものはみつかればかならず持ってくるよう、ミラは宝石商に言いつけてある。
それでも公爵家にふさわしい格のある石はなかなかみつからず、どれほど高額な紫陽石も実物にはかなわない。
石に気をとられるミラの横で、サリナの瞳は不安そうにかげったままだ。
「レオ兄様はダンスの練習相手はつとめてくださいますけど……わたくしにはいつも『自分で相手を選べ』とおっしゃるわ」
ミラはネックレスを持ちあげようとした手をとめた。
娘とてミラにとっては駒にしかすぎない……レオポルドを公爵家へ縛りつけておくための。
そのために磨いてきたのに何の役にもたたないなど……恵まれた育ちの娘にイラついて冷たい声がでた。
その声にサリナがびくりと身をこわばらせる。
「サリナ……あなた十七にもなって殿方の心ひとつ捕まえられないなんて努力が足りなくてよ。あなたがあの可哀想な子を幸せにするのでしょう?」
「わたくしがお兄様を……ええ、もちろんですわ」
青ざめた顔でこくりと素直にうなずいた娘に、ミラは優しくさとすようにいいきかせた。
「それにこの世の中どこを探してもレオポルド以上の男性などいませんよ?」
これだけ気をつかい娘を美しく従順に育てたのに、レオポルドは何が気にいらないのか。どうにかしてレイメリアの血をひくあの美しい男を自分のものにしたい。
この夜会で二人が踊れば婚約したも同然、公にしないのは主役の王太子に遠慮してのこと……まわりはそうとるだろう。
(それにしても……おとなしいリメラに似たわりに眉目秀麗な青年になったこと)
ミラは少年のときに遠目でみただけだった王太子の顔を思いだす。
レイメリアと同じ〝赤〟をもつ〝竜王との契約者〟……なによりあの身に背負う権力の輝きはなんと強烈で魅力的だろう。
(サリナをめぐって、王太子とレオポルドが争えば面白いのに)
娘のライバルになりそうな者はアイリのような運命をたどらせてやろう……そんな想いは表にださず、ミラはおっとりと娘にほほえみかけた。
「もっとあなた自身を磨かなくては。王都にいる間にあたらしいドレスを仕立てましょう」
夕方になると王都全体から魔素の光が空にのぼっていく〝夜の精霊の祝福〟がみられた。
まるでユーティリス王太子を祝福しているみたいだ。
街では人々がパレードの様子やユーティリス王太子の凛々しさを、語っては祝杯をあげている。
準備がととのった王城には、夜会の参加者たちが華やかに着飾り到着しはじめているころだろう。
謁見の儀を終えたわたしは研究棟にもどり、錬金術師たちと夜会の開始を告げる花火の準備をしていた。
「マウナカイアよりも盛大にいくわよ!」
今日のために長距離転移魔法陣でマウナカイアから戻ってきたウブルグがニヤリとする。
「王都のやつらの度肝を抜くのは楽しみじゃのぅ」
「そうね、国に富と繁栄をもたらす〝錬金術師の王子様〟……ってね!」
ずっと師団長として参列していたわたしは、貴婦人たちのように朝からしたくにかかりきりというわけにいかなかった。
だから夜会のドレスに一人でもかんたんに脱ぎ着ができる……という注文をつけたのだ。
「ネリア、いまのうちに何かお腹にいれておきませんか?ずっと王城にいたから朝たべたきりなのでは?」
「だいじょうぶ、昼はヴェリガンからコールドプレスジュースを差しいれてもらったし、夜会ではたくさん食べるつもりなの」
心配して声をかけるヌーメリアに返事をして、わたしは王都上空にいくつもの転送魔法陣を展開した。
爆撃具をアレンジした〝花火〟が夜空に大輪の華を咲かせた。
その輝きに満足していると、テルジオからエンツが飛んでくる。
「ネリアさん、そろそろ王城にいらっしゃいませんか。したくに使われる部屋にご案内します」
「行っておいでよネリア、あとは僕らでやるからさ」
オドゥがあたらしく転送魔法陣を展開しながら眼鏡のブリッジに指をかけ、わたしにむかって優しくほほえんだ。
「楽しんできてね」
「うん、じゃあ行ってくるね!あとおねがい!」
オドゥに笑顔をかえしてソラから収納鞄を受けとり、わたしはテルジオの待つ王城へ転移する。結着点にあらわれたわたしをみてテルジオはホッとした顔になる。
「ネリアさんよかった!女性のしたくは時間がかかりますからね。人払いはしておりますが本当にお一人でだいじょうぶですか?」
「だいじょうぶ、ええと……部屋から会場へも一人でいきたいのだけれど」
テルジオは心得たようにうなずいた。
「そのように手配しております。部屋をでましたらまっすぐ左に進み、つきあたりで扇子をひろげている貴婦人に『我通ることを許されし者』とささやいてください。あらわれた扉をあければそのまま会場にでられます。何か不都合があれば私の名をだすかエンツを送ってください」
「ほんとに?何から何までありがとう、テルジオさん!」
うれしくなってお礼をいうと、テルジオはゆるく首をふってチャーミングなウィンクをした。
「お礼なら私ではなく殿下に。ネリアさんに夜会を心ゆくまで楽しんでほしいというのが、ユーティリス殿下の意志ですから。そのかわり殿下がダンスを申しこんできたら踊ってあげてくださいね」
「うん、わかった。それじゃ!」
豪華なしたく部屋でひとりになり、わたしは軽く息をつくと収納鞄をひらいた。
植物園で手にいれたヌノツクリグモの糸で織った布で作った灰色のドレス、それに共布のヘッドドレス。
マウナカイアでカイにもらった真珠と、ライアスとでかけたガラス工房で特注したクリスタルガラスのビーズを組み合わせたネックレスやイヤリング。
真珠やビーズはニーナたちがドレスやヘッドドレスにも縫いつけている。
ぜんぶこの世界にやってきて出会った人たちが関わっている。
いい記念になりそう……と思いながら、〝はくだけで華麗にステップが踏めるヒール〟をとりだしたところで、わたしの手がピタリととまった。
ニーナがちゃんと下着もつけてくれていたことに気づいたのだけれど……。
「……えっ、こんなものつけるの?」
そういえば従妹のアケミお姉ちゃんも結婚式で、ウェディングドレスの下にはこれをつけていた気がする。
わたしは繊細なレースと刺繍がほどこされた、いかにも高級品っぽいガーターベルトを手に愕然とする。
夜会につどう貴婦人たちって……ドレスの下はみんなこれなんだ!
「淑女って……なんかエロい」
ガーターベルトは飛び道具だと思います……視覚的に。
とはいえネリアなので、このあとお色気シーンとかはありません。












