260.『立太子の儀』当日
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むかえた〝立太子の儀〟当日。その日は朝からシャングリラ王都全体が興奮で沸きたっていた。
ユーティリス王子の肖像画が街中いたるところに飾られ、窓際のペチャニアも声をそろえて歌う。
沿道の花車にはエクグラシア国花スピネラの赤い花が積まれ、人々はスピネラの花飾りを胸や帽子、髪につけている。
午前中にまず〝立太子の儀〟が六番街にある大聖堂で執りおこなわれ、そのあと大聖堂から王城までパレードがある。
わたしにもだいじな役目があり、きょうは仮面と竜王神事で着た式典用ローブで〝金の竜騎士〟と〝銀の魔術師〟にはさまれ参列している。
エクグラシアでは竜王との契約者である〝王族の赤〟しか王になれない。だから立太子できるのも〝王族の赤〟だけだ。
(ということはレイメリアにも王位継承権があったんだ……)
そんなことを考えているうちに時刻になり、大聖堂の入り口の扉が開かれる。
白地に金系の刺繍がほどこされた正装に、蒼竜の刺繍をあしらった赤いマントのユーティリス王子があらわれた。
大聖堂中が注目するなかを祭壇にむかってゆっくりと進む彼は、背筋をのばしまっすぐに前をみつめ堂々としていて参列者からため息がもれる。
唇を真一文字にひきむすんだ彼の顔には、サラーグを飲み遠くをみていた〝錬金術師ユーリ・ドラビス〟らしい優しげな表情は見当たらなかった。
師団長がそろって並ぶ祭壇の手前までくると、ユーティリス王子はひざまづく。
ここエクグラシアでは王太子だろうと、国王と並びたつ師団長より立場は下になるらしい。
だからユーティリス王子はまず師団長たちに宣誓する。
「王都三師団に宣誓す!ユーティリス・エクグラシア、竜王との約定を継承し次代を担う者としてこの身を捧げることを誓う。ここに認められたし!」
「「「認めよう!」」」
ここで三師団を代表しユーティリス王子の所属師団長であるわたしが彼に剣を授ける。
剣を受けとる彼と一瞬目が合い、目礼した彼は無言で立ちあがり蒼竜のマントをひるがえし国王の待つ祭壇にむかう。
三師団に認められた証の剣を掲げまたひざまづいた彼の頭に、紅玉があしらわれた王太子の冠が国王の手で載せられた。
「エクグラシア第三十代国王アーネスト・エクグラシアの名において、ここにユーティリス・エクグラシアの立太子を宣言する!」
国王の高らかな宣言に大聖堂全体から拍手と歓声があがり、立太子の儀の完了を知らせる鐘が鳴り響いた。
パレードではウブルグ・ラビルが、直弟子の晴れ舞台ということで張りきってくれた。
「せっかくだし陸上用ヘリックス三号をパレードに使わんか?大聖堂から王城前広場まで移動に五日ほどかかるが、ユーリの晴れ姿はゆっくり拝めるぞい?」
いつのまに作ったのかヘリックス三号の設計図を片手に、パレードの計画をいきいきと語るウブルグにわたしは質問した。
「ウブルグ……その五日間、ユーリはヘリックス三号の殻のなかでじっとしてろってこと?」
「だいじょうぶじゃ、ネリアから水中ホテルの構想を聞いて設計したのでトイレもベッドも完備してある。まぁ外からは丸見えじゃが!」
「ダメでしょうそれは……『王太子観察ケージ』になっちゃうよ。魔導列車を模した魔導車の案がいいかな、黒蜂をパレードむきに編隊をくんで飛ばしたりできる?」
「そんなもん、ヘリックス三号にくらべれば朝飯前じゃが……」
「じゃあそれで!」
異論は挟ませない。不服そうなウブルグはそれで押しきった。
錬金術師団らしさをだそうと、パレード演出にはこだわった。
グリドルの製作をする工房に頼んで魔導列車を模した外殻をつくってもらい、普通の魔導車にとりつける。
これは『王太子のパレードで一番目立つ場所』ということで進んで協力してもらえた。
パレードする通り沿いをギルド建物内部のように空間演出できないか、魔道具ギルド長のアイシャ・レベロに相談したらこれもバッチリ。
ユーリといっしょに何度も魔道具ギルドに訪れたことが役に立った。
「魔道具ギルドの存在も示せるわね……魔道具師たちにも協力を仰ぎましょう」
六番街の通り沿いにはギルドの助けを借りて、エクグラシア各地の風景が投影される。
魔導列車を模した魔導車に乗るユーティリス王太子が、魔導列車で旅をしているような気分になれるように。
『いろんな土地を魔導列車で走るんです。車窓からさまざまな街と景色をながめて』
彼から聞いた子ども時代の夢と重なったのは偶然だけど、車上で手をふるその表情からすると気にいったみたいだ。
沿道の観衆たちもいながらにして国内旅行が楽しめるので、あちこちを指さし盛りあがっている。
見せ場になる場所にはスポンサーを募り資金や技術協力をしていただく。これで錬金術師団で費用をかけなくても立派なパレードになった。
黒蜂は羽音がうるさく近くでみると物騒な雰囲気がするので、ウブルグに無理をいって蝶っぽく飾りの羽をつけた。
蝶っぽい羽根をつけた黒蜂はフラフラと飛び、蝶がヒラヒラと飛んでいるみたいになる。
編隊を組み羽音が聞こえないよう建物よりはるか上空を飛ばし、大空に七色の煙で魔法陣を描く。
「じゃ、マウナカイアのビーチでさんざん練習した転送魔法陣、用意はいい?」
「「はーい!」」
メレッタやアレクにも手伝ってもらい、その魔法陣からおなじ色の花を降らした。花はもちろんヴェリガンにガンガン育ててもらった。
彼は最後には踊り疲れフラフラになって、ヌーメリアに介抱されてたけど。
パレードが王城に着いたらユーティリス王太子のお披露目だ。
まずは〝拝謁の儀〟があり国内から集まった貴族や名士たちと、昼食会が開かれる。
午後からは各国代表との〝謁見の儀〟……このときちょっとした事件が起こった。
隣国サルジア皇国の使者として謁見の場にあらわれた呪術師マグナゼは、ゆるくカールした黒髪に黒い瞳をもち、ヒルシュタッフ宰相邸で目撃され姿を消した地方領主マグナス・ギブスによく似ていた。
「日のいづる国の皇帝シュライより日の沈む国の王へご挨拶を……皇帝より親書を預かっております。わが君は皇太子リーエンのご学友であられたユーティリス王太子をわが国に招待したいとおおせです」
うやうやしく親書をささげ持ち滑らかに口上をのべるマグナゼに会場がざわりとした。すこしの間をおいてアーネスト陛下が返事する。
「……親書は受けとろう。招待は……すぐには返事をしかねる。検討させていただくとだけサルジア皇帝にお伝えいただこう」
サルジアの立派な装束に身をつつんだマグナゼは口角をあげた。
「かしこまりました。ご来訪の際には貴国が誇る王都三師団の師団長にも、ぜひご同行いただきたい。もちろん全員が国をあけるわけにはいかぬでしょう、どなたかお一人で結構」
レオポルドが眉間にシワをよせ、ライアスが目をむいた。
ユーティリス王太子は顔色ひとつかえずそれを聞いていた。
けれど彼が組んだ手をみると指の爪先がかすかに白くなっていた。
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