26.グリンデルフィアレン
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「見ればわかる」というグリンデルフィアレンは、なるほど見ればわかった。
三階建ての研究棟が蔦で覆われ、どデカい緑の塊になっていた。
細かい葉がついた緑の蔦がびっしりと絡み合い、竜騎士たちが剣をふるっても硬い蔦の成長は速く、入り口に近づけない。
師団長室に入れないように時間稼ぎをして、その間に封印を壊すか、わたしを説得するかしたかったんだろうなぁ。
「……これ、どうやって中に入れば……」
モジャハウスを見上げて呆然と呟くと、横でレオポルド・アルバーンがぶっきらぼうに言った。
「燃やせばいいだろう」
「レオポルド・アルバーン……それ研究棟ごと灰にするってこと?」
「ふん」
ほんと可愛くないねっ!可愛さは求めてないけどっ!
「ヴェリガン・ネグスコを捕まえたぞ!研究棟側の植え込みに隠れていた」
ライアスの指示で竜騎士さんたちが、ヴェリガン・ネグスコを捕らえて連れてきてくれた。
艶のない紺色の髪と精彩のない瞳を持ち、頬がこけていて、陰気な印象を与える男だ。あまりにも不健康そうで、ちゃんとご飯を食べているのか心配になる。
「どうも……」
声もボソボソとしてくぐもっていて、聞き取りにくい。
「このグリンデル……フィアレン?……はあなたの仕業?」
「きみが……師団長室の……〝エヴェリグレテリエ〟を手に入れたら……困る……」
「あなたも〝エヴェリグレテリエ〟がほしいの?」
「違う……僕は別に……」
「じゃ、なんでこんなことを?」
「僕……寒いの……苦手……だから……」
「?」
「グリンデルフィアレン……『春の芽吹き』……この目で……見たくて……北に行くのは……寒いから……」
(だから、ここでやっちゃったのかよ!)
よくよく見れば、顔色の悪いヴェリガン・ネグスコのこけた頬がほんのり赤らんでいるようだ。頬が赤茶色になっている。念願のグリンデルフィアレンの『春の芽吹き』が見られて、興奮しているのだろう。理解できないけど。
「じゃあ、もう見て満足したんなら、元に戻してくれる?」
そう言うとヴェリガンは、オドオドと視線を逸らした。
「僕には何もできない……っていうか……そのうち……枯れる……」
「それじゃ遅いんだけど!」
カーター副団長が、目ぇ逸らして丸投げするわけだよ。後のこと何も考えてないって……さすが錬金術師だね!
この脱力感と傍迷惑な感じが、妙に懐かしいと思ってしまうのは、わたしが三年間、グレンに毒され続けたせいかもしれない。はぁ……。
(グレンのバカ!わたしに渡すなら渡すで……根回しぐらいしときなさいよぉっ!)
今はもういない……とわかっていても、わたしは彼を怒鳴りつけたくなった。
「うーん。凍らせて動きをとめるとか、根元を枯らすとか……」
ない頭を振り絞ってうんうん考えていると、脇から真っ赤な髪と瞳を持った、十四、五歳の少年に話しかけられた。
「あの、すみません。新しい師団長ですか?僕、ユーリ・ドラビスって言います。錬金術師です!」
見るとユーリ・ドラビスは背も小柄なわたしと同じくらい。ずっと長身の人達ばかりに囲まれていたから、同じ目線の高さに、少しほっとする。
「あっ、はい、ユーリ、よろしくね!危ないから離れててね」
そう言うと、ユーリは少しすねたような顔になった。
「……僕はもう十八歳で成人しているんでお気遣いなく!それより、ヌーメリア・リコリスという錬金術師がひとり、姿が見えないんです。もしかしたら、中に閉じ込められているのかもしれない!」
(えっ⁉︎何か地雷踏んだ?成人してても危ないのは変わらないと思うんだけど……それより!)
「この中に人が⁉︎」
グリンデルフィアレンは、北の大地の春の雪解けとともに芽吹き、勢いよく大地を覆いつくすと、地面の乾燥を防いで他の植物の苗床となる植物らしい。
ヴェリガンが何かいじったのか成長スピードが凄まじく、カーター副団長が言っていたように、のんびりとしてはいられないようだ。
こうしている間にも魔樹グリンデルフィアレンはどんどん蔓を伸ばし、蔓が互いに絡み合って厚みを増していき、『研究棟』全体を緑の繭ですっぽりと覆ってしまいそうだ。
「ユーリ、グリンデルフィアレンの特徴、わかる?」
「はい!魔樹グリンデルフィアレンは冷気には強いですが、熱には弱いです。夏の暑さですぐ萎びて枯れ、ボロボロになるため、素材としての価値もなく……正直、どうしてヴェリガンが所持していたのかわかりません」
そう、熱には弱いのか……。
「素材としての価値はないのね?」
「はい」
念のため再度ユーリに確認してから、わたしは決断した。
「レオポルド・アルバーン、さっきあなたが言った通り、グリンデルフィアレンを燃やしてちょうだい!」
レオポルドの方に向き直ってそう告げると、レオポルドは意外そうに「ほう?」と片眉をあげた。
「生木だけどここは王城だし、ススや煙をあまり出したくないから、水分を全て蒸散させるような高火力でお願い」
ユーリが慌てたように口を挟んだ。
「それでは研究棟まで燃えてしまいます!中にはヌーメリアが!」
「わたしの防御魔法を、『研究棟』全体に広げてみるから!錬金術師の魔力は『物質』に作用する……一晩中は無理だろうけど、少しぐらいなら持ち堪えてみせるから!」
わたしは口早にユーリに言い聞かせ、今度はライアスに向き直る。
「ライアス、入り口には防御をかけないようにするから、グリンデルフィアレンが脆くなった所で、竜騎士団の人達で、入り口を壊して欲しいの。穴が開けば中から炎と爆風が噴き出して来るから、それに気をつけて」
「分かった。我々も炎耐性の防御魔法を自分たちにかける」
「穴が開いたら、わたしが中に入るね。大丈夫、わたしの防壁、炎も平気だから……ユーリ!ヌーメリアはいるとしたらどこ?」
ユーリが、わたしの勢いに呑まれるように、返事をする。
「地下だと思います。師団長室の手前に階段があります!」
「師団長室の手前ね!」
わたしは自分の周りに展開した魔法陣を可視化すると、手早く魔法陣の術式を何か所か書き換える。
「三重防壁……!」
側に居たユーリが、現れた魔法陣を目にして、息を呑んだのが分かった。
術式の書き換えが完了したら、最後に魔素を流し込み、固定して完成だ。
「防御対象をグリンデルフィアレン以外の〝研究棟〟すべてに……変更!」
わたしはグレンの仮面を取りだし、傷や隙間がないかチェックする。うん、大丈夫そう。
「ネリア・ネリス」
レオポルドが話しかけてきたので、何かな?と思って見上げれば、彼は無表情にも見える真顔で、わたしを見下ろしている。黄昏色の瞳が真剣な光を湛えていたので、わたしも吸い込まれるように、彼の瞳を真っ直ぐに見返していた。
「良いのか?『エヴェリグレテリエ』と契約すれば、もう引き返せないぞ」
この期に及んでそんなこと?
「……最初から」
「何?」
「『竜の間』ではあんな事言ったけれど、わたしには『選択肢』なんてないの。最初から……ね」
あの日あの時、『生きたい』と願った。
特別じゃなくてもいい。
ただ普通に。
平穏に生きたい。
脅かされずに人生を送りたい。
そのためには、グレンの言う通り。
すべてを手に入れるしかない。
わたしはこの時、どんな顔をしていたんだろう。レオポルドが驚いたように目を見開いた。
「グレンはお前に何を……」
何かを言おうとするように口を開きかけて、また閉じた。唇をギュッと引きむすんで、厳しい表情でこちらを見下ろす。
わたしもグレンの仮面を被り、合図をすると竜騎士たちが配置につく。レオポルドも杖を取り出し魔力を練り始めた。
(あれが『魔術師の杖』……)
ちらりと見たそれは、緑玉が埋め込まれ凝った細工がしてあるものの、長身の彼が持つには小ぶりで、素朴な印象を与えるものだった。
わたしは仮面の下でため息をつく。本当に、どうしてこうなったんだろう。
つい二日前、わたしはデーダス荒野のグレンの家の庭で、洗濯物を干していたのに。
のんびりとシーツのシワなんか伸ばしたりして。
ほんとに、もう。
どうしてこうなった。
ユーリ・ドラビスの初登場回なので、彼が引き立つように、少し書き直しました。