259.ユーリとネリアとサラーグと
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「うん」
それだけ返事をしてユーリをみかえすと、彼は顔をみるみる真っ赤に染めてサラーグをぐいっとあおるとテーブルにつっぷしてしまった。
「〜〜〜ネリアっ!喜ぶとか恥じらうとか何か反応してくださいよっ!」
「えっ?あっ、ごめん……」
なんだか怒られているのであわてて謝ると、ユーリはガシガシと頭をかきむしった。
「男はこういうの酒でも飲まないと勇気がでないんですよっ、あーもぅ、かっこわる……」
「そ、そうなんだ……できたらシラフのときにいってほしいと思ったけど、そうじゃないんだね……」
ユーリはブスっとむくれてから、大きくため息をついた。
「そんな勇気のある男なんていませんよ……男はみんな自分に自信がないんです、無反応なんて男のプライドが粉々ですよ……」
どうやらわたしは無神経にも、ユーリのプライドを傷つけてしまったらしい。
「ごっ、ごめっ……わたしもこういうの慣れてなくてっ!」
もだもだと謝ると肩でひとつ息をついたユーリが苦笑してグラスを持ちあげた。
「ともかくサラーグを飲みおわるまでは、僕の話につきあってください」
それからユーリは話しだした。わたしたちは隣にならんで座っているのに、横をむいてみつめあうこともなく窓に映る相手をみていた。窓に映るユーリがわたしにむかい照れくさそうに笑う。
「僕が子どもだったときの夢を聞いてもらっていいですか?」
「子どもだったときの夢?」
「そうです、僕はこどものとき魔道具師になりたかった。メロディの店みたいな魔道具店を街にひらくんです。一日中魔道具をいじって修理して、それで新しい魔道具を開発したら魔道具ギルドに持っていく」
ユーリがたのしそうに話すその横顔は、いつも魔道具いじりに夢中になっているときの彼とおなじで。
「ちょっとした稼ぎになったら家に帰ってネリアみたいな可愛い奥さんと祝杯をあげて……それか魔導列車の技師でもいいなって思ってました」
「魔導列車に乗って働くの?」
「ええ、僕は駆動系のしくみをみるのが好きで。魔導列車を動かしながら真っ黒になって働いて、いろんな土地を魔導列車で走るんです。車窓からさまざまな街と景色をながめて……それも楽しそうでしょう?」
「うん……」
わたしがいま聞いているのは王子様の夢ではなくて、ユーリ・ドラビスという青年の夢かもしれない。
「……でも僕にはムリかもな」
サラーグを飲みながらユーリは寂しそうな顔をする。
「魔道具のことはよく知っているつもりでいたけど、メロディの店にいったらぜんぜん違っていた。城にある精密な魔道具とはちがい、少量の魔素でも動くように簡略化された魔導回路が使われていた。あれなら修理だってしやすい」
ユーリは自嘲するように言葉を続けた。
「それに僕は金銭感覚にうといから、原価計算ができなくて店をつぶすかもしれない」
ユーリのだいぶ飲み干したグラスのなかで、浮力を失った氷がころりと動いた。
なんでも器用にこなすようなユーリだけれど、心の奥ではそんな想いを抱えてたんだ……。
「僕に流れるバルザムの血が〝竜王との契約者〟としての地位を運んできた……けれど僕は〝王子様〟にはなりたくなかった。なれるのなら僕は……」
手の届かないものに憧れるような強い光を瞳に宿し、遠くをみつめる彼の横顔にわたしは唐突に理解した。
立太子の儀は……彼が子どものときからの夢をあきらめる瞬間なんだ。
榛色の髪に琥珀色の瞳をもつ、やさしく笑う魔道具師の青年。店の奥でいつも楽しそうに魔道具をいじっていて人当たりもいいから、魔道具店は近所の奥様たちでにぎわうだろう。
そう思ったとたん、わたしの目からポロポロと涙がこぼれた。
前がみえなくなったわたしのまぶたに柔らかいものがあてられて、それがユーリの唇だと理解するのにしばらく時間がかかった。顔を離したユーリはわたしの泣き顔をみながらしみじみとつぶやく。
「僕でもネリアを泣かせられるんだなぁ……ちょっとだけ自尊心を取りもどしましたよ」
「ひとを……な、泣かせといて、それはないとおもうの……ひぐっ」
なぜだかうれしそうなユーリを恨みがましくみあげると、彼は綺麗にたたまれたハンカチをとりだしそっとわたしの目にあてる。
「だいじょうぶですよ、僕のなかではもう折り合いがついてます。それに王太子になれば権限がいろいろと解放されるんです。せっかくですからフル活用しますよ」
「うん……」
わたしがまだじんわりと熱をもつ目元にハンカチをあてていると、ユーリが穏やかにほほえんだ。
「研究棟にきて僕の世界はひろがった。ネリアやほかの錬金術師たちが僕の考えかたや生きかたまで変えてくれた……錬金術師を続けるのは許されてますし、これからは僕の可能性を試すつもりです」
「うん……がんばってね」
わたしはそばで応援するしかできないけれど、ユーリならきっと……何かをなしとげるだろう。
わたしは気になっていたことを、ついでにたずねてみる。
「あのさ……オーランドさんに聞いたんだけど、ユーリと王妃様がわたしのためにドレスを作ってくれたってホント?」
「オーランドがそういったんですか、まいったな……」
困ったように頭をかくユーリに、もうしわけなくなって、わたしは眉尻をさげる。
「あの……ごめん、わたし今回はどうしてもやりたいことがあってドレスも自分で用意したの。だからごめん」
ユーリは苦笑した。
「そんな顔しないでください」
ユーリはスッと人差し指を伸ばして、わたしの唇にあてると黙らせた。ユーリの赤い瞳がやさしく細められる。
「わかってます……ネリアは自由に過ごして楽しんでください。僕がだれよりも先にドレスをネリアに贈る男になりたかったんです。だからドレスだけは贈らせてください」
「でも……」
ユーリは目線をはずして手を伸ばし、机のうえにあった仮面を手にとるといった。
「ネリアがひとりで夜会を楽しみたいのは知ってますが、僕としては仮面をはずしたあなたを、わがエクグラシアの誇る錬金術師団長ネリア・ネリスとしてちゃんとエスコートしたかったな。僕が贈ったドレスを着せて」
「それは……」
わたしがまばたきをすると、ユーリがじっと顔をのぞきこんでくる。
「……まだ勇気がでない?ネリアは仮面をはずすのがこわいんですか?」
「そうじゃないけど街歩きとかしにくいのは困るし、ごめん……わたしにその覚悟がないというか」
なんて答えたらいいか言葉を探していると、仮面を置いたユーリはそっとわたしの手をとった。
「今回はみのがしてあげます。そのかわり……僕はこの研究棟ではただのユーリ・ドラビスです」
ユーリは大きな両手でわたしの手を包みこむようにすると、赤い瞳でわたしの目をのぞきこんでくる。
「ネリア、あなたにお願いがあります。どうか僕に晴れ舞台をあたえてください。もしも仮面をはずして〝ネリア・ネリス〟として夜会に参加するときは、〝錬金術師ユーリ・ドラビス〟にエスコートさせてください」
目をのぞきこんだまま、ユーリはわたしを安心させるように優しくほほえんだ。
「そのときはネリア……ファーストダンスはかならず僕と踊ってください、約束ですよ?」
「……うん」
ユーリの笑顔につられて、わたしは果たせるかどうかもわからない約束をした。
「ありがとう、ネリア」
ユーリは感謝の言葉をつぶやくと、わたしの手の甲にかるく口づけを落とし立ちあがった。
過ぎてしまえば一瞬だった。ユーリが帰ったあとにからになったグラスがふたつ、テーブルに置かれている。
わたしのほうから手をのばせば、何かちがう結末になっていたんだろうか。
けれどこの先サラーグというお酒を飲むときは、いつもわたしを助けてくれた赤い髪の錬金術師をきっと思いだすだろう。
師団長室をでたユーリが研究棟の入り口にむかうと、そこにはこげ茶の髪に深緑の瞳をもった一人の人物がたたずんでいた。
オドゥは眼鏡のブリッジに指をかけると人のよさそうな笑みを浮かべた。
「カッコつけた?」
「……のぞくのは趣味が悪いですよ、オドゥ」
からかうようにたずねてくる相手を、ユーリは先ほどまでの優しげな笑みを消してジロリとにらむ。
「のぞいてない。ユーリならカッコつけるだろうな……て思っただけだよ」
「カッコつけましたよ僕は王子様ですからね。オドゥこそ僕をけしかけてなぜみているだけなんです。だれよりも彼女のことを気にしているのに」
眉をあげたユーリが勝ち気な光を赤い瞳に宿してにらみつけると、オドゥは困ったような顔をした。
「手にいれてしまうと……失うことがすごく怖くなるからかな」
「え……」
「じゃあね、竜玉の調達はたのんだよ王太子様」
ユーリに質問する隙をあたえず、オドゥの姿は転移して消えた。
このぐらいの二歳差って、けっこう大きいと思うのですよ。












