257.クリスタルガラス
ガールズトークを書くのも好きです。
隔日更新に戻ってます。
7章完結後は、しばらく不定期更新となります。
「そうだったんですか⁉︎」
わたしがおどろくとニーナが屈託なくケラケラと笑った。左耳の脇にたらした黄緑色の髪をひとさし指でくるりと巻いてポーズを決める。
「逆にそれを売りにしているの。『貴族の家を飛びだした、とんがった令嬢のつくる面白い服』ってね。貴族相手に仕事するならそのぐらいしたたかでないと」
「そうね、自分にはあなたたちと渡りあえるぐらいの価値がある……と堂々としないとすぐ舐められるわ」
アイリとメロディがお茶を片づけ、ミーナが蜘蛛の糸で織られた灰色のドレスをひろげる。
「堂々と……か。わたし何にも考えずに飛びこんだから、かえってよかったのかも。わたしからすればどの人もただのエクグラシア人なんですよね」
「エクグラシア人か……なるほどね!」
仮縫いを終えたばかりのドレスは、わたしにピッタリだった。上半身をコルセットで締める必要はないため、そのまま〝ミストレイ〟を引きあげて体にフィットさせる。
「体に合っていて動きやすいです。これならご飯も食べられそう!」
わたしが喜んでいるとニーナがあきれた顔をする。
「夜会でご飯の心配をする女の子ってネリィぐらいよ……これから本縫いだから夜会までぜったい体型変えないでよ!」
「き……気をつけます……」
ドレスの裾はふわりとひろがっているものの、形もシンプルであつかいやすい。パフスリーブに長手袋をあわせれば装いは完成だ。
ニーナは地味だというけれど、灰色のドレスは軽くて柔らかい生地でできていて、シックで素敵なドレスだった。
ミーナのつくった〝はくだけで華麗にステップが踏めるヒール〟に足をいれたら、ちょっと足踏みしただけでわたしはクルクルと華麗なターンを決める。
ウソみたい……ミーナさんの魔導靴すごすぎるよ!
「ちょっとネリィ、ここは工房の二階でダンスホールじゃないんだから気をつけてよ!」
ニーナが渋い顔で注意したけれど、わたしのテンションは爆あがりだ。思わず楽しくステップを踏んでしまう。
「うわぁ、とっても動きやすいです。これで私も〝モブ中のモブ〟として目立たず夜会を楽しめますよ!」
「モブ中のモブ?」
ニーナが変な顔をする横で、ミーナがヘッドドレスを箱から取りだす。
「いちおう共布でヘッドドレスを作ったけど……アクセサリーも自分で用意するつもり?」
「はい、マウナカイアでもらった真珠があるし、それにクリスタルガラスを使いたいなって」
夜会当日の衣装はすべて自分で用意すると決めた、そういうとメロディが眉をあげた。
「ガラス……?夜会にガラスなんかつけてったら笑われるわよ。竜騎士団長か殿下にいえば用意してもらえるんじゃないの?」
「……そういうのは自分がそれに見合う女になったら、遠慮なくもらいます」
「ま、ネリィらしいっちゃらしいわね」
わたしの返事にメロディはあっさりと肩をすくめた。だって夜会のアクセサリーは自分でごほうびに買うような値段じゃない。貴族たちが身を飾る品はそれこそ家が一軒買えるぐらいのものだ。
ライアスやユーリがいくらお金持ちでも、気安くもらえるものじゃない。
それにどんな値段だとしてもそれはただの石っころだ。その対価に愛情を差しだせるかは……やっぱり相手によるんだろうな。
「今回はぜんぶ自分で用意したいんです。だってわたしにとっても初めての夜会だし、大人になった自分のために……まず自分がお祝いしたいから」
わたしは収納鞄から七番街のガラス工房に発注していた、クリスタルガラスのビーズをとりだす。実験用のガラス器具を注文するついでに工房に依頼したものだ。
「それにクリスタルガラスは普通のガラスとちがうんです。みてください、綺麗ですよ!」
机のうえにザラリとひろげると光と色彩がこぼれでる。工房にいた四人の目は釘づけになった。
「何これ……!」
「なんて透明度なの……ふつうのガラスとぜんぜん違うわ!」
「それにこの輝き……妖精たちが踊りだすようよ!」
「綺麗ですね……」
クリスタルガラスはガラスを溶かす過程で酸化鉛を混ぜこんだものだ。ガラスの透明度が増して柔らかくなり加工だってかんたんにできる。
「素敵でしょう?製作を持ちかけた工房主もはりきってくれたんです」
四人はそれぞれビーズを手にとると目元まで持ちあげ光にかざし、その煌めきに声をあげたり色の美しさにみとれている。
しばらくそうしてから、がばっとわたしをふりむいたニーナが、クリスタルビーズを手にすごい勢いでつめ寄ってきた。
「ちょっとネリィ、これどこの工房なの。値段はいくら?あと数はどれくらい作れるの?」
「ぐるじ……ぐるじっ……ニーナさんっ!」
「ちょっとニーナ、そんなにつめ寄ったらネリィが死んじゃうってば!」
ミーナがわたしからニーナをひっぺがしても、まだニーナは興奮してわめいていた。
「どーしてこういうのさっさとみせないのよ。毎回何もちこんでるのよ、いちいちビックリするじゃないの!」
「あの……なんでわたし怒られるんですか……?」
ニーナがこわい。わたしがビクビクしながらたずねると、ニーナは自分の髪飾りがふっとんでいきそうな勢いで首をふった。
「あぁもう!ねぇミーナ、わかる?〝収納鞄〟のときも私夜眠れなかったし、〝ミストレイ〟でも私夜眠れなかったし、こんどは〝クリスタルビーズ〟よ。これ今夜もまた寝られないわ!」
「あーそうね、気持ちはわかるわ」
「ええっ、ニーナさんちゃんと寝たほうがいいですよ!」
「ネリィが寝られなくしてるんでしょうがっ!」
「……なんでわたし怒られるんですかっ⁉」
「怒ってないわよっ!」
「めっちゃ怒ってるじゃないですか!」
「興奮してるのよっ!」
わたしがミーナにガラス工房の場所と連絡先を教え、ビーズをニーナに預けてようやく騒ぎは落ちついた。
ひとりで着られるのなら脱ぐのも簡単だ。
ちょっと名残り惜しいけれど完成を楽しみドレスを脱いでたたんでいると、手伝ってくれたメロディがいった。
「これでネリィもメイクはバッチリなんだし、もっとオシャレして街へでかけなさいよ」
「いいですね、だいぶ買いものにも慣れました。けれどこのあいだ店員さんの代わりに魔道具しかない店があって困ったんです」
ショーケースにならぶお菓子につられて店にはいると、店内にはだれもいなくて魔道具だけがある。
結局どうしたらいいかわからず何も買わずに店をでた……という話をしたらメロディが笑った。
「〝店番くん〟ね、魔道具にお金を払えば商品を包んでくれるのよ。帰りにいっしょにいって使いかた教えてあげるわ」
「うれしい、お願いします!」
ネリアとメロディを見送ったニーナは、パン!と両手を打った。
「わたしたちは仕事ね、ドレスの本縫いと……このクリスタルビーズ使わなくっちゃ。仕事が増えたけどあの子のデビューだものね!」
「はい!」
裁縫道具をだしてきたアイリが元気よく返事して、ミーナも道具を手にしながらお団子頭をひねった。
「ていうかあの子……〝モブ中のモブ〟とかいってたけど、このドレスで目立たないつもりなのかしら……」
「そういうとこネリィはほんとニブいわよね……〝ニーナ&ミーナの店〟最新作だもの。地味なのは色だけなんだから!」
真珠とクリスタルビーズを使えば、灰色のドレスに華やかな輝きを添えられる。
国中の令嬢たちが着飾り集まったとしても、だれもが目を奪われるドレスにしてみせる……ニーナは浮かんだアイディアを手早く魔法のペンを使ってスケッチした。
ミーナはヘッドドレスと靴のしあげにとりかかり、手をいそがしく動かしながらニーナに話しかけた。
「ねぇ、ネリィのニブさで恋愛市場にでられると思う?」
「うーん、あの子の場合……もう狙っている男がいる時点で恋愛市場にでているヒマもないんじゃ?」
ミーナが苦笑するとニーナも笑いながら返事する。
「竜騎士団長と王太子に対抗できる男なんて、そういないわよね!」
ガラス自体の歴史は古いのですが、クリスタルガラスは17世紀に偶然できたものなので、この世界にはなかったもの、として扱いました。
次回はいよいよ『赤い人』が登場予定です!












