256.ネリィ、メイクを習う
よろしくお願いします!
数日後、七番街の工房でわたしはメロディたちに魔術訓練場でのことをぶちまけていた。
「……ってことがあったんですよ。へっぽこ魔術とかいわれて!」
「へえぇ……あの美麗なお姿からは想像できないほどの口の悪さねぇ」
拳をにぎりしめたわたしにメロディが目を丸くする。
「ふだん無口だからだまされているんですよ。アイツの悪口語録聞かせてやりたいです。みんなのお耳が腐るからやりませんけども!」
「はいはい、わかったからさ。ネリィ……怒ってばかりだと女はブスになるわよ」
「う……」
ミーナにいわれてわたしは口をつぐむ。わたしは怒ったらブスになるのに、怒ってばかりでも美麗なアイツがほんと憎たらしいよ!
「でも意外ねぇ、ネリィがそんなに魔術が苦手なんて。まぁ私たちも学園で学んだ身だから、塔の魔術師たちはレベルがケタ違いってのは知っているけど」
「わたし魔術学園に通ってないから……いままで生活魔術だけできればいいって思ってたけど、カレンデュラで魔術師たちの活躍をまのあたりにして、わたしもちゃんと魔力を使いこなせたらって思ったんです」
落ちこむわたしの頭をメロディはぽんぽんとなでてくれる。
「ネリィはじゅうぶん役にたっているじゃない」
「……これからは錬金釜だけかき回すことにします」
しゅんとしたわたしをミーナが笑ってなぐさめてくれた。
「ムリしなくたって、ネリィはネリィのままでいいのよ。一人前の魔術師になるのに学園で学んでても十年ぐらいかかるっていうわ。アルバーン師団長のほうが天才なのよ」
十年……そう考えるとあいつは毎日どれだけ努力したんだろうか。へっぽこ魔術と鼻で笑われるわけだよ。
「それでネリィは今日は可愛くなりたいから、ここにきたんでしょ?」
話題を変えるようにメロディが明るくいうと、頬杖をついたニーナもからかうような視線をむける。
「そうそう、ドレスの仮縫いができたって連絡したらメイクを教えてほしい……っていうんだもの」
「はい……みなさんも忙しいのにすみません」
「だいじょうぶよ。ドレスも思ったよりキャンセルがでなかったの。夜会がすぐだし、いまからドレスを仕立てなおす時間はないものね」
「わたしメイクもちゃんと自分でしたいんです。王城で働く人たちはみんな、スタッフの人たちだって素敵でカッコいいんです。わたしは仮面と錬金術師のローブでごまかしているけど、場違いに思えてしまって」
「もう、何この子ってば、可愛いこといっちゃって!」
「ひゃあ、ニーナさん!抱きつかないでくださいよ!」
ニーナのスキンシップにビクッとしても、彼女は気にせずにっこり笑う。
「だいじょうぶ、胸も育ってるしネリィはちゃんと成長してるわよ!」
「セクハラ!ニーナさんそれセクハラですっ!」
ミーナがふと気づいたようにたずねてきた。
「それって、今回『一人で着られるドレスがいい』といったことと関係あるの?」
「はい。ライアスとレイバートにいったときは、全部ニーナさんたちにやってもらったじゃないですか。それって本当の自分じゃない気がするんですよね。だから今度の夜会では自分で自分をちゃんと綺麗にしたいんです。それが今回のわたしの野望なんです!」
メロディがいたずらっぽく笑う。
「うんうん、それでオシャレしてだれにみせたいのかな?」
「もぅ、メロディさんてばそんなんじゃないですよ!」
「ふーん、はいはい」
わたしは思いっきり否定しているというのに、何なのみんなの生暖かい目は⁉︎
アイリが自分の部屋から「ネリィさん、こちらをお使いください」と宝石細工のされた箱を持ってきた。
「わ、ずいぶん豪華な化粧道具。アイリのを貸してくれるの?」
アイリがにっこりした。
「これは母が使っていたものです……夜会用の化粧はふだん街中でするものとちがい華やかですので、専用のものを使ったほうがいいかと」
そしてメイクを習いはじめてすぐに……わたしは挫折した。
「うう……なんで眉ってこんなに難しいんですかぁっ!」
線がぜんぜん綺麗に描けない。左右で形が違う。やたら濃くなる。とにかく変!
教えてくれるニーナが苦笑した。
「あのねネリィ、女の人はこれを毎日やるのよ」
「わたし、もぅ一生王城では仮面かぶってます……」
ごめんなさいわたしの野望。メイクはあきらめてください。
「こら、仮面じゃ夜会にでられないわよ」
ミーナは叱るしメロディも冷たい。
「綺麗になりたい……って思ったんでしょ?がんばんなさい」
「ううう……」
どうにかこうにか眉が描けたら、チークをさっとほほにのせて次は唇だ。
「まず輪郭をとってからラインの内側を塗るのよ。そして中央には……」
「むむむ……」
ニーナが頭痛がしたみたいに額に手をあてた。
「ネリィ……力はいりすぎ」
ミーナが感心したようにしみじみとつぶやいた。
「術式の線は書けるのに、どうしてリップラインは綺麗にひけないのかしらねぇ」
「いや、むしろなんでみんなこんな高等テクニック、サラっとやってんですか」
だれなのよ!赤い唇にさらに色をつけようとしたヤツは!八つ当たりだよ、うんわかってる!
メイクで綺麗になるんじゃなかったの⁉︎
かえって不細工になってどうすんの、わたし!
悪戦苦闘すること数時間……ミーナが見せてくれた手鏡をのぞくと、そこには『ちょっと可愛くなったかもしれないわたし』が映っていた。
「ほら、ちゃんと可愛くなったじゃない。まだ練習が必要だけどね」
「ちゃんと女の子にみえますね、やった!」
ふえぇん……これ、王城に戻っても再現できるかしら……上から下から斜めから、仕上がりをチェックしているとメロディがいった。
「でも気をつけてね、自分の顔に『色』をのせるっていうことは、自分を『恋愛市場』にだしたってとられるわよ」
「恋愛市場?」
わたしが目をぱちくりしていると、メロディが説明してくれる。
「つまり、男から口説いてもいいんだ……って思われるってことよ」
「そうなんですか⁉︎」
思わずギョッとして聞き返したら、メロディのほうも目を丸くした。
「夜会そのものがお見合いパーティみたいなものじゃない……令嬢たちが着飾るのって男の人の目に留まるためでしょ?」
「そうでした……」
「そうよ、せっかくだから夜会で令嬢がたのことをよく観察しなさいよ。みんなユーティリス王太子めがけて押しよせてくるんだから」
「うわ、ユーリたいへんそう……」
メイク道具をテキパキと片づけながら、ミーナもため息をついてうなずいた。
「たいへんでしょうね。学園時代に結びついた令嬢もいないし、それこそようやく恋愛市場にでてきた、とびっきりの〝物件〟だから」
物件というと身もフタもないけれど、貴族の令嬢にとってより良い条件の相手に嫁ぐことはだいじな目的だから、それでいくとユーリはどうしても〝とびっきり〟らしい。
「それに貴族の令嬢はきちんと教育を受けて、家のためならよく知らない男にも何の疑問もなく嫁げるようにしつけられているの。自分自身が王太子を好きかどうかなんて本人にも関係ないのよ」
「うわ……せめてユーリのことをちゃんと好きな人がいいなぁ」
「ユーティリス王太子ぐらい素敵な男性なら、よく知らなくてもできたら目に留まりたい……と思うでしょうね。令嬢たちだってすこしでも自分の望む相手に嫁ごうと必死なのよ」
アイリがミッラのタルトを持ってきて、工房の二階にふわりと甘い香りが漂う。きょうのお茶はミモミのハーブティーだ。二ーナがお茶をつぐと金色の液体が白いカップに流れこむ。
「だから庶民のほうが気楽よ、好きな相手と結婚できるんだもの。イヤならべつにしなくてもいいしね」
「貴族だと〝結婚〟が女性の価値を決めるんですね」
華やかに着飾ってもそれは自分のためではなく男性のため……そう考えると何だか不自由だ。
「貴族の結婚は〝家〟のためだしね。求められるのは跡継ぎだから重視されるのは若さと教養、それに見栄えかしら。自分が食べるのに困らないだけの財産をもらい独りで過ごす人もいるけれど、それは家を継ぐことからは関係のないところにいる人よ」
「ニーナさん、くわしいですね」
ニーナが椅子に座ってカップを口元に運びながらウィンクした。
「そりゃあ、貴族のご婦人がたのドレスだって作っているわけだし。それに私たちだって元令嬢だもの、家どころか魔術学園もとびだして働いてるから勘当されたけど」
ありがとうございました!









