254.レオポルドとの喧嘩
すみません、今回ほぼ怒鳴り合いです。
彼が左腕をわたしの背中にまわし体全体をグッと引きあげて支えると、わたしの顔はレオポルドの胸に押しつけられた。
耳のまわりでゴウゴウと唸りをあげていた風が弱まり、ビュウビュウと甲高い音にかわったのを感じる。
わたしがおそるおそる目をあけ、みあげれば彼の横顔があった。
歯を食いしばって眉間にグッとシワをよせ、一点をにらむように右腕をまっすぐに伸ばし魔法陣を展開する。
そのすがたは一分の隙もなく彫像のようなのに彼の額からは汗が噴きだし、心臓からローブ越しにつたわる鼓動はドクドクと早鐘のようだ。
ーーダメ!彼が壊れちゃう!ーー
わたしの意識が悲鳴をあげるけれどレオポルドは微動だにせず、自分たちのまわりだけ風がおだやかになるよう空気の流れを調整した。
「レオポルド……!」
わたしの呼びかけが彼に届いたかはわからない。彼の食いしばった歯の隙間からうめくように低い声をだす。
「力を……」
「え?」
「力を抜くな、すべての風を従えろ。それだけの魔力があればできるはずだ!」
彼が怒鳴りわたしはあわてて自分を流れる魔素に集中する。これだけの風がすべて自分のなかからでてきたなんて信じられない。
けれどそれが事実……ずっと目をつぶってみないようにしていたのに、彼は逃げだすことを許さない。
「空間にはなった魔素をすべて支配しろ、ここが巨大な錬金釜だとでも思えばいい……すべての風をその手でつかめ!」
わたしに魔力があるのなら彼みたいに……魔術がちゃんと使えたらって思った。
グレンの書斎にあるような高等魔術はムリでも、古本屋でみつけた初級魔術ならって……でもそれさえうまくできなかった。
ここでできなかったら、わたしはどこまでも異分子でしかない……だからちゃんと力を使えるようになりたい。
めちゃくちゃに風が吹き荒れる訓練場で、わたしは必死に魔法陣のひとつをとらえようとする。
訓練場を暴れまわる魔素はなかなかわたしのいうことを聞かない。
思いっきり魔素を叩きこんだ魔法陣は、光り輝きバラバラに回り続ける。
ちがう……そうじゃない、わたしの……意に従え!
あせると逆に波動が乱れ、魔法陣が大きく跳ねた。
「きゃ……!」
「あきらめるなっ!」
思わず身をすくめるとレオポルドが防壁を展開し、わたしを風の直撃から守る。
「ありがと……」
「とんだ暴れ陣だ……お前みたいだな」
彼はそう呟くとわたしを黄昏色の瞳でみおろした。聞ける相手は彼しかいなかった。
「あの……レオポルドはこんな大きな力……恐ろしくはないの?」
こんな力が自分にあるということが、自分で怖くはないのだろうか。
「制御できればどうということはない。それができなくなるときは自分も死ぬ……それだけだ」
彼は大きな左手でわたしの背を支え、右手は魔法陣をあやつりながら、わたしにむかって真剣な顔でいう。
「魔術は人の望みをかなえるもの……心からの願いでなければ命を賭けて紡ぐことはできん、いいか……願え……望め、この世界で生きていくのだろう!」
錬金釜の内部だって支配したのだ。
風を喚んだのはわたし……だから治めることもできるはず。
自分を流れる魔素の波動をひきだし、吹き荒れる風につなげていく。
紡いだ術式をもちいて描いた魔法陣をとらえては重ねていく。
〝どこまでも自由に〟
〝命を賭けて願いを紡げ〟
〝わたしはこの力を使いこなしたい〟
とえらた魔法陣がまばゆく光り中央に収束するように風が集まり、ふっと吸いこまれるように消えるともとの静かな訓練場が戻ってきた。
「……治められたようだな」
レオポルドが肩の力をぬいて息を吐く。彼の銀髪はグシャグシャに乱れ、汗で額に張りついている。
「レオポルド……グシャグシャだよ」
「……お前もな」
わたしが笑えば彼も笑った。
それはわたしが至近距離ではじめてみる彼の笑顔だった。
腕をゆるめてわたしを離すと、レオポルドは浄化の魔法でいつも通りの隙がない姿になる。
「魔術師にとっては、事象をひき起こすことよりも治められるかどうかが重要だ。炎を喚べるなら炎を、風を喚べるなら風を治められなければならない」
「事象を……治める」
「逆に、治められるのであればどれほどの事象をひき起こそうともかまわない」
レオポルドの魔法がきれいなのは、それが彼の意志ひとつで影も形もなく消えるからだ。さっきの感覚を忘れないようにしたい。
「……わたしも練習すれば、ちゃんと魔術が使えるようになるかな?」
「ムリだな」
なのにレオポルドはあっさりいった。
「えっ……あんなにがんばったのに?」
レオポルドはわたしをみおろし鼻でわらった。
「お前……あれで頑張ったつもりか。塔の魔術師たちがどれほど訓練を積むと思っている。お前のへっぽこ魔術につきあってやったのは、お前の魔力がどの程度のものか知りたかったからだ。自分がはた迷惑な〝歩く天災〟だと自覚しろ」
「へっぽこ……〝歩く天災〟……」
わたしはいま、自分の存在意義を賭けてがんばったはずだ。力を使いこなせるようになろうと……。
レオポルドは銀髪をかきあげると、大きくため息をついた。
「グレンがお前に教えたのは本当に限られた魔術のようだ……このままではライアスも苦労する」
「うん……」
それはさっき五番街を雪で埋めてしまったことだろうか……不安になっているとレオポルドは続けた。
「お前はライアスに自分についてちゃんと話をしたのか?魔力の大きさや不安定さ……いくらあいつが度量の広い男でも、受けとめきれる限度がある」
「それは……」
もうちょっと経ってから考えるつもりだった。もうしばらくこのままで……それは逃げだとわかっているけれど。
レオポルドはイライラしたように声を荒げた。
「ライアスは男からみても生真面目でとてもいい奴だ。何が不満だ!」
「だからだよ!」
レオポルドの責めるような口調にわたしはさけんだ。
「は?」
「だから失敗したくないっていうか……ちゃんと可愛いって思ってもらいたいし、あんたが言ったんじゃない、わたしのこと〝化け物〟だって……その通りだよ!」
「それは……」
「いまのでわかったでしょう?わたしにはシャングリラで暮らすより、何にもないデーダス荒野で暮らすほうが向いてるんだって。自分でもわかってるよそんなの……それでもここで暮らしたいし、みんなの役に立ちたいんだよ!」
立ちあがったらもうがまんできなかった。
「わたしだって自分がライアスにふさわしくないことぐらいわかってるよ……あんたなんか大嫌い!」
まばゆく転移魔法陣を光らせて一瞬で娘が消えると、さきほどまで風が吹き荒れていたことなど感じさせないほど、魔術訓練場はもとの静けさをとりもどした。
「大嫌いか……そんなことは何度もいわれずともわかっている」
レオポルドはいまさっき娘の頭があたっていた胸元を自分でそっと押さえた。
瞳の黄昏色がわずかに揺らめき、自嘲めいた笑みが口元に浮かんだ。
だいぶ書き直しましたが、また書き直すかもしれません。












