252.わたしは猫になりたい
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王城に戻るなりわたしは有無をいわさずレオポルドに、塔の最上階にある魔術師団の師団長室に連れこまれた。
マジでヤバい危機的状況なんだけど⁉
絶体絶命のピンチ……っていうか、生きて帰れる気がしない!
「お前はどうしてそう繊細さのカケラもないんだ!」
「わたしのハートはガラスのように繊細だよっ!」
「自分でいうバカがどこにいる!」
もう何をいっても怒られるこの状況。
わたしはいっそ猫になりたい。
猫だったときに過ごしたここの師団長室は平和だったなぁ……。
書類をめくる音にペンが紙を滑る音……バルマ副団長とマリス女史の静かに作業する気配。
そしてふわりと漂うおいしそうな匂い。
そうそうマリス女史が持ってきてくれたお肉、おいしかったなぁ……。それとつけあわせの揚げトテポが外はカリッカリで中はホクホク、塩加減が絶妙で。パラパラと塩をふるあんばいっていがいと難しいんだよね……。
おいしかったあの味を脳内で反芻していると、よりいっそう低くなった声がわたしの耳にようやく届いた。
「おい……聞いているのか?」
揚げトテポのことを考えていました。
あれ、そういえば……。
目の前に座るレオポルドの秀麗な顔に、ようやくわたしの意識のピントがあう。
え……猫だったからいいようなものの、人間だったら膝の上でご飯食べさせてもらうなんて……。
めっちゃバカップルのいちゃらぶシーンじゃん!
しかも職場だよ⁉︎
うわ、恥ずっ!
レオポルドってば何やってんの⁉︎
わたしがひとりワタワタしそうになったら、顔を赤らめるまもなくレオポルドの凍てつくような声で部屋の気温がぐんとさがり、彼の射るような視線がこちらにとんできた。
「私の尋問中にうわの空とは……いい度胸だな……」
わぁ、みなぎる殺気がなつかしいよ……じゃなかった、黄昏色の瞳がこちらをにらみつけてくる。
「返答によってはお前を師団長から更迭するよう陛下に進言し、私の全力をもって排除させてもらうぞ!」
「完っ璧なまでの塩対応をありがとうございますっ、おかげで冷静になれました!」
ついでにだれか助けてください……そう思って部屋をみまわしてもバルマ副団長やマリス女史は目をそらし、むしろ自分たちも部屋から逃げだしたそうだ。おねがい見捨てないで!
レオポルドは眉間にグッとシワをよせ深くため息をつくと腕組みをした。いますぐ眉間のシワをひろげて差しあげたい。
「それでお前は何をしようとしていた」
「えっと……カキ氷みたいなの作れないかなって……」
「それはもう聞いた」
「それで八番街の古本屋さんで初心者むけの魔術書を買って練習しようと……」
「魔術書……?」
「うん、たぶん魔術学園に入学前の子がみるような……アレクといっしょに読もうとおもって〝初級魔術読本〟というのを買ったの」
レオポルドが眉をひそめた。
「〝初級魔術読本〟だと……それであの雪か?」
「そう、不思議だよね。おかしいよね、どうしてかなぁ……?」
もぅ、ほんと不思議でしょうがない。レオポルドは不機嫌そのものの顔で、わたしにむかって催促するように手をさしだしてきた。
「まずはお前が参考にしたとかいう魔術書をみせろ」
「〝初級魔術読本〟は持ち歩いてなくて、いま研究棟の師団長室だよ。とってくるね」
腰を浮かしかけたわたしをレオポルドは手で制する。どうあっても帰すつもりはないらしい。
「取り寄せろ」
「あ、じゃあだれかにエンツを送って……」
レオポルドがイライラしたようにわたしをさえぎった。
「ヘタな時間かせぎをするな、〝取り寄せの呪文〟だ。忘れものを手元によぶ呪文があるだろう!」
「〝サーデ〟のこと?でも〝サーデ〟って家のなかでしか使えないよね?」
考えるふりをして首をかしげると、レオポルドがさらにたたみかけてくる。
「それは〝物寄せの呪文〟だ。〝コーラ〟があるだろう!」
「コーラ?」
コーラと聞いてわたしがまず思い浮かべるのは、めっちゃシュワシュワする茶色いあれだ。
や、思いだしたらめっちゃ飲みたくなってきた。やばい、どうしよう。でも、どうしようもない!
しばらくわたしの様子をみていたレオポルドが、わたしがどうやら本当に呪文を知らないことをようやく悟り、手で自分の額をおさえあきれたようにため息をついた。
「お前……ほんっとに常識がないな……」
「……グレンにもよくいわれたよ……」
そうか……忘れものを家からよびだす呪文があるのか。異世界、便利すぎるよ!考えた昔の人ありがとう!
「っていうか、それなら忘れものし放題じゃん。むしろ荷物持ってあるく必要なくない?」
レオポルドがあきれたように息をはく。
「……だれもがお前のように魔力が無尽蔵だとおもうな」
ソレモソウデスネ。
だから収納鞄だって売れるんだし……などと考えて一人で納得していると、なんだかんだいって面倒見のいいレオポルドはわたしのまえで魔法陣を描いてみせ、ポイントをひとつひとつ押さえてやりかたを教えてくれる。
「使いかたは〝サーデ〟とおなじだ、取り寄せたいものをしっかり思い浮かべろ。距離があるから自分にひきよせることをちゃんと意識するように」
やってみろ……ってことだよね……。
〝コーラ〟……覚えたらとっても便利そうな呪文だ。
よしっ!
「コーラ!」
……わたしの呪文にこたえて飛んでくるものは何もなかった。
「……真面目にやっているのか?」
レオポルドの眉間のシワがぐっと深くなり、黄昏色の双眸がわたしをにらみつけてくる。
「練習っ、いまのは練習だからっ!」
ついうっかり茶色のシュワシュワする飲みものを想像しました……。
取り寄せられるんだったら、〝三ツ矢サイダー〟とか伊藤園の〝京ゆず〟とかお取り寄せするのに!
気をとりなおして深呼吸すると、わたしは呪文に集中する。本をイメージ、本をイメージ……。
「コーラ!」
こんどはちゃんと〝初級魔術読本〟をイメージする。表紙のおもてにこすったようなキズがある古い本。八番街の古本屋さんで買ったやつ。師団長室の立派なマホウガニー製の本棚に置いてあったはず。
一瞬だけ考えた。
(あれ……本棚のどのあたりだったっけ?)
ほんとうに一瞬だけ考えた。
どうやらそれがいけなかったらしい。
次の瞬間にはわたしの前に師団長室の天井まで届く、重厚なマホウガニー製の本棚が数百冊の本とともに出現していた。
ミシミシミシィッ!バキバキバキィッ!
本棚は部屋いっぱいを占領すると、もともとそこにあった家具を押しつぶしている。
わたしがその光景にあぜんとしていると、すぐそばから地獄の底から響くようなひくい声が聞こえてきた。
「……本棚ごと持ってくるヤツがどこにいる……」
「……ココニイルヨウデスネ……」
レオポルドがこんどこそ本気で怒りだした。
「お前っ、非常識にもほどがあるだろう!」
「はっ、はじめてにしては頑張ったと思うよっ」
レオポルドがさらなる雷を落とそうとしたところを、マリス女史の悲鳴がさえぎった。
「イヤアアッ!師団長っ、この本棚、歩いて帰ろうとしてますっ!」
きっと本棚もびっくりしたんだろう。しばらくそのまま家具をミシミシバキバキと押しつぶしていたけれど、やがて大事な本を落とさないように、そろそろにじにじと師団長室の出口にむかって横歩きをはじめた。だがものすごい巨体なので、このままでは扉を壊してしまう。
レオポルドがギョッとして振りかえりさけんだ。
「おさえろっ!」
「どうやって⁉︎」
そのころ研究棟の師団長室では……。
本棚の整理をしていたソラが、いきなり何もなくなった壁を前にこてりと首をかしげていた。
この世界では『揚げトテポ』が正解です。ポテトっぽい何かです。
文中に出てくる商品名については弁護士さんの意見も参考に、問題ないと判断して記載しています。












