250.材料はそろえました。あとはつくるだけです。
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ようやく泣きやんだアイリとニーナたちが、わたしが持ってきた灰色の布や小さな細かい金属がたくさんついたリボンを手にとった。
「何を持ってきたの?」
「灰色の布に……何かしらこのリボン」
「この布は王立植物園に巣をつくっていたヌノツクリグモの糸を織ったものです」
「ヌノツクリグモですって⁉ユーリカの花の蜜を主食にする稀少種よ!」
ミーナがさけぶとニーナは蜘蛛の糸で織られた布にふれ、なでて感触をたしかめたり持ちあげて日に透かしたりしてから、感極まったように震え声をだした。
「ウソでしょ……樹海の奥深くにわけいらないと手にはいらないといわれているわ。しかもそれを布に織ることができる職人がいたなんて」
「あ、ヴェリガンのばっちゃ……〝緑の魔女〟が織ってくれて。これでドレスって作れますか?」
「〝緑の魔女〟が織ったですって⁉」
ニーナが飛びあがるとフラついて椅子にもたれるように座りこんだ。
「つくれ……るわ、でもこの布はふつうの染料では染められないの。ヌノツクリグモの布は魔力に反応するといわれているけれど、やりかたはわからないわ。〝緑の魔女〟はどうして染めなかったのかしら……」
ミーナも困ったような顔をして布をひろげた。
「そうね、めずらしい布だけど地味な灰色だわ。ネリィの髪や瞳にはあんまり合わないかも……きれいな色の布はほかにもいっぱいあるわよ?」
「これでいいです、わたし夜会の日は〝モブ中のモブ〟ですから!」
「モブ中のモブ?」
わたしの言葉に変な顔をしたニーナが、そのまま額をおさえてブツブツいいはじめた。
「公爵夫人の一件がぶっとんだわ。私だってはじめてみる何十年に一度手にはいるかどうかの素材よ……」
そんなニーナに苦笑してから、ミーナは小さな細かい金属がたくさんついたリボンを持ちあげる。
「で、こっちの変なリボンは何かしら。飾りにでもつかうの?」
「これはグリドルを作る工房のなかから、細かい加工が得意なところに注文したんです。みててください!」
わたしがリボンについていた金具を持ちあげて横に滑らせると、三人の目がみひらかれた。
何度も同じ動きをしてみせると三人ともしばらく目でそれを追っていたが、やがてミーナがまばたきをしてようやく口をひらいた。
「何いまの……布がくっつくし別れるし……どんな仕掛け?」
「すごいでしょ、Y字型のトンネルを使ってちいさな金具同士がかみ合うんです。縫ったりボタンで留めたりしなくても、布と布がくっついて簡単にはずれないんです!」
「ちょっと待って、これ魔道具じゃないわよ。魔素を使わずにこんなのできるの⁉」
「力学的な仕組みはかんたんです。これがあれば紐でしばったりボタンで留めたりしなくても、一人で着られて体にピッタリのドレスが作れるでしょう?」
身を乗りだしたニーナに説明すると、彼女はただうなずいて助けを求めるようにミーナをみた。
「そうね……ねぇミーナ、どうしたらいいのかしら。たったいま私の人生史上……最大級の何かが、収納鞄以上に衝撃的な事件が起きた気がするの……」
ミーナも眉間にシワをよせしばらく考えこんでから、ため息をついていった。
「そうね……私たちの手に負えないことはたしかね。魔道具じゃないから魔道具ギルドでもないし、収納ポケットでお世話になってるストバル商会に相談したらどうかしら」
「あ、それいいわね……まずはストバル商会ね」
アイリがリボンを手に持つと、不思議そうに引手の金具をなんども動かしている。
「これは何というものですか?」
「これは……わたしの故郷だと『ファスナー』と呼んでて。メキシコでは〝稲妻〟という意味で『シェレス・レランパゴス』といったりもするけど」
ミーナが口のなかで単語を転がしながら顔をしかめる。
「ふぁふな……いいにくいわねぇ。しぇれ……なんだったかしら?」
いいにくいのか……ニーナは天井をにらんでしばらく考えこんでいたが、何か思いついたらしい。
「うーん〝稲妻〟ねぇ……たしかにギザギザがそれっぽいわね。そうだ、ピッタリの呼び名があるじゃない!」
「なんですか?」
「天空の王者〝ミストレイ〟よ!」
『ファスナー』のこっちの世界での呼び名は、『ミストレイ』になりそうです……。
『ミストレイ』という名を名称として使えるかがわからなかったので、わたしはライアスにエンツを送る。
「……というわけで、新製品の金具にミストレイの名前を使わせてもらえないかしら」
ライアスから「そとで会おう」という返事がきて、わたしは〝ネリィ〟になって五番街にある〝ニーナ&ミーナの店〟近くのカフェで待ち合わせた。
さすが五番街はファッションストリートなだけあって、カフェもオシャレな感じだ。
金の髪をきらめかせ青い空のような透きとおった蒼玉の瞳をもつライアスが、わたしのむかいに座りさわやかに笑う。
道行くひとたちの視線をめっちゃ集めているけど、彼は気にならないようだ。
わたしは緊張してケーキの味がよくわからない。テルベリーのタルトだから、たぶん甘い、はず。
「名を使うのは許可をとればとくに問題ない。ネリィの頼みならミストレイは大喜びだろう」
「よかったぁ、あとでミストレイにも頼んでみるね」
わたしがホッとすると、ライアスが甘く笑って身を乗りだしてくる。
「ネリィ……こうしてきみに会えてうれしい」
「そ、そうだね……」
味が……テルベリーの味がわからない。いやなんでこんな緊張するかなぁ!
「わたしも……」とかいえばいいんだよ、そうだよ!
「わっ、わた……」
あわあわして挙動不審になっていると、ライアスが切なげなため息をついた。
「きみのほうはそれほどでもないのだろうな……」
えっ、うれしいです!ホントだよ!
「〝立太子の儀〟まで王都警備にも気が抜けないし、夜会でも本当ならきみをエスコートして独占したかった……」
ライアスのエスコートなんてぜいたくすぎる。
夜会ではライアスと踊りたい令嬢たちがいっぱいいるはず……わたしが彼を独占なんてできるわけがない。
「だいじょうぶ、わたしはのんびり楽しむつもりだから。ライアスは忙しいんだもの……お仕事がんばってね!」
フォローしたつもりが、ライアスはすこし寂しそうな顔をした。
「……きみが寂しがってくれたほうが、俺としてはうれしいんだがな」
「え……?」
こういうとき、寂しいとかイヤだとかいったら面倒なのでは。
何をいえば正解なのか……男の人ってよくわからない。
わたしがライアスへの返事に困っているところに、声をかけてきた人物がいた。
「ライアス……いまは王都警備の詰めにかかりきりと聞いているが、ネリス師団長の護衛か?」
ライアスが顔をあげて目をみひらいた。
「兄さん⁉︎」
「オーランドさん⁉」
ライアスと同じく金の髪に蒼玉の瞳、その髪をきっちりと後ろになでつけたオーランド・ゴールディホーンは、まるで仁王立ちするかのように腕を組んでライアスをみおろした。
彼の銀縁眼鏡が太陽の光を受けキラリと光る。
あわてるライアスと、ぐっと眉間にシワを寄せ彼をにらむようにして動かないオーランド……それにわたし、三人が王都五番街のカフェにそろった。
ファスナーについては、YKKのHPを参考にしました。(メキシコでの呼び名とか)












