249.招かれざる客
よろしくお願いします!
「アルバーン……って、レオポルドが何か?」
「ちがう。そっちじゃなくてアルバーン公爵夫人たち……さっきとつぜんやってきたのよ」
ニーナとミーナはできあがったドレスを仕分けして、梱包する作業に忙しかった。そのためふだんは工房にいるアイリも、裏にまわってお店の手伝いをしていたらしい。
「接客をしなければ……だいじょうぶだろうと思ったんです」
白い襟の黒いクレリックのお仕着せを着たアイリが、たまたまドレスの箱を持って廊下を移動していると店の入り口がさわがしくなった。
「こちらですのよ、いま話題の収納鞄が売っている店は」
「わたくし、王都にいるあいだにひとつは注文したいわ。お母様、いいでしょう?」
「ほほほ……しかたないわね」
アイリがあわてて店の奥にひっこむ前に、サリナ・アルバーンが彼女をみつけて声をあげた。
「まぁ、アイリ!」
ミラ・アルバーン公爵夫人とコンパニオンらしき女性を残し、サリナはアイリのすぐそばまでやってくる。
「よかったわ、心配していたの。ヒルシュタッフ宰相の事件があって、学園も辞めてしまったと聞いたわ。いまはどうしているの?」
「あ、あの……」
まさか話しかけられると思わずアイリが返事に困っていると、サリナの背後から「サリナ」と彼女をよぶ声がした。
サリナは無邪気な笑顔で公爵夫人をふりかえった。
「お母様、アイリよ。覚えていらっしゃるでしょう、宰相邸では何度も……」
パァン!
店に公爵夫人の平手打ちの音が響きわたった。
ビクッと身をすくめるアイリの目の前で、公爵夫人に打たれたサリナはほほを押さえた。
「あのっ、公爵夫人、どうかなさいましたか?」
ミーナがあわてて駆けよると、ミラ・アルバーンはおっとりとほほえむ。
「あらごめんなさい、お騒がせして。あなたたちは何も悪くないわ……サリナに公爵家の人間としての自覚が足りないものだから、注意をうながしましたの」
赤くなったほほを押さえてうつむくサリナのあごの下に、公爵夫人は扇子を差しいれその顔を持ちあげた。
ほほを腫らした娘の顔をみおろす目は、それが母親だろうかと思えるほど冷たい。
「サリナ……あなたは次期女公爵なのに、声をかけるべき人間とそうじゃない人間の区別もつかないの?」
「……もうしわけありません」
サリナは大きな緑玉の瞳を潤ませたが、何も反論せず母に謝罪するとアイリから目をそらした。
ひっつめ髪にした、夫人と同年代らしきコンパニオンがミラ・アルバーンにささやく。
「公爵夫人、このような店にご案内したお詫びを。夫人やご令嬢にふさわしいものは何ひとつ売ってはおりませんわ。すべて〝罪人の娘〟が手をふれております、けがらわしいこと!」
「な……」
ニーナが絶句すると公爵夫人はコンパニオンをかるく手で制してからほほえんだ。
「あぁ、あなたたちは何も悪くないわ。行き場のない哀れな娘に仕事をあたえてやったのでしょう?素晴らしい心がけだわ。だけど残念ね、こちらには私たちに買えるものがひとつもないの……サリナ、いきますよ」
「はい……」
「……ありがとうございました……」
ニーナたちに見送られて店を出ていく公爵夫人たちのあとに続き、サリナは一度だけこちらをふりむいたが、結局何もいわず店をでていった。
「……っていうことがあったのよ。もぅ腹立つ、仕事の邪魔をしにきただけじゃない!」
「そんなことが……」
ニーナがきれいにまとめた若草色の髪をほどいてグシャグシャにすると、アイリがぽつりぽつりと話しだす。
「サリナ様とは学年も一つちがいで……仲良くしていただいていたんです。公爵夫人もおっとりと優しいかたで……」
ライザ・デゲリゴラルのときも思ったけれど、こちらの貴婦人たちには苛烈な人間もいるようだ。リメラ王妃はものしずかな印象だったし、全員がそうとは限らないけれど。
ミーナが難しい顔で台帳をめくる。
「公爵夫人のあの性格、わたしたちの間では有名よ。夫人にとって利用価値がなければ人間じゃないの。さっきから公爵夫人の派閥らしきご婦人がたから、キャンセルのエンツが飛んでくるけど……たかがアイリひとりでバカじゃないの⁉」
アイリが紅色の瞳に涙をいっぱいためている。
「私のせいです、私がここを辞めれば……」
「却下!」
ニーナはふだんのオシャレな姿からは想像できないほど、男らしくどっかりと椅子に座り脚を組んだ。
「オーバーワークぎみだったから、仕事が減ってちょうどよかったわ。それに……」
ミーナが〝注文取り消し〟のバツ印を書きこんでいた台帳を、ニーナはパンっとはたいた。
「一年前、ひたすらご婦人がたのためにドレスを作っていたときなら、青くなったかもしれないけど……いまは収納鞄があるもの。このぐらいで店は揺るがないわ」
「ですが収納鞄にもキャンセルがはいるんじゃ……」
アイリがおそるおそるたずねても、ニーナはとりあわない。
「いまだってキャンセル待ちだもの。順番が早まっただれかが喜ぶだけよ」
「そうね……ほんとネリィがこの店にきてくれて感謝よね……私たち自分の店をもてて満足していたのに、どこか物足りなかったもの」
ミーナがうなずくと、ニーナは立ちあがって宣言した。
「そう、これでいいはずなのに……何か足りない、そこを埋めてくれたのよね。これで決心がついた。収納鞄に本腰をいれるわ。もちろん服作りは続けていくけれど、せっかく工房もつくったんだもの!」
「なんか、ニーナさん……かっこいい……」
わたしが感心していると、ニーナがこちらに目をむけた。
「おかげでネリィのドレスを作る時間はたっぷりできたわ。デザインはきめたの?」
まさかパラパラとめくっただけで、ぜんぜん見てないとはいえない……。
「ええと……たくさんありすぎて迷うから相談して決めたくて。でも一人で着られるものがいいです」
ミーナがほほに手を当て困ったような顔をする。
「ネリィ……夜会のドレスは一人で着られないわよ。どれだけ時間がかかるかわからないわ」
「でもそれだと困るんで、一人で着られるものにしたいです」
ニーナがさけんだ。
「は?それじゃデザインから作りなおしじゃないの!」
「ごめんなさい!そのかわりちゃんと材料は用意しましたから!」
そういってわたしは収納鞄の中身を作業机のうえにひろげた。
ありがとうございました!












