244.レオポルドから見たオドゥ
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「レオポルド……」
彼の口から「自分を恥じた」なんて言葉がでるとは思わず、わたしはおどろいた。
それこそがわたしの勝手な思いこみかもしれなくて。わたしはこの人のことをまだ何もしらないのだと思う。
「私は公爵家を忌み嫌いながらも、あたえられる恩恵は受けとっていた。オドゥは……学生の身でも一人でちゃんとやっていた。私は休暇のあいだだけだが、オドゥはふだんの週末も働いていた」
「奨学金をもらったり、レオポルドやライアスとバイトしてたって聞いた……」
「あいつは私などよりずっと器用で人当たりもよく、学園の課題でもいろんなやりかたをみつけだす。錬金術師を選んだのは、手堅く稼げるからだろうと思ったのだが」
そういってレオポルドは、イグネラーシェをとりかこむようにそびえる山々をみあげた。
「学生寮でオドゥから聞く話が、私には新鮮だった。一族の男たちが協力し巨大なレビガルを狩り、子どもたちも山で木の実や山菜をあつめ川で魚を釣る。家族が食べられるだけの小さな畑を世話し家を守る……それらすべてをあいつはとても楽しそうに語っていた。私もオドゥの故郷だというイグネラーシェをみたくなった」
レオポルドはそこで言葉を切った。
「だがイグネラーシェは地図にも載っていない隠れ里だった。その正確な位置を知るのはオドゥだけだ」
「じゃあ、レオポルドはこの場所をオドゥに聞いたの?」
レオポルドは首をふり、里のほうへ視線をむけた。
「いいや、魔術師団に入団してから昔の記録をしらべた。土石流の記録が竜騎士団に残っていた……ドラゴンに乗れるようになりカレンデュラの近くで任務についたとき、アガステラを駆りここまでやってきた」
好奇心なのか憧れなのか……彼は何かに突き動かされるようにここへきたという。
「緑の山にせせらぎが聞こえる小川……すべてオドゥの話通りだった。だが……人の気配が絶えた里は何もかもがちがっていた。私はオドゥにイグネラーシェを訪ねたことはいえなかった」
わたしにとって〝もう会えない人〟は、それでもどこかで生きている……そう信じられる人たちだ。
けれどオドゥにとっての〝もう会えない人〟はこの村で生きていた人たちで……それはもう、彼はどこを探してもみつけることができない。
わたしは彼になんて残酷なことをいったのだろう。
〝また会えたら〟
そのことを彼はどれほど願ったろうか。レオポルドはわたしに手を貸し立ちあがらせた。
「イグネラーシェ……〝イグネルの里〟という意味だ。オドウの家族以外にも数家族、イグネル姓を持つものが住んでいたようだ」
「みんな親戚だったのかな」
「ああ……オドゥの話では、何もない平和な村だった……ということだが」
レオポルドが空をみあげてつぶやいた。
「オドゥのような思いをする者がもうでないよう、私が師団長に就任してからは魔術師団の災害派遣に力をいれた……ようやく形になってきたといったところだが」
塔の魔術師たちは錬金術師たちよりプライドが高い。それを三十人もまとめて率いるのはきっと大変だ。
自分の実力をつねに示しつづけ、何かを決定するときには迷いなくおこなう。
レオポルドが心を砕いているからこそ、魔術師たちはあれほど統率のとれた動きをするんだろう。
「わたし……オドゥのことを何も知らなかった」
わたしはオドゥ・イグネルという人間を何も知らなかった。あんなに毎日顔をあわせていっしょに仕事をしているのに。
そしてレオポルドのことだって……もちろんまだ理解したとはいえないけれど。
「だけどいろいろと納得できた……イグネラーシェにこられてよかったよ。ここがオドゥの故郷……」
いまにもだれかが顔をのぞかせそうな戸口……もとどおりの日常が送れそうな錯覚をおこす廃墟。
『僕は……何としてでも取りもどす。だって僕は不可能を可能にする、奇跡をおこすといわれる錬金術師だ』
きっとオドゥは……あきらめていない。目の前にみえる光景は幻影ではなくて本物の故郷なのだから。ただそこに生きるひとだけがいないだけ……。
「お前はオドゥの人となりを知りたい……といった」
レオポルドがこちらをむき、光の加減で微妙に色をかえる黄昏色をした瞳がわたしをみつめる。
「うん」
「私が知るオドゥは学園での姿だけで、錬金術師団にはいってからの様子は知らぬ……それはお前のほうがくわしいだろう」
この人とちゃんと話をするためには、この瞳をきちんとみなければいけない。なんとなくそんな気がした。必死になってみかえすと彼の無表情にもみえる顔のなかで唇だけがうごく。
「だからこれは……イグネラーシェ唯一の生き残りにして、優れた錬金術師……私が知るオドゥ・イグネルという男の話だ」
彼の言葉がゆっくりと、わたしのなかに入っていく。
オドゥという人物を知るには、イグネラーシェをみなければならない。
レオポルドはわたしを対等にあつかい、師団長として認めてくれている。だからこそイグネラーシェに連れてきてくれた。それがこんなにうれしいなんて。
「ありがとうレオポルド……イグネラーシェに連れてきてくれて」
わたしが笑顔になると彼はまた視線をそらして川に目をやったけど、わたしはその横顔にむかって笑いかけた。
そのころ王城にある王妃の執務室では、王妃付きの補佐官ジゼル・ホープがリメラ王妃に話しかけた。
「王妃様、服飾部門長からエンツがきておりますが、『遮音障壁の展開』をとのことです」
「いまが一番忙しいでしょうに……何かしら?」
エンツをしばらく眉を寄せて聞いていたリメラ王妃は、話を終えると困ったようにため息をついた。
「ユーティリス殿下の衣装で、なにか不都合がございましたか?」
「いえ……ユーティリスのではないわ……けれどそうね、ユーティリスを呼んでくれる?」
「かしこまりました」
呼びだしてわりとすぐに第一王子はやってきた。あざやかな赤い髪と瞳でいま国中の注目を集めている貴公子だ。
「お呼びでしょうか母上、執務室までこいといわれるのは珍しいですね」
さっそうとやってきて優しげな笑顔をみせるわが子の顔を、リメラ王妃はひさしぶりにみた気がする。
「そうでもしないと、あなたとはゆっくり話すひまもないでしょう」
「申しわけありません、遠征隊が戻り錬金術師団もいそがしくて……〝立太子の儀〟の準備もありますし」
(この子はまったく……母親にまでとりつくろうのがうまくなったわね)
リメラ王妃は内心でため息をつきながら、単刀直入に切りだした。
「さきほど服飾部門長と話しました。あなたネリアのために夜会のドレスを作れないかと打診したそうね。そのことについて彼女の許可は取っているのですか?」
ユーティリスの眉がぴくりと動いた。
今回はレオポルドからみたオドゥの話。
同級生だからね!
そして何やら王城では……。
 









