240.ヌーメリアがくれたお守り
よろしくお願いします!
逃げるようにオドゥの部屋から師団長室に転移し、椅子に倒れこんだ。
グレンが使っていた椅子は小柄なわたしには大きすぎるのだけど、なんとなく彼の存在感を感じたくてそのままにしている。
大きな椅子でソラが用意したクッションを抱えこみ、それに顔をうずめる。
『約束する、ずっとそばにいる。だから生きろ……』
グレン……。
ソラが静かにわたしに近づいた。
「ネリア様、用意のほうはできておりますが」
「うん……そのまえに魔素がちょっと乱れているから、魔力暴走の薬を飲んでおこうかな。用意してくれる?」
「かしこまりました」
ソラに持ってきてもらった薬を飲んでひと息つく。
カップのなかにゆらめく金色の光をみているうちに、体のなかで暴れかけていた魔素の乱れがしずまってきた。
心臓の動悸もおちついてきて、わたしは椅子に座ったまま目を閉じる。
オドゥが話した内容は衝撃的だったけれど、魔力暴走は起こさなかった。
話がすべて真実とは限らないし、あるていど予想していたからかもしれない。
グレンがわたしの世界で起きた事故にまで干渉したとは思えないけれど。
あのバス事故がなければわたしは帰宅して家族にお土産を渡し、バイトして勉強する日常に戻れたんだろうか。
グレンはどこまで干渉したの……?
彼が用意した色や素材は、ある人物を形づくるためのものだった。
それはおそらくレイメリア……レオポルドの母親だ。
必要なのは〝器〟だけだった。
けれど召喚が成功したとき、わたしの魂はまだ体にとどまっていて。
『生きたい……と、この娘はいった。だからわしはこの娘を助けると決めた』
どうしてグレンは、わたしを助けたの?
オドゥもその理由はわからないようだった。
わたしが「生きたい」といったから……それだけで。
命がけの召喚で、彼の寿命を縮めたのに?
「わたし……レイメリアになっちゃうところだったのかな?」
でもそうしたらレオポルドとは……。
「ネリア様?」
ぽつりとつぶやいた言葉にソラが小首をかしげた。
「ねぇソラ……グレンとレイメリアは仲がよかった?」
「レイメリア様が一方的にグレン様の世話をやいておられました」
「そう……二人は愛し合っていたの?」
ソラは水色の目をまたたいた。
「……愛する、という感覚はソラにはわかりかねます」
「そっか……」
「ですがお二人の様子をながめるのは、ソラも好きでした」
ソラは水色の瞳を中庭に生えるコランテトラの木にむけた。
「錬金術師の白いローブを身につけ、白い仮面で顔を覆ったグレン様は、ご本人もそのままに色のない世界に生きておられました。そこに緋色の髪と瞳をもつ魔女があらわれ、まるで世界全体が色づくようでございました」
「世界全体が色づく……」
マウナカイアでもカイがいっていた。
『あいつを人間の世界につなぎとめた女がいるとはなぁ』
レイメリア・アルバーン……どんな女性だったのか、レオポルドに聞けば少しはわかるだろうか。
「あぁよかった、間に合いましたね。ネリアがカレンデュラにいくっていうから、急いで準備しました」
「ミストレイの咆哮が聞こえたときは、間に合わないかと思っちゃった!」
師団長室にやってきたヌーメリアとアレクが、液体が封じられたペンダントをわたしに差しだしてきた。ヌーメリアがいつも首からさげているものに似ている。
「これ……」
「ネリアのお薬、こうやって身につけておけば魔力暴走を起こしてもだいじょうぶでしょ?」
元気よくアレクがいい、ヌーメリアが優しくほほえむ。
「ガラス細工の店に注文して、アレクのも一緒に作りました。私のはお守りがわりの〝毒〟ですけど、ネリアは師団長ですものね。安心してあちこちでかけられるようにと思って」
「僕のもあるんだ、成長期になったらいつ魔力暴走を起こすかわからないからって」
うれしそうなアレクの胸元には、青い色の液体が封じられた小瓶が揺れていた。
わたしのは透明な液体に金色に輝く針状結晶が散り、なかでゆっくりと動いている。光に透かすとまるでルチルクォーツの結晶みたいだ。
「……綺麗……」
「ネリアの魔力が綺麗なんですよ……魔力の属性は人によりちがいますけど、純粋な魔力はどれも綺麗なもので……ネリア⁉︎」
わたしが急に抱きついてきたから、ヌーメリアがあわてた声をだした。
「うれしい……どうしよう、なんだかすごくうれしいよ!」
ヌーメリアはわたしを抱きとめ背中を優しくさすってくれて、彼女のやわらかな体と温かさにすごく安心する。
「わたしも王都にきてはじめて、魔力暴走をおこしたときすごく心細くて。保健室のレメディ先生が薬を用意するあいだ、わたしは学生寮の療養室でひとり震えて、自分自身が崩れて消えてしまいそうな怖さと戦っていました」
「そんなことが……」
「ネリア……魔力暴走は感情が大きく乱れたときにおこります。魔素が暴れて体を器として認識できなくなる。ネリアの魔力はとても多いですから……たとえば恋をして気持ちの振れ幅がおおきくなったりすると大変ですよ」
「恋愛……そんなのわたしにはまだ縁がないけど、そんなことまで心配してくれたんだ」
わたしが笑顔になると、ヌーメリアも灰色の目を細めて優しく笑った。
「私たちはネリアに助けられてばかりで、こんなことぐらいしかできませんけど……困ったことがあれば、どうか頼ってくださいね」
ヌーメリアはそういって、わたしの首にペンダントをかけてくれた。
グレンにもらった三枚のプレートがついた護符にぶつかり、カチンと音をたてたそれをわたしは服にしまう。
『困ったことがあればどうか僕を頼って』
いわれたことはオドゥと同じなのに、彼女の言葉は心にストンと落ちてきた。
「うん、うん……ありがとうヌーメリア!」
わたしはまたヌーメリアに抱きついたから、ヌーメリアは声をあげて笑った。
「もう!ネリアってば、抱きつきすぎですよ……ふふっ」
「だってヌーメリアの体ってやわらかいし、あったかくていい匂いするもん。うれしい、ほんと大好き。アレクともおそろい、やった!」
それからアレクのこともぎゅうっと抱きしめたから、アレクが「うひゃあ!」とあわてた声をだした。
不安だし困ることも多いけれど。
わたしはこの世界で生きていく。
わたしはグレンがくれた三枚のプレートがついた護符と、ヌーメリアのペンダントをそっと手でおさえた。
きっとだいじょうぶ。
もう会えない人にもせめて夢のなかで会えたなら、笑って楽しい話がたくさんできるように。
わたしは笑顔で生きていられる。
「ごめんねライアス、待たせちゃったでしょう?」
研究棟の前に待機するドラゴンまで駆けよると、金色の髪をなびかせた美丈夫が太陽のようにまぶしい笑顔をみせた。
「いや、ミストレイが待ちきれなかっただけだ。それにきみのことを想いながら待つのも悪くない」
ひゃあ……サラっとそういうセリフを……ええ、いちいち動揺してたら仕事になりませんけども!
「ミストレイだけ?ほかのみんなは?」
「ほかのみんなは気をきか……じゃなくて先に出発した。本気で飛ぶミストレイにはだれも追いつけないから先行してる」
えっ……。カレンデュラまでライアスと二人きり⁉︎
「じゃあ、いこうか」
ヒョイっ。
ライアスはわたしを軽々と抱きあげると跳んだ。
ひゃあああ!
なんで一瞬なの⁉
そのままミストレイの背に着地すると、ライアスはニッコリとしてわたしをおろす。
「俺に体を固定するぞ……よし、天気もいいし問題なく飛べそうだ」
ライアスはいつも通りさわやかに通常運転で、一瞬のちにミストレイは空高く飛びあがっていた。
ライアスはネリアにミストレイを触って欲しくなかったので、ヒョイっと。撫でられたりしたら、自分が困る!
ネリアはいろいろ忙しいね!
本が出るまでにたくさんの人が関わってくださいました。
とても自分ひとりの力では、こんなふうにネリアを飛ばせませんでした。読んでくださった方、応援してくださった方、本当にありがとうございます。












