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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第七章 ネリアとお城の舞踏会
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239.グレンのしたこと(ネリア→オドゥ視点)

よろしくお願いします!

「召……喚……?」


 オドゥが口にした言葉が信じられなくて、わたしは目をみひらいた。


「待って……わたし事故のショックでとばされたって……召喚っていったい……オドゥはわたしがどこからきたか知ってるの?」


 グレンがわたしのような人間を探していたのは間違いない。だってすべての用意は整っていた。


「おちついて、ネリア……ちゃんと説明してあげるから」


 オドゥが眼鏡をはずすと、部屋のすみでじっとしていた使い魔のルルゥが飛んできて、それをクチバシで受けとる。


 眼鏡がなくなっただけで、こちらをむいた深緑の瞳が急に近くなったように感じる。


「僕もその場にいたから、きみが異界からきた存在というのは知ってる。僕はきみの味方だ、信じてくれる?」


「味方……」


 それはわたしが欲しかったもの。


 わたしが異世界からやってきたことを理解して、手を貸してくれる人物。


 グレンのかわりに……。


『相手が心の奥底にしまいこんだ、口にだせない望みこそかなえてあげる』


 オドゥは深みのある緑の瞳でじっと、わたしを観察するようにみつめてくる。


 信じたい……信じてしまいたい。


 だからこそ信じられない。


 わたしは知らないあいだに、彼の術中にはまっていないだろうか。


 心臓の鼓動がドクドクと速くなり、背筋にじわりと汗をかく。


 気をつけないとまた魔力が暴走する。


 逃げたい……逃げだしたい。


 この場から、オドゥの瞳から。


 けれどわたしは逃げださず、声を絞りだした。


「話を……聞かせて」


「いいよ」


 オドゥが目を細めると、獲物をねらう鷹の目のようにみえるなんて、彼は自分で知っているのだろうか。





 オドゥの声は穏やかで、いい聞かせるようにとても優しかった。


「ふつうの転移魔法だって〝よく知っている場所〟か〝座標をあらかじめ指定した場所〟にしか跳べないだろ、きみはいまいるこの世界を知っていた?」


「知ら……ない」


 わたしはこの世界のことを何も知らなかった……存在することすら。


「でもっ……似ているところもあるし、わたしみたいな人が前にもいたかも」


「〝精霊の時代〟なら行き来は頻繁にあったかもしれない。彼らは実体を持たないからね……自由に世界の境界を越えられたのかもな」


 オドゥは眉をさげ、わたしのことを気の毒そうにみる。


「グレンもひどいよね、この世界に喚んだことできみの運命をねじまげたんだから」


「グレンが……わたしの運命を……じゃあ、まさか……あの事故も偶然じゃなかったの⁉︎」


 オドゥの言葉をくりかえして、わたしはハッとする。


「グレンがどうして……死ぬところを助けてくれたんじゃなくて⁉︎」


「召喚の術式を組みあげたのはグレンだから、僕もよくは知らない。ただ……千にひとつ、万にひとつの可能性に賭け、ほしい体をこちらに転移させるため、きみの体には負荷をかけた」


「負荷って……まさかあの事故が⁉︎」


「ごめんねネリア、僕もそれを手伝ったんだ……だからいままでいえなかった」


「ウソでしょう⁉︎あそこにはわたしのともだちだっていたのに!」


 くってかかるわたしを抱きとめて、オドゥは静かに告げる。


「僕たちが必要としていたのは呼びもどしたい魂をいれる器だ。この世のものならざる……死しても魔石になることのない体をね」


「わたしの体は、魔石になることがないから……」


 だから必要だった。


()()はいくつもの偶然が生みだした奇跡だ。いくつもの条件に合う体が異界から堕ちてくる可能性などほとんどない。星の魔力を受けいれられるだけの器……条件をそろえた体を召喚することは、グレンにとっても命懸けだった」


 オドゥはそっとわたしの肩に手を添えた。


「グレンだけじゃ無理だった。僕も手を貸したんだ……だからグレンはきみを召喚しても三年生きられた」


「……三年もって……グレンが亡くなる何ヶ月もまえから死期を悟っていたのって……」


「本当のグレンは恐ろしい男だ。自分の子だって平気で実験につかう……けれどきみには優しかったろう?」


 優しかった……どうだろう、グレンはとても厳しい人だった。


 でもそれはわたしにではなく、自分に対してだった気がする。





 頭のなかをオドゥの言葉がぐるぐると回る……立ちつくしたままのわたしに、オドゥは優しく笑いかけた。


「安心してネリア、これからは僕がグレンのかわりにきみを守る」


「オドゥがグレンのかわりに?」


 わたしがちいさな声で聞きかえすと、オドゥがうなずいた。


「ネリア……ひどい状態だったきみが恒温槽のなかで回復していくさまを、僕はつぶさにみていた」


 力なく垂らしたままのわたしの手を持ちあげ、オドゥは力づけるようにその手を包む。


「きみの秘密を知るのは僕ひとり……困ったことがあればどうか僕を頼って。きみが望むなら……何でも協力するよ」


 さっきは「遠慮します!」とはねつけられたのに。


「なぜ……わたしがデーダスにいたとき、オドゥは姿をみせなかったの?」


 わたしの質問にもオドゥはスラスラと答える。


「僕はグレンに素材の調達をまかされていたから。それに気難しい彼の機嫌をそこねて、デーダスからはしめだされてしまった。でもルルゥのことはみかけたろう?」


 わたしは部屋のすみにひっそりとうずくまるルルゥをみた。黒いカラスがやってくると、グレンが庭にでていく。


 人嫌いなグレンでもカラスの友だちはいるんだ……そのときはそんな風に考えていたのに。





 ヴォオオオオオオ!


 窓のそとが暗くかげり、研究棟前に降りたったドラゴンの咆哮でガラスがビリビリと震えた。


「ミストレイ⁉︎」


 窓にかけよるとミストレイの背中で、竜騎士の甲冑を身につけたライアスが手をふっている。


「ネリア、すまない!ミストレイが待ちきれなくて。せかす気はないからゆっくり準備してくれ」


「うん、もうちょっと待ってて……ごめんオドゥ、わたしこれからライアスとカレンデュラにいくの」


 オドゥが「カレンデュラ……」と低い声でくりかえす。


「あの、オドゥ……わたしにすこし考える時間をちょうだい。とりあえずいってくるね!」


「そう……またおいで、ネリア」


 わたしは逃げるようにして、オドゥの研究室をあとにした。





 あの子が僕の研究室にいる……それだけで僕の体を歓びが満たしていく。


 目をキラキラと輝かせて興味があるものに手を伸ばし、ふれてはひとりでうなずいている。


 そのしぐさも表情も見飽きることがない。


 ねぇ、ネリア……きみは可愛いね。


『必要なのは体だけだ!魂はいらない!せっかく異界から召喚した肉体なんだぞ!』


 あのときそう叫んで、グレンをとめようとした僕をしかってやりたいよ。


 きみを助けようとした彼に腹をたてた。


(体を修復させるだけだ……あのボロボロな体は()()に修復させるほうがいい)


 そう自分に言い聞かせた。


「どうしてグレンは命を賭けたのに、あの子を助けるほうを選んだのかな。禁術だろうとためらうようなヤツじゃなかったのに。まぁ、そのほうが僕には都合がいいか……」


 使い魔のルルゥが「カァ」と鳴いた。


「ん?そうだね。ユーリも可愛いけど、ネリアが笑うとほんとうに可愛いよね。黄緑色の瞳がキラキラと輝いて……ただのペリドットなのにね」


 机の引きだしをあけ、デーダスで手にいれたペリドットをとりだし、手のひらでころりとした石をもてあそぶ。


「ちょっと期待したけど、さっきは魔力暴走を起こさなかったな。あのときレオポルドさえいなければ、体が手にはいったのに。たったひとつしかないからね……だいじにしなきゃ」


 僕は知っているんだ。


 きみを殺すのに刃物はいらない。


 ただきみを絶望させればいい。


 生きたくない、この世界にいたくない……そう思わせられればいい。


 そうすればどんな魔力持ちの魂だっていれられる、ただの〝器〟が手にはいる。


 ネリア……きみという存在がここにいる。


 そのことが僕をどれほど幸せにするか、きみは知らない。


「もう十年たつのか……呼び戻すならルルゥがいいかな、ちょうどネリアぐらいだし。ほんとはみんなに会いたいけどね」


 ペリドットをコロコロと机に転がし、オドゥはふたたびルルゥから受けとった眼鏡をかけた。


 父が遺した眼鏡はこのごろようやく、しっくりとなじむようになってきた。


「そろそろカーター副団長のようすをみにいくか」


 これといって特徴のない、眼鏡をかけた平凡な雰囲気の男が立ちあがった。





 ねぇ、ネリア……僕を愛してよ。


 僕を愛して。


 僕を必要として。


 その唇で僕の名を呼んで。


 きみが僕を愛して、からっぽな僕を埋めてくれたらいいのに。


 そうでなければ僕はきみを絶望で染めるよ?


 きみの体を手にいれるために。

ありがとうございました!

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Teardrop
― 新着の感想 ―
[一言] 一族みんなか。 人間が好きな人が、ボッチになるとろくな事を考えなくなるからなぁ 孤独を愛する人ならそこまで執着しないから オドゥという人は愛される良い子だったのかもね
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