238.ネリアとオドゥ
よろしくお願いします!
「なぁに?オドゥったら思いだし笑いなんかして」
パンフをみながらオドゥがふっと笑う。
「あのころのユーリ、かわいかったな……と思って」
「うわ……カディアンもだけど、オドゥもユーリのことめっちゃ好きだよね」
ユーリは迷惑そうだけど、オドゥはかまいつつも彼を助けてる。だから歳が離れた錬金術師ばかりの研究棟にも、ユーリはすぐになじめたんだろう。
わたしはパンフレットを置き、そこにあった研究ノートを手にとった。パラパラとめくるとオドゥの字で細かくびっしりと書きこんである。
「ねぇ、オドゥの研究室はじめてだから、ちょっとみてもいい?」
「どうぞ」
デーダス荒野の家にあった書斎や、研究棟の師団長室にもたくさんの錬金術の本があるけれど、オドゥの本棚には、〝呪術〟や〝精霊〟に関する本も多かった。
研究室をみてまわりながら、わたしはオドゥに聞きたいことを考えた。
カナイニラウからさらに降りた海の底、命の水が湧く場所でわたしが彼にたずねたこと。
『そのときのわたしって……ちゃんと生きてた? それとも……』
あのときの答えが知りたい。そして彼がどう思っているかも。
『僕はグレンに心酔しててね。彼のことなら何でも知りたいと思うんだ』
グレンにそこまで興味をもつ人間が、わたしを見逃してくれるはずがない。
どうして〝命の水〟を手にいれようとしたの?
どうしてデーダスでグレンを手伝っていたの?
『錬金術師はひとの欲望が根底にある』
あなたはどうして錬金術師をめざしたの?
オドゥに聞きたいことはたくさんある……彼は答えてくれるだろうか。
彼は椅子に座って机に片肘をついたまま、穏やかにほほえみを浮かべてわたしを見守っていた。
こうして部屋全体をみて、まず感じたのは彼の真剣さだ。
ヌーメリアやヴェリガンのように、自分の居場所を求めてここにきたわけじゃない。
ウブルグやユーリのように、好きなことをやるために錬金術師になったのでもない。
グレンやカーター副団長にただ使われていただけじゃない……彼はグレンを超えようとしている。
夏に職業体験にきた学園生たちのようすだと、学園での成績が優秀だったとしてもグレンの錬金術についていくのは大変だったろう。
わたしにはあちらの世界で学んだ化学の知識があったから、グレンに魔素の存在や働きを説明してもらうだけで、こちらの世界でおこなわれている錬金術のことも理解できた。
術式はまるで数学の公式みたいだったし、ものごとを動かすための法則が決まっていた。
定められた術式に魔素を流せば、数学の公式のようにきまった結果になる。
だから魔術がてんでダメなわたしでも、考えて術式を紡げば安心して魔力を使える。
学園生のときから研究棟に通い、入団してからも錬金術をやりながら、自分自身の研究を進めるために……彼はどれだけ努力したんだろう。
(……あれ?)
そんなことを考えながら、オドゥの研究室の本棚をながめていたら、ふとあることに気がついた。
本棚からとりだした本をパラパラとめくってみる。
わたしはいつもデーダスでグレンの部屋をかたづけていたからなんとなくわかる。
ここに置かれた本棚にならぶ本や、研究ノートに記された内容の大半はグレンの研究をなぞったものだ。だからグレンが持っていた本と内容は重なるものが多い。
なのに……彼の研究室の本棚には、あることに関する本だけ、ごっそりとなかった。
(え?……どうしてあれがないの?)
「ネリア」
「ひゃっ!」
いつのまにか背後に立っていたオドゥから優しく声をかけられて、わたしは心臓が止まりそうになった。
「……何かみつけた?知りたいものがあれば説明してあげるよ」
黒縁眼鏡のブリッジに指をかけ、わたしをみおろす彼の目がすっと細まった。
「えっ?あ、ああっ、そうね……知りたいといえば、一度オドゥとはちゃんと話をしたいとおもってて……」
「ん?」
「オドゥはどうして錬金術師になろうと思ったの?もちろんグレンに影響されてだってのは知ってるけれど、グレンのどんなところに憧れたの?」
「なぁに?いきなり師団長の面接?」
オドゥがおかしそうに笑った。
「オドゥは錬金術で何をやろうとしているの?」
「……そうだねぇ」
オドゥがわたしの手から本を取りあげ自分でめくる。
「ネリアは……もう二度と会えない人がいたらどうする?」
「もう二度と会えない?わたしだったら?うーん……」
そんな相手はいっぱいいる。両親や友だち……バイト先でお世話になった女将さんに塾の先生……みんな、いまどうしているんだろう。
「また会えたときにいっぱい楽しい話ができるように……いまの自分を積みかさねる……かな」
「楽しい話ができるように?」
わたしの答えにオドゥは虚を突かれたような表情になった。
「うん。〝絶対〟なんてないんだし……実際に会うのは無理でも、夢のなかや死んでから会えたりするかもしれない。そのときにつらかった……とか毎日泣いていた……なんて話はしたくないもの」
もしも会えたとしたら、エクグラシアで楽しかったことや驚いたこと、それに面白かったこと……たくさん伝えたい。
「おたがいまた会えたことを喜んで、たのしい話をいっぱいするの!苦しかった話もみんな笑い話にかえて……またいっしょに笑いたいな」
「ネリア、きみは……もう二度と会えない相手でも……それでもきみは『また会えたときにたのしい話をしたい』というんだね」
オドゥの顔からいつもみせる人のよさそうな笑みが消えた。
「オドゥは?もう二度と会えない人がいたらどうするの?」
わたしがたずねると、オドゥはうつむき加減に研究ノートをもとの位置にもどし、その背表紙を指でなぞりながら静かにいった。
「僕は……何としてでも取りもどす。だって僕は不可能を可能にする、奇跡をおこすといわれる錬金術師だからね」
「……どうやって?」
わたしが慎重にたずねると、オドゥはほの暗い笑みを浮かべた。
「あきらめたくないんだ。かわりのものなどない……取りもどせるものなら取りもどしたい」
彼は虚空を見つめていた。オドゥの瞳は昏い淵のように深く沈み、何の光も映していなかった。
「僕は空っぽになってしまった。去っていった人たちが僕自身を連れていってしまったみたいだ……その穴が全然埋まらないんだ…… だから僕はグレン・ディアレスのもとへきた」
「オドゥ……」
なんていったらいいのかわからない。去っていった人たちとは、オドゥの亡くなった家族のことだろうか。
彼は眉をさげて力なく笑った。
「なんてね、そう思ってグレンのもとで研究したけれど、彼にもできなかった〝死者の蘇生〟はやっぱり僕にもムリだったな」
「〝死者の蘇生〟……死んだ人を生き返らせる……ってこと?」
「そう。禁術だけど方法だけは伝わっている……サルジアの〝死霊使い〟がおこなえるという技だ。ただひとつだけ〝死者の蘇生〟を難しくしていることがあってね」
オドゥはひた、とわたしをみつめてくる。
「せっかく手間をかけて〝魂〟を呼び戻しても、いれるべき〝器〟がない。魔力暴走を起こすほどの〝魔力持ち〟は、体を残さず魔石のみを残すように、自分自身に術式をほどこすからね」
オドゥはわたしから目をそらさないまま、不思議そうにつぶやいた。
「グレンは……どうしてきみを使わなかったんだろうね?レイメリアの色と素材を集めたうえで、異界からきみを召喚したのに」
ありがとうございました!












