237.オドゥとユーリ(オドゥ視点)
いまとなっては懐かしい、ちっちゃいユーリ登場!
入団したてなので、ユーリ17歳、オドゥ22歳ですね。
それからしばらくしたある日、研究棟の廊下を歩いていると、窓の外をぼんやりとながめている〝ユーリ〟にでくわした。
「あれ?ユーリ、何してんの?」
「……何でもないです」
「そ」
いつものようにそのまま通りすぎようとして、すれちがいざまに足をとめてしまったのはなぜだろう。
「……ウブルグから逃げてきたの?」
からかうように問えば、少年にしかみえない赤い髪の〝ユーリ〟は眉をあげた。
あたらしい錬金術師団の白いローブには、鮮やかな赤い髪と瞳がよく映えていた。父親よりも母親のほうに似ているらしく、細い首もあいまって繊細で美しい顔立ちだ。
もっともその性格はかなりの負けずぎらいで、僕をみかえした赤い瞳は挑戦的に光る。だがすぐに彼は肩を落とし、ふぅとため息をついた。
「ウブルグ・ラビルは黒蜂や爆撃具の開発責任者だったから……興味があったんです。けれど午前中ずっとカタツムリの話を聞かされて……これだったらカーター副団長のほうがマシだったかもしれません」
「カーター副団長について、王城の魔道具を修理してまわるのが?きみがいままでやってたことと、あまり変わらないんじゃないの?」
そういうとユーリは驚いた顔をした。表情をとりつくろうのはだいぶうまいけれど、根は素直なんだろう……反応がわかりやすい。
「どうしてそれを……」
「僕もカーター副団長に連れられて、魔道具修理にかりだされているからね」
王城の奥宮に置かれた通信用の魔道具がこわれた。急ぎだというので駆りだされたら、きれいに直っていたことがあった。
「あれ、おかしいなぁ……ちゃんと動く。どこも壊れていない」
「ああ、さっきユーティリス殿下がいじっていましたよ。これぐらいなら僕にもなおせるからって」
僕たちを連れてきたスタッフが首をひねるところへ、通りかかったべつのスタッフが教えてくれた。
「素人だがそのぶん基本に忠実に、うまく作動しなくなっていた回路の術式を補完していた。ふだんから魔道具を分解したり組み立てたりするのに慣れてるなって思った」
指摘するとユーリは気まずそうな顔をした。
「あなたたちが、すぐにこないから……困っているスタッフをほっとけなかったんですよ」
「それだけじゃない、僕がメンテナンスをまかされている大広間にある魔導時計……いちど全部分解して魔導回路から組み立てなおしただろ」
ユーリはおどろいた顔をした。
「あれは……あなたが手入れをしてたんですか……!」
「まぁね、最初はカーター副団長がやってたけど、手間がかかるからって押しつけられちゃって」
大広間の魔導時計は時を刻むだけでなく、その日の天気や気温までも感知する精巧なつくりだ。
百五十年ぐらい前の錬金術師団長が製作したものだが、彼の作品で有名なものはそれしかない。
そのころはまだ錬金術師のおもな仕事は、王城にある魔道具を開発し修理することだった。
魔導時計の飾り窓は王城前広場を模していて、魔導時計はそこに建つ時計塔の形をしている。
複数の人形がバラバラに動き、「一度として同じ場面がない」といわれる魔導時計は、王城見学のツアーでも人気のスポットだ。
当時の王女がこの時計をたいへん気にいっており、彼は仕事の合間をぬってせっせと製作したらしい。
一体一体に魔石があしらわれた魔導人形は、とても高価なからくり人形だ。
雨がふれば傘をさすし、雪がふればコートを着て……季節や天候にあわせて装いをかえる。
定時になると魔導人形たちが動きだし、犬の散歩をしたり花売りの荷車をひくものもいて、カップルはベンチに座ったり踊りだしたり……毎回ちがう動きをする。
「すごい!僕はこどものころからあの時計をながめるのが好きで……最初は裏にまわってこっそりと仕掛けの魔導回路をながめるだけで満足してたんです」
興奮してしゃべるユーリの瞳は、窓の明かりを反射してキラキラと輝いた。
「人形たちの動きをつかさどる回路はどれだろう……とか、気温や天気はどのように感知しているのだろう……とか。でもあるとき魔導回路が大胆に書きかわっていた!」
「ああ……魔導回路の一部に効率の悪いところがあって、人形たちの動きがわるくなっていてね。たぶん何十年と魔素を流しつづけるうちに、そこに負担がかかったんだろう」
「どうしてなんだろう、なんで書きかえたんだろう……って気になってしかたなくて。それで学園の休みのときに『卒業制作をする』といって大広間から人をしめだして、つい……」
「それ、つい……じゃないじゃん。手をいれるやつなんて僕ぐらいしかいないだろうと思ってたからさ。こっちはあせって何か仕掛けられたか……って、もういちどぜんぶ分解して調べたんだ」
眉をよせてとても困ったような顔をしてみせると、ユーリはあわてて謝ってきた。
「それはすみません!あれをやったのがあなただったなんて……僕、ディアレス師団長がやったのかと思っていました」
「グレンは自分の興味のないことには無関心だからねぇ。そんなに魔道具がすきなの?」
コクリとうなずいた彼はいつもよりよくしゃべる。
「そうですね……とくに魔道具を動かす駆動系の術式に興味があります。子どものころは使われなくなった魔道具をバラバラに分解して、よく遊んでいました……いつかディアレス師団長にも、魔導列車の話が聞けたらいいんですけど」
恵まれているんだな、と思った。とんでもなく高価な魔道具を、たいした考えもなくバラバラにできるなんて。
僕とはちがう種類の人間だ……という、ひねた考えが心をよぎる。
「そんなに魔道具が好きなら魔道具師になればよかったのに」
からかうようにそういうと、ユーリの赤い瞳からキラキラとした輝きがすっと消えた。
「……僕は〝王族の赤〟ですから……」
錬金術師に魔導人形をねだりつづけた王女のように、王城からあまりそとにでることはなく魔導時計をながめてすごす、小さなこどもの姿が僕の脳裏にうかんだ。
〝王族の赤〟は王都三師団のどれかに属することになっている。
グレンと契約するぐらいだ、錬金術師にもなりたくてここにやってきたのだろう……と思っていたがそうでもないのか。魔道具師団があればよかったのにな。
全然ちがう。
綺麗すぎる。
上品すぎる。
僕らとはまったくちがう種類の人間だ。
だってこいつはこの国の王様になるんだから。
そう思っていたのに。
すねたような、ふてくされた表情があの子に重なった。
それからたまに僕はユーリの研究室に顔をだすようになった。
「うわ、オドゥ……何なんですか、この魔導回路!どっからこんなのみつけてくるんです?」
「ええ?ウブルグの手伝いばっかじゃ退屈しているだろうと思ったから、持ってきてあげたのに」
「そういう親切いりませんよ!」
そういいながらも頭をガシガシかきむしって、ユーリは必死に術式を読み解こうとする。
眉間にシワをよせ、ときには眉をさげ唇をとがらせて……素のままの表情は、魔道具好きのやんちゃなただのガキだ。
「オドゥ、僕にもできましたよ!」
教えたばかりの魔導回路をすぐにものにして、完成品を手にした赤い髪のユーリが笑った。
誇らしげにうれしそうに、あの子みたいに。
ーーオドゥ兄ちゃん!ーー
五歳下の弟はいつも甲高い声で、さけぶように元気いっぱいに僕に呼びかけた。ちっちゃい足で追いつけるわけもないのに、ひたすら走って僕に追いつこうとして転んで。
すりむいて血がでている膝にはかまわず、顔をあげるとすぐに僕のすがたを探して。
立ちあがってそして僕に追いついたら、顔をくしゃくしゃにして笑うんだ。
ねぇユーリ、僕をみてよ。
僕を必死に追いかけて。
そして追いついたら笑って。
その笑顔をぼくにみせて。
ありがとうございました!












