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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第七章 ネリアとお城の舞踏会
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235.オドゥの研究室

とにかくいろいろ感謝御礼!

「ぶっ、それなぁに?四番街でやってる新しい劇?」


 わたしがウケるとオドゥも身を起こして、眼鏡のブリッジに指をかけ屈託なく笑う。


「そ。先週こけらおとしでさ、ちがう相手とおなじ劇を三回も観るハメになったもんで覚えちゃったよ。でもなかなか面白かったよ?」


「三回も⁉」


 目をまるくしたわたしに、人の良さそうな笑みをうかべたオドゥは目を細めて教えてくれる。


「さっきのセリフ……主役がヒロインにささやくのと同じセリフでさ、劇が終わったら主役の仕草をマネしてあげると。ヒロイン気分になれるって喜ばれるんだ」


「うわー、あざとい!しかもちがう相手にもやるってサイテーじゃん!」


「あはは、そうかもね。さぁどうぞ……うれしいなぁ、ネリアが自分から僕の研究室にきてくれるなんて」


 はじめて足を踏みいれたオドゥの研究室は作業机と本棚のほかに、素材をしまっておく保管庫や器具をしまっておく収納庫があり、物はきちんと納められかたづいていた。


 作業机のうえには錬金釜や秤といったいくつかの器具があり、几帳面な字でこまかく記入されたノートが広げてある。


 オドゥの部屋は学校見学で訪れた大学の研究室を思いださせた。ほかの錬金術師たちの部屋とちがうのは、そこに置かれた資料の多さだ。本棚に並んだたくさんの本、机に積みあげられた資料、それに研究ノート。


「すごい……」


「どうしたの?ネリア、さぁこっち座って」


 わたしはすすめられたイスに腰をかけて、部屋中をキョロキョロと見回す。


「なんか圧倒されちゃう……すごい量の本と資料だね。ウブルグの部屋にあったカタツムリの資料よりありそう。オドゥは学園生のときから研究棟に出入りしていたって聞いたけど、そのときからのもあるの?」


 お茶の用意をしていたオドゥが手をとめた。


「……それをだれから?」


「ん?ヌーメリアから。気難しいグレンにも信頼されてたって話も聞いたよ」


 オドゥが深いため息を静かについた。


「あんまり聞かせたい話じゃなかったんだけどな」


「そう?グレンは気難しい人だから、打ち解けるのって大変だったよね」


 ふりむいたオドゥは困ったように眉をさげた。


「グレンと僕は……打ち解けたことなんてないよ。たしかに学園時代から彼に心酔してて、研究棟にも通っていたけれど……ただの錬金術師志望と師団長とでは隔たりがありすぎてね」





 運んできたお茶を机のうえに置いたオドゥは、そこに積み重ねるように置かれていた劇場用パンフレットのうち、一冊を手にとって渡してくれる。


 オドゥはちがう相手と劇を観にいくたびにそれを買っているから、パンフレットは三冊ともまったく同じ表紙だった。


 一緒にいった相手の気分を害さないようにという配慮なんだろうけれど、マメなんだかどうなんだか。


「よくわかんないなぁ……気を遣ってるといっても、ちがう人といってるのがバレたら修羅場じゃない?」


 スポンサーとはいえいっしょに劇を観るなんて、女性のほうはきっとオドゥに好意があると思うのだけど。


 言われたオドゥはそれこそ意外だとでもいうように、キョトンとした顔をした。


「え?だって全員と観にいってるし、平等に扱っているんだから問題ないよね。むこうだっていきたいから金をだすんだろうし、僕といくのがいやなら金なんかださないさ」


 なんですと⁉


「それも相手もちなの⁉……研究費だけじゃないの⁉」


 わたしがびっくりして聞きかえすと、さも当然といった顔でオドゥはうなずいた。


「そりゃそうだよ、べつに僕の彼女じゃないし。彼女たちはただのスポンサーだから、チケット代も食事代も服だってむこう持ちだよ」


「服も⁉……スポンサーってこっちがヘコヘコする相手なんだと思ってた……」


 オドゥは困ったように眉をさげて、自分の首のうしろをポリポリと掻いた。そうしていると、カーター副団長にどやしつけられているいつものオドゥなのに。


「ん~なんていうか、一緒にいるときの僕は魔法使いなんだよ」


「魔法使い?」


「そう。彼女たちの望む言葉をいい、彼女たちの願いをかなえてあげる。エスコートする相手を喜ばせるために、ヒーローの真似事だってするさ。彼女たちにとってヘコヘコする男はお好みじゃない」


「うわー、なんか難しい……彼女たちに言われたらオドゥは何でもするの?」


 わたしが難しい顔をするとオドゥはくすりと笑った。


「対価によるかな。でも彼女たちが僕に金をつかうのは、彼女たちに期待させるからだよ」


「期待?」


 わたしが首をかしげるとオドゥはうなずいて説明する。


「彼女たちが口にするワガママなお願いをかなえるんじゃない、相手が心の奥底にしまいこんだ口にだせない望みこそかなえてあげる。もしくはかなえてくれるんじゃないかと期待させるのさ」


「口にだせない望み……」


「何もない場所にあたかも何かあるようにみせるというのは、錬金術師の得意技だろう?どんな望みかはいわないよ、一人一人ちがうからね」


 オドゥの説明を聞いてもよくわからない。そんなにみんな、オドゥにかなえて欲しい望みがあるのかしら……。


 オドゥがゆっくりとお茶の入ったカップを口元に運びながら、湯気のむこうからほほえんだ。その仕草はゾッとするほどの色気に満ちていて、いつもの彼とは雰囲気がちがっていた。


「それに競争相手がいるほど彼女たちは燃えるんだ……だれも欲しがらない男なんて彼女たちも要らないんだよ。だから、これもある意味サービスさ」


「そう……」


 本人が楽しんでいるならプライベートなことだし、わたしが口をだすことじゃないかもしれないけれど。


 錬金術の研究をするための資金集めって……オドゥはそこまでして何がしたいんだろう。


 わたしがむずかしい顔で考えこんでいると、不意にオドゥがわたしのほうに身をのりだす。


 森の奥でひっそりと水をたたえる底知れぬ淵のような深緑……そんな色をしたオドゥの瞳は、のぞきこむと吸いこまれそうな気がした。


「ネリア、きみの望みなら……僕はいつでも……なんでもかなえてあげるよ」


 うわ……でたよ怪しいオドゥ。最初はギョッとしたけれどもうだいぶ慣れた。わたしはブンブンとかぶりをふる。


「遠慮します!」


「そう?いつでもいってね」


 オドゥは身を離すと眼鏡のブリッジに手をかけ、やわらかい笑みを浮かべわたしをみつめた。





 わたしは気をとりなおして、オドゥに渡されたパンフレットを眺める。そんなに王都で人気なのかしら。


 表紙に描かれているのは髪の長いきれいな女優さんがうっとりした表情で、赤い髪の王子様に手をとられている場面だ。


 ん?


 赤い髪の王子様って……これ……もしかして主役はユーリがモデルなのでは?


「これユーリ⁉︎やだ、実物のほうが断然カッコいいじゃん!」


 赤い髪をした王子様役の俳優さんは、実際のユーリより年上のせいか体つきがなんだかゴツい。


「そのひと去年までは、ライアスがモデルの竜騎士団長が当たり役だったからねぇ。優雅さには欠けるけれど殺陣はみごとだったよ」


 うわ、そっか……立太子の儀にあわせたんだ、ウケる。


 思わず笑ってしまうと、オドゥも楽しそうな顔をする。


「あはは、よかったらあげるよ。もう一冊はユーリにあげようと思ってるんだ。あいつこういうの大っ嫌いだから、渡したときの顔がみたくてさ」

ユーリ……パンフをグシャっとしてポイっとするんだろうな。

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