233.学園長の涙
行けるところまで、連日更新で行こうと思います!
よろしくお願いします!
「まさか私は天に召されたのか。なんということだ……ふっ……ふたたびこうして……グスッ……きみにま、まみえようとはっ……うぐうぅっ、うぉおおぉっ……レ、レイミェリヤァア!」
涙腺が決壊した彼のほほをつたった雫がボタボタと紺色のローブに垂れ生地に吸いこまれていく。
わたしにむかって泣きながら手をのばした学園長の手を、ライアスがガシッとつかんでとめた。
「ダルビス学園長どうされたのです!」
「はなせっ、はなさんかっ!わしは……わしは……っ!」
いくら学園長が暴れてもがいても、竜騎士であるライアスはびくともしない。
わたしはリリアンテを抱いたまま、おそるおそるライアスにたずねた。
「えと……学園長どうしちゃったの?ダラセニアの粘液に人を錯乱させる成分でもはいってるの?」
「いやそんなはずは……」
ライアスも困惑していると、学園長は涙を流しながらわたしに切々と訴える。
「あぁ、やはりきみの声は美しい。もっと声を聴かせておくれ……レイメリア」
「レイメリアって……」
ピクリと眉をあげたオーランドが学園長に歩み寄ると、落ちつかせるように手を彼の肩においた。
「失礼、ダルビス学園長……私がわかりますか、オーランド・ゴールディホーンです」
「オーランド……ゴールディホーン?」
「そうです、魔術学園でお世話になりました」
学園長はどこかぼんやりと語りかけるオーランドをみつめ、やがて目の焦点が彼の顔にあわさった。
「わかる……わかるとも……ゴールディホーン」
顔を歪めてかみしめるように呟く学園長に、うなずいたオーランドは静かにたずねる。
「ではあなたはシャングリラ魔術学園のダルビス学園長でいらっしゃいますね?」
「あぁ、まちがいない。わしはナード・ダルビス、シャングリラ魔術学園長をしておる」
学園長はひとことずつ区切るように答えると、またわたしをみた。
「きみに触れることも許されなかった男だ……」
そのまま学園長は頭を抱えてうずくまりさめざめと泣きはじめた。
わたしの腕からリリアンテがヒョイっと飛び降り、ちょこちょこと学園長のそばに歩いていき、右のほお袋からトポ栗をとりだし泣いている彼に差しだす。
「リリアンテ?わしにくれるのか?」
「きゅい」
リリアンテがつぶらな瞳で学園長をみあげると彼は顔をしかめて文句をいう。
「フン……お前は本当にバカだな……ナマのトポ栗など渋くて食えるわけがなかろう」
リリアンテは小首をかしげてトポ栗に手を伸ばそうとしない学園長をながめていたが、こんどは左のほお袋からひと回り大きなトポ栗をとりだし、名残りおしそうになでるとそれを学園長の膝に置いた。
「きゅ……きゅい!」
「バカだな……とっときだなどと……だからナマのトポ栗など……うぉおおん、リリアンテ~~~~!」
学園長はリリアンテを抱きしめて号泣した。しばらくその様子をみていたオーランドがライアスにいう。
「ライアス、学園長は私にまかせてくれ。もう夜も遅いからお前はネリス師団長たちを研究棟に送れ」
「あ、ああ……では兄さんにまかせた。ネリアもいいか?」
きょうすごく頑張ったアレクは、さっき食事してからずっと眠そうだ。わたしも浄化の魔法を使ったけれどはやく居住区の〝じゃくじぃ〟につかりたい。
「うん……じゃあオーランドさん、学園長をお願いします」
「またいつでも呼んでくれ。頼んだぞライアス」
ポン、とライアスの肩をたたいたオーランドはふたたび学園長のそばに戻り、ライアスに研究棟へ送ってもらったわたしは居住区でアレクをヌーメリアに渡し、ソラに収納鞄をあずけると〝じゃくじぃ〟でゆっくりした。
「ふぅ……」
この世界で生きていくと決めた。だからこの世界をもっと知りたい……でも……。
「レイメリア、か……」
水に濡れた赤茶色の髪を指にからめて持ちあげると雫が垂れて腕をつたう。
濡れそぼる赤茶の髪をまとめ浴槽から立ちあがったわたしが鏡に視線をむけると、見知らぬ女性が黄緑の瞳でこちらをみつめていた。
オーランドはまずダルビス学園長を王城の医務室に連れていった。
エンツで知らせをうけたララロア医師がすぐに出迎え診察し、学園長は紺のローブから医務室で渡された診察着に着替えさせられた。
「だいじょうぶ、白目や舌の色もいいし魔素の乱れもありません。疲労と精神的なショックですね、しばらく休養をとられるとよいでしょう。補佐官たちにお会いになりますか?」
学園長がだまってうなずき、ララロア医師が医務室のドアを開け二名の補佐官を招き入れた。
「すこしだけですよ、今夜はこのままダルビス学園長には医務室で休んでいただきます」
「承知しています」
オーランドのうしろには彼に呼びだされたテルジオがいた。
ダラセニアに襲われた学園長は救助の際に泣きわめいたとのことだったが、今はすでに平静さと落ち着きをとりもどしているようにみえる。
彼の〝使い魔〟だという羽リスがベッドのうえで、しっぽを抱えるようにして丸まりスピスピと眠っている。
「ゴールディホーン」
「はい」
しばらくリリアンテの眠る様子を眺めていたダルビス学園長が口をひらいた。
「あれが錬金術師団長だというのか……あれが〝錬金術師団長ネリア・ネリス〟その人だと?」
「そうです」
学園長は自分のシミが浮いたシワだらけの手を、筋の走るくすんだ爪が白くなるほど握りしめた。
「そう、か……グレン・ディアレス、あやつは……彼女と話せないだろうか……せめて手紙だけでも!」
「手紙ならば……ただしすべて私を通してください。それと彼女の素顔や王立植物園で見聞きしたことは他言無用に願います。彼女はネリア・ネリスであって、レイメリアではありません……よろしいですか?」
医務室をでたオーランドは、ずっとそばにいたテルジオに声をかけた。
「アルチニ補佐官、夜分に呼びだしてすまなかった」
「かまいませんが……私にもわかるように説明してもらえませんか」
「きみは〝レイメリア・アルバーン〟という女性を知っているか?」
遮音障壁を展開したオーランドがテルジオにたずねると、すぐに答えが返ってきた。
「魔術師団長の母君でしょう?現アルバーン公爵の姉君でもあられる」
「さらにいえば〝王族の赤〟でもあった。いいか、これは〝王族案件〟だ……筆頭補佐官のみで情報を共有し陛下もまじえて審議する」
オーランドの言葉に、テルジオの歩みがピタリととまった。
ありがとうございました!









