230.大混乱
よろしくお願いします
「何⁉まぶし……っ!」
わたしたちの背後からとつぜん太陽が出現したみたいだった。いきなり目を射る真昼の明るさに、目の奥が真っ赤になって突き刺さるような痛みがはしる。
ザワザワザワ……バキバキバキ……。
目を開けていられないわたしたちの耳に、さっきまでの葉擦れの音とは明らかにちがう異質な音が届く……それも四方八方から。
「ライアス!」
オーランドが鋭く叫ぶと高く跳んだライアスは鎌で勢いよく、こちらに伸びてくるマルップの消防ホースぐらいにぶっとい蔓をなぎはらった。
刃が巻き起こした風圧で切り刻まれた蔓が形をなくしてボトボトと崩れると、彼のまわりにぽっかりと空間があいた。
オーランドもかまえた弓から、矢で根元を射てマルップの勢いをそぐ。
「足元から……くるっ!」
ライアスが叫ぶと同時にビシビシと土に亀裂がはしり、地面のあちこちがボコボコと盛りあがると、そこから勢いよく根が飛びだしてきた。
「ネリア!」
着地したライアスは鎌をサッとしまい、わたしを抱きかかえてふたたび跳ぶ。
跳びながらこんどはムチをとりだし、ヒュンッと巨木の枝に巻きつけ枝から枝へと飛びうつった。
「これがギルバンサ⁉」
「ああ、そうだ。本体を支える主根のほかに、発達した側根をもち攻撃力が高い」
ギルバンサの幹は太く、ライアスとわたし二人が乗った枝もびくともしない。
その根は絡みついてくるマルップの蔓を、ベシベシと叩きのめしてはひきちぎっている。
主根と側根……中学校の理科で習ったよ……根っこの攻撃力までは習ってないけど。
ふと気づいたらわたしはライアスにギュウギュウとしがみついていた。
「ごっ、ごめ……」
あわててパッと両手を離すと、わたしを腕に抱いたままライアスが苦笑した。
「ネリア、もう少し力をぬいてしっかり抱きついてくれると動きやすいんだが……」
「む、むり……」
しっかり……って抱きつけるわけないじゃん!
「くっ……」
至近距離ではじける光から袖で目を守ったダルビス学園長は、ローブをまさぐり植物園の鍵を探した。
鍵さえあればすぐに入り口まで転移できる。だがとりだした鍵は時間切れだったのか……いきなり消えた。
「あやつめ……余計な小細工をっ!」
協力に消極的だった植物園長に悪態をつき、あたりを見回してすぐ彼はリリアンテをみつけた。
羽リスはうっかりかじった〝光り玉〟のまぶしさに、目を回しひっくり返っていた。そのマヌケなさまにも腹がたつ。
しかもダラセニアの注意がこちらにむいていて、すぐに逃げださねば危険だ。
「お前みたいなできそこないの〝使い魔〟などっ!」
やわらかい腹をみせてひっくり返っているリリアンテに、ダルビス学園長は拳を振りあげた。
いまにも小さな羽リスを叩きのめすかに思えた拳だが、彼はすぐに腕をおろし小さな体を拾いあげた。
「できんっ……わしはそれほど恩知らずではない!」
魔力を喰うわりに役に立たない使い魔だが、魔力持ちが魔力をあたえることで使い魔はその能力を開花させる。
ヴェルヤンシャの山で学園長に魔力を与えられたリリアンテは、もっと賢くなることもできた。
けれどリリアンテは自分で選んだのだ、賢さよりも助けを呼ぶために必要な〝羽〟を生やすことを。
夜になり樹々のあいだに冷気を帯びた風が吹きぬける。高い木のてっぺんに吊るされた学園長が焦っていると、目の前に生える木のうろからリスがひょっこり顔をだした。
必死な思いではなった使い魔の契約呪文から、なぜかリスは逃げなかった。
リリアンテは生まれてはじめて空を飛び、捜索隊に学園長たちの位置を知らせた。
リリアンテは何を言い聞かせても栗をみればすぐに忘れてしまう。
それでもこの羽リスは学園長にとって命の恩リスで、だから彼は魔力とトポ栗……たまにはごちそうのミルパ栗をあたえて世話をしてきた。
だが羽リスを抱えて転移魔法陣を展開しようとした学園長にダラセニアの葉が振りおろされ、リリアンテと学園長は吹っ飛んだ。
地に転がり落ちた小さな羽リスをめぐり、ダラセニア同士がぶつかりあう。
「リ、リリアンテ⁉」
あんなバカで役立たずの使い魔などどうでもいい、さっさと転移すべきだ。
頭ではわかっていた。だが学園長は巨大な紅炎を生みだす魔法陣を展開し、熱に反応したダラセニアが一斉に彼のほうをむいた。
ライアスがひょいっとわたしを抱えて移動すると、すかさずマルップの実が吐きだした鋭い種が、わたしたちがさっきまでいたギルバンサの枝にドカカカ……と手裏剣のように突き刺さる。
「きゃああああ!」
「くるぞっ、攻撃に備えろ!」
さけぶオーランドに援護されつつ、ヴェリガンもアレクをかばい器用に枝から枝へとつたう。
その機敏な動きはまるで密林を移動するサルみたいで……研究棟にいるときと全然ちがう彼の姿にわたしはあっけにとられた。
「ネリア、押さえこむこともできるが……撤退するか?」
もちろん撤退するよ!
そう答えようとした瞬間、だれかの叫びが聞こえた。
「たっ、たすけてくれぇーっ!」
えっ……。声はわたしたちが越えてきたダラセニアの群生地からだった。
そこにはボロボロになった紺色のローブを着た……見覚えのあるおじいちゃんが必死に魔法を放っていて。ライアスも驚いた声をだした。
「あれはダルビス学園長?なぜここに……まさか〝光り玉〟を放ったのは……」
ぱっくん。
あ……。わたしたちがみている目の前で、ダルビス学園長はダラセニアに喰われた。
ダラセニアはもぐもぐしていて、もう彼の姿はどこにも見えない。ええと……。
「助けなきゃ……いけない……よね?」
わたしがつぶやくと、ライアスも呆然としたまま答える。
「あ、ああ……そうだな……とすると撤退はムリだな」
危なくなったらいつでも転移できるはずだったのに。
いったいどうしてこうなった⁉
「ライアス、五層の制圧を。そしてダルビス学園長の救助をお願い!」
ありがとうございました!












