23.『竜の間』(カーター視点)
錬金術師団にいた副団長のクオード・カーターは、帰還したミストレイが王城中に轟かせた咆哮を聞いた。
(ウブルグ・ラビルはしくじったか……ふん、時間稼ぎにはなったな)
もとより彼に期待していたわけではない。
「わしの〝へリックス〟が役に立つところを見せてやる!」
そうはやるウブルグと爆撃具や黒蜂を積んだ〝ヘリックス〟を、マール川のほとりに転移させた。
それぐらいでドラゴンが倒せるわけもなく、せいぜい乗っている人間に傷を負わせられるかどうか。竜騎士団を妨害してネリア・ネリスがひるみさえすればいい。
弱気になった相手に封印を解かせ、師団長への就任は辞退させる。
(どうせ無名の錬金術師だ。さして度胸はあるまい。ウブルグはどこまでやれたのか……)
カーターはピシリ、ピシリと持っていた定規を自分の手に打ちつける。
(デーダスに向かわせたオドゥ・イグネルは何かつかむだろうか)
ふたたびピシリ、と手に打ちつけたところで、アーネスト国王からエンツが飛んできた。
「カーター副団長、ネリア・ネリスが到着した。〝竜の間〟にくるように」
〝竜の間〟とは本城の〝天空舞台〟に続く部屋で、ドラゴンで飛来した客人と会うために造られた謁見の間だ。
「ヴェリガン・ネグスコ!」
副団長の呼ぶ声に応え、工房のすみにいたヴェリガン・ネグスコが立ちあがった。艶のない紺色の髪と精彩のない瞳を持ち、陰気な感じの頬がこけた男で、ふだんはろくに食事もせず、自分の研究室にこもっていることが多い。
「〝竜の間〟に行ってくる。準備をしておけ」
「いいけど……これ使ったら……しばらく研究棟……使えなくなるよ?」
ヴェリガンは聞き取りにくい声でボソボソとしゃべり、クオードはギロリと目を光らせニタァと笑った。
「かまわん、やるならとことんだ」
副団長が〝竜の間〟に転移すれば、デゲリゴラル国防大臣が彼を手招きする。
「錬金術師団副団長、クオード・カーター参りました」
「おお、カーター副団長、きたか」
そこにはすでに大臣だけでなく、国王のアーネスト・エクグラシアとヒルシュタッフ宰相、魔術師団長であるレオポルド・アルバーンがそろっていた。
それに向き合うように竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンと、肩かけ鞄をたすき掛けした小柄な娘がいて、クオードは意表を突かれた。
(竜騎士団長が迷子を保護した……というわけではあるまいな。まさかこれがネリア・ネリスだと⁉)
ペリドットのように強い輝きを放つ瞳が印象的だが、まだあどけない顔立ちで成人しているかも定かではない。
国王がひとつうなずき、ヒルシュタッフ宰相が口火を切った。
「これで全員そろった。グレン老が死去し、錬金術師団の業務は速やかに、新師団長へ引き継がれねばならぬ。そしてたった今、後継者に指名された〝ネリア・ネリス〟が到着した。アーネスト陛下の裁可を頂くまえに、みなの意見を聞かせてもらおう」
竜騎士団長のライアスが手を挙げ、カーター副団長に厳しい視線を向ける。
「では私から。先ほどマール川上空にて移動中、錬金術師団の襲撃を受けた。すぐに退けたが、錬金術師ウブルグ・ラビルを拘束中し、ヘリックスを押収した。カーター副団長、これはどういうことだ?」
「なんと!ウブルグがそんな暴挙にでましたか!」
白々しいまでに副団長が驚き神妙な顔をすると、ライアスは眉間にぐっとシワを寄せる。
「……錬金術師団ではあずかり知らぬことだと?」
「もちろんです。ウブルグもグレン老に次ぐ古参の錬金術師ですからな、こたびの決定に不満があったやもしれませんが……早まったことを……」
デゲリゴラル国防大臣も彼にうなずき、打ち合わせどおりのセリフで彼を後押しする。
「私はカーター副団長に任せるのがいいと思う。グレン老の決定とはいえ、いきなり現れた者を師団長にするのは、承服できない者も多いだろう。彼なら経験も豊富だし、長年実務を取り仕切ってきた」
ヒルシュタッフ宰相が首を横に振った。
「ほかの師団とのバランスもある。私はユーティリス第一王子を推す。これまで通りカーター副団長が補佐を務めれば、体制にそう変化もない」
「レオポルド、そなたの意見はどうだ?」
アーネスト陛下がたずね、魔術師団長のレオポルド・アルバーンは無表情に答えた。
「……私は師団長が誰であろうとかまいません。ですがまずネリア・ネリスに師団長室の封印を解いてもらいたい」
全員の視線がいっせいにネリア・ネリスに集中し、それまで黙っていた小柄な娘はようやく口を開いた。
「わたしが王都シャングリラに来たのは、グレンの死を確認するため、そして彼との約束を果たすためです。『錬金術師団長になってくれ』とは頼まれていません。なのでもう帰ってもいいですか?」
カーター副団長の物差しペシペシ。
挿絵にもならないような細かい動きが、コミカライズでは見られるかも……と期待しています。
元は錬金術師1人にそれぞれ助手が2~3人つく設定でしたが、登場人物が多くなってしまうため省きました。