229.『王立植物園』 五層
よろしくお願いします!
パパロスを捕まえた一層のあとは、移り変わる景色を楽しみながらのぼるだけだったので、このまま順調に見学を終えられそうな気がしたけれど。
五層にはいる手前でライアスやオーランドが自分たちの装備をチェックし、幻惑や各種耐性魔法をかけはじめた。
「ネリア、アレクやヴェリガンは緑の護りがあるから植物との相性はいいが、きみは三重防壁があるといっても攻撃を受けるだろう。なるべく俺から離れないでくれ」
「うん」
「兄さんはヴェリガンとアレクのフォローを頼む。ヴェリガン、きみはどれぐらい戦える?」
「す……すこしなら……」
「ヴェリガンまで戦うの?」
どうみてもヴェリガンは戦闘要員ではないけれど、ライアスは真面目な顔でうなずいた。
「ああ、魔力持ちであればここの攻略は難しいことではない。ざっくりいえば植物は光や熱に反応するから、光は追うし熱からは逃げようとする」
「光は追って熱からは逃げる……」
「だがダラセニアという食獣植物は熱に反応して、葉に飲みこもうとするから注意が必要だ」
「ダラセニアに飲みこまれないためにはどうするの?」
「戦うしかない、ネリアはなるべく邪魔にならないようにしてくれ」
それが一番難しそうです!
ガイドブックをもつオーランドが銀縁眼鏡のレンズをキラリと光らせた。
「通路のそばは比較的安全だ。基本は通路から離れないようにして、襲いくる植物から身を守りつつ採集する。だが植物によっては通路をはずれ、生息域に足を踏みいれなければならない」
「五層の植物たちはつねに勢力争いをしていて、いまの季節はギルバンサとマルップという魔樹が強さを誇っている。いまは寝ているから大丈夫だと思うが用心してくれ」
みんなでオーランドのガイドブックをのぞきこみ、ルートを頭にたたきこむ。
「ギルバンサは根が強く根を使った攻撃が多彩だ。足元に注意しろ」
「わかった」
「マルップは蔓がムチのように飛んでくるから気をつけてくれ。下手に捕まると締めあげられる」
「ちょっと待って、ギルバンサとかマルップとか……寝てるんでしょ?」
たしかに植物が寝ているといっても、刈りとるには一層でも注意が必要だったけど……。
「ネリアが欲しがってるユーリカとネコネリスは、ギルバンサとマルップの繁殖地を越えた奥にある。用心にこしたことはない」
うひゃあ……樹海に採りにいくより手軽かもと思ったけれど、じゅうぶん大変そうだよ!
こうなったらオーランド兄弟の手を借りて、さっさと済ませるしかない。
「う……がんばります。ライアスもオーランドさんもよろしくお願いします」
「まかせてくれ」
オーランドが銀縁眼鏡のつるをくいっと持ちあげて力強くいうと、夜だというのにライアスも眩しすぎるぐらいさわやかに笑った。
「それじゃあネリア、俺にしっかりつかまってくれ。よっと」
いきなりライアスは「よっと」の掛け声とともに、軽々とわたしを抱きあげた。
「ちょっ、ライアス⁉」
抱きあげられたわたしはあわてて口をパクパクさせるけれど、ライアスはまったく動じず超さわやかに超至近距離でにっこり笑った。
「だいじょうぶだ。俺の首にしっかりつかまってくれ。しがみついてくれてもいいから」
「し、しがみついてって……ひゃあああああ!」
身体強化をかけたライアスがわたしを抱えたまま跳んだ。そのままダラセニアの生える湿地帯を飛ぶように走る。正直景色をみる余裕もない。
「ラ、ライアスっ……」
「ダラセニアの生える湿地帯をこのまま抜ける。舌をかまないよう気をつけてくれ」
しゃべる余裕もないっ!
ライアスはわたしを抱えたままジャンプして蔦をつかまえると、そのまま密林を抜けていく。こんなところでターザンロープ⁉
「きゃあああああ!」
体が風を切り景色がすごい勢いで流れていく。わたしはもう涙目でライアスにしがみつくしかない。
ズザザザッ!
音をたてて勢いよく着地したライアスは、グッと蔦をひくと元の地点に力いっぱい投げかえした。
「次はアレク……反動を利用して跳べっ!」
オーランドが介助して蔦につかまったアレクは、そのままこちらに飛んでくる。ライアスが一旦わたしをおろしてアレクを受けとめた。アレクの次はヴェリガン、そして最後にオーランド。
全員がそろったところでようやく五層を見渡すと……わたしたちが突然小さな虫になったような気分になる。
生えている植物がどれも見あげるような大きさで、生えている植物がどれもみあげるような大きさで、幹がないからどうみても草なのに茎は大人の胴ぐらいの太さだ。
「ネリア、しゃがめっ!」
「えっ?」
よくわからないままにその場でしゃがみこむと、ライアスが換装で呼びだした鎌を横なぎにはらう。しゃがんだわたしの頭上をライアスの鎌が唸る音をたてて通り過ぎていった。
ブンッ……ザシャアアッ!
「ひうううっ!」
巨大な筒状の葉がライアスの鎌に刈りとられ、緑の汁をまき散らしながらわたしの目の前に落ちてきた。
三重防壁にぶち当たった汁はジュウウウ……といやな音をたてながら、地面に吸いこまれていく。
「だいじょうぶか?群生地の外れにいたダラセニアが襲ってきたようだな」
「だ、だいじょうぶ……」
巨大な鎌を持ち、仁王立ちするライアスにわたしは超びびった。こんなのいくら三重防壁があっても心臓がもたない。息をつくまもなくアレクがさけぶ。
「ヴェリガン、うしろ!」
みると一際大きなダラセニアが鎌首をもたげるように、ヴェリガンのうしろでその大きな葉を振りかぶっていた。
あんな大きな葉に襲われたら、彼の細い体なんてひとたまりもない……そう思ったとき、ヴェリガンの体がスッと横に動いた。
「ヴェリガン⁉」
襲いくるダラセニアに、ヴェリガンはさっきターザンロープで使った蔓を器用に巻きつけ、その巨大な葉を宙づりにする。
そうして動けなくなった植物の赤い根元を蹴とばすと、しおれておとなしくなる。オーランドが感心した。
「さすが〝森の民〟だな……生えている植物を利用した多彩な攻撃が見事だ」
「生きるため……だから」
ローブをかるくはらってボソボソ返事するヴェリガンに、わたしがポカンとしているとライアスが説明してくれる。
「〝森の民〟は樹海で暮らす。この密林に素手ではいれるのは彼らぐらいのものだろう」
「それでオドゥは『ヴェリガンといけばいい』といったのね……」
「だろうな」
「すごいよ、ヴェリガン!僕にもっと樹海のことを教えてよ!」
「う、うん……」
アレクがとびついて、ヴェリガンは照れくさそうにポリポリと頭をかいた。ヴェリガンすごい……だけどもしかして、わたしが一番足手まといかも!
ようやくリリアンテをつかまえたダルビス学園長は、五層でネリアたちをみつけた。
彼らはダラセニアの群生地を越えたばかりのようだ。学園長はニヤリと笑ってふところから〝光り玉〟をとりだす。使えばいつでもどこでも昼間のように明るくなる魔道具だ。
「やっと……追いついたぞ。五層まできておったとはちょうどいい……寝ているギルバンサとマルップのなかに、この〝光り玉〟を投げこんでくれるわ。リリアンテ、お前は飛んでいってこれをあいつらの上に落としてやれ」
リリアンテはつぶらな黒い瞳をぱちくりすると、〝使い魔〟らしく差しだされた玉を小さな手で受けとった。羽をひろげて飛んでいってこれを落とす、りょーかい。でも何だろこれ。
ダルビス学園長はギョッとした。
「リ、リリアンテ⁉かじるなバカもん!」
カッ!
リリアンテのかじった玉からまばゆいばかりの光があふれだし、五層全体を真昼のように照らした。
ありがとうございました!












