228.学園長とリリアンテ
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三層は山岳地帯のため動かした体は温まって気温の低下も気にならなかったけど、四層にはいったとたんわたしは肌寒さを感じた。
「寒っ!」
「アルバ」
身を縮こませたわたしの横でライアスが呪文を唱えると、体のまわりがふわっと暖かくなる。
「わっ、これなぁに?」
「風をつかった保温の呪文だ。体のまわりを暖かな空気の層で囲み、冷たい風からも身を守ってくれる」
「ホントだ、あったかい。〝風〟にも保温効果があるんだね」
「竜騎士はドラゴンとともに野外ですごす時間が長い……鍛えてはいるがこういう小技も使わないとさすがにつらい」
冷たい風が直接肌にあたらず体のまわりに暖かい空気があるというのは、まるで目に見えない透明なダウンを着こんでいるみたい。
ライアスはアレクやヴェリガン、オーランドにも順繰りにアルバをかけていく。
「すごい、ポカポカだよ。ライアスさん!」
「ハハハ、暑くなったらいってくれ」
オーランドが銀縁眼鏡のつるをくいっと持ちあげ、手にした植物園のガイドブックを開く。暗闇のなかではガイドブックの字が光り、浮かびあがるようになっていた。
「四層は寒冷地帯でもあるアルバーン公爵領を模しており夏でも涼しい……とくに夜は肌寒いくらいだろう」
「アルバーン公爵領……レオポルドの育った場所ってこと?」
「俺も訪れたことがある。冷涼な気候だが広大な湿地帯に川や湖もあり、春には花が咲き乱れるとても美しい場所だ。ここは夜よりも昼に訪れたほうがよかったな」
冷涼な気候……と聞いてある植物を思いだしたわたしは、おそるおそるガイドブックをのぞきこんだ。
「グリンデルフィアレンは?」
「あれは……もっと北……モリア山よりさらにむこう」
ヴェリガンが答えてわたしはほっと胸をなでおろす。
(よかった……またあんなのが土から芽をだしたらたまったもんじゃないよ)
「四層ならすこし明るくしても大丈夫だろう。全体が見渡せるようにしよう」
「えっ……あ、綺麗……」
ライアスが光球をはなつと、部屋全体が満月に照らされたような淡い光に満たされた。
ところどころに植わる樹々の葉もそれにあわせてそよぎだし、波打つように白波草が揺れて小さな声で歌いだす。
ペチャニアのように楽しげではなく、風の音のようにかすかな声がひとつひとつ重なり合うことで、心に染みる不思議なハーモニーが生まれていた。
「本物……というか現地のほうがもっと綺麗だ。遠くの山々が青く靄のなかに浮かび、静かな湖面は鏡のように月を映す。その景色のなかで花々が歌うんだ。レオポルドがいれば嫌味なぐらい絵になる」
「ほぉ、ライアスにしては詩的な表現だな」
「俺だって夜会でそれなりに令嬢たちと会話を……とと」
ライアスがわたしをみて気まずそうな顔をしたあと、あわててつけくわえた。
「俺にとっては令嬢たちよりレオポルドと話すほうが気楽なんだが」
「ライアスはレオポルドと仲がいいんだね」
「ああ。もともと同窓ということもあったが、師団長の職をまかされるようになってからはそれに尊敬も加わったな。人づきあいは悪いがあいつは自分の役目をきちんと果たすから尊敬できる」
「わたしはちょっと苦手かな……彼の前だと緊張しちゃって、きちんとしなきゃって思うんだけど失敗ばかり」
「ネリアにはちょっと当たりがキツいからな。でもあいつは公平なヤツだ。ちゃんとよく知れば、ネリアのこともわかってくれるさ」
「うん、そうだね……」
ライアスは朗らかに話をつづけた。
「俺とレオポルドとオドゥの三人は、学生時代よく一緒にいた。学園を卒業してだいぶ経ち、それぞれの立場は変わってしまったが……たがいへの信頼はあの頃とかわらないままだ」
「……そう」
「ネリア?」
「なんでもない。三人の関係っていうか、絆がうらやましいなって」
ライアスが知るレオポルドやオドゥは、わたしが知る二人とはちがう。この感覚をライアスに説明してもわかってもらえない気がして、わたしは話題をかえた。
「一層での採集は大変だったけれど、三層と四層はそうでもないね。みかける植物もわたしがイメージするものに近いよ」
「そうだな。全体的にこれでもおとなしいんだ。ここは植物園だから地脈から魔素が植物に供給されることもないし」
地脈から直接魔素をもらうから、こっちの植物たちはいろいろと元気なのかな。
「ここの草たちは……おとなしいけど……長い冬をじっと耐えるからとても強い」
ヴェリガンがボソボソといい、わたしたちは湖を模した水場の近くで香りのいいハーブをいくつか採集した。
三層の山岳地帯ではダルビス学園長が、通路をふさいだマホウガニーの巨木を魔法で追い払っていた。
「ふんっ、ヴェルヤンシャ山中から生還したわしには、この程度の障害など屁でもないわ。おい、リリアンテ!」
学園長の呼びかけに、彼の使い魔である〝羽リス〟リリアンテは、ほおばったトポ栗で頬をパンパンにふくらませたままふりかえった。
「あやつらがどこまでいったか、お前さきにいってみつけてこい!」
プイッ。
つぶらな黒い瞳にフサフサのしっぽをクルンと巻き、愛らしいボディに羽の生えた〝羽リス〟はそっぽをむいた。
さっきからリリアンテは故郷の山にそっくりな三層で、学園長の紺色のローブから飛びだしてオヤツのトポ栗拾いにいそがしい。
「リ、リリアンテ⁉」
あのときのリリアンテは必死に夜空にむかって閃光魔法を打ちあげるこのオジイチャンが、ちょっとかわいそうだっただけなのだ。それに故郷のトポ栗の味にもちょっと飽きていたし。
このオジイチャンについていけばいろんなクリが食べられるかも?わりとそんなノリでリリアンテは学園長の〝使い魔〟になった。
リリアンテの反抗的な態度に、ダルビス学園長はブルブルとこぶしをふるわせる。
「お、お前……いつもわしの魔力を受けとっていながら、そっ、その態度……」
リリアンテは可愛らしく小首をかしげた。〝使い魔〟のいうことは主にしか理解できない。
「なんだとっ、わしの魔力じゃ渋すぎるからお口直しが必要……ミルパ栗も与えたではないか!」
学園長がくれる魔力はよくいえば枯れた味わい……ハッキリいえば渋すぎる。ミルパ栗もねっとりとゴージャスな味わいだが、トポ栗の優しい素朴なポクポクしたお味は郷愁を誘う。
リリアンテはキラーン!とつぶらな黒い瞳を光らせた。
なんとそこにぷっくらとした絶妙なカーブを描くセクシーで色つやのよいトポ栗が、大地に寝そべってリリアンテを誘っているではないか!
「あのね、リリアンテちゃん?わしもちょーっと言い過ぎたかなって思うけどぉ、いまはトポ栗を拾ってる場合じゃないのね……おいっ、待たんかぁ!リリアンテぇ!」
威厳たっぷりに紺のローブを着こんだダルビス学園長が追う相手は、ネリア・ネリスからリリアンテになった。
『羽リス』のリリアンテは、97話でちらっと存在だけ語られてます。
(名前は出てません)









