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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第七章 ネリアとお城の舞踏会
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227.デーダス荒野の思い出

感想と誤字報告ありがとうございます!

ブクマと評価もお礼もうれしいです、励みになります!

 二層はデーダス荒野やエレント砂漠のような乾燥地帯を模した植物相で、わたしたちは月明かりほどの薄暗がりのなかをただひたすら荒野を歩いた。


「なんにもないね……」


 アレクが二層の空間をみまわすとヴェリガンがボソボソと答えた。


「眠っているだけ……雨が降れば芽吹く……」


「数年に一回雨を降らす以外は、この層はずっとこんな光景のままだ」


「わたしがいたときも、デーダスに雨が降ることはなかったなぁ」


「静か……だね」


「さすがに植物園には魔物はいないからな……動くものがいないせいもあるだろう」


 魔物っぽい植物はいっぱいいたけどね。


「ネリア、ここは素通りでいいのか?」


「うん、砂漠の素材は第三部隊からいっぱいもらったから」


 ジャリジャリジャリ。


 踏みしめる砂の小石が混じった感触に、わたしははじめてデーダス荒野を歩いた日のことを思いだしていた。


 あの日、雨が降ることのない空は雲すらもなくて、どこまでも抜けるような青空だった。風が何かを運んでくるかもと期待したけれど、荒野を吹く風はどこまでも乾いていた。


 歩いても歩いても地平線しかみえず、微妙に合わない靴をはいた足は痛くてさっきから歩くのもつらい。けれど後ろをふりむいても、グレンの家はとっくにみつからなくなっていた。


(日が暮れて夜になったら、わたしこのまま死ぬのかな)


 途方にくれているはずなのに、心は渇いていて何も感じなかった。


 ただ何かを探していた。


 目の前にはどこまでも青い空と地平線がひろがり、いくら足を動かしても何の変化もない。


 ジャリジャリジャリ。


 空には太陽が照って世界は起きているはずなのに、聞こえる音は自分が砂を踏む音だけだ。


 足が痛い。けれど足を止めてしまったら、この世界からすべての音が消えてしまいそうでこわかった。


 ただひたすら歩きつづけてすべての感覚がなくなったころ、ふいに頭の上から声が聞こえた。


『どこに行くつもりだ』


『グレン……』


 宙にふわふわと頼りなく浮くそれは、グレンが操縦する彼のライガだった。


 ただ浮くだけで移動速度もとても遅いものだが、それでもこのデーダス荒野でわたしをみつけるのに役立ったのだろう。


 みつかった……ときまり悪くなるのと同時に、わたしは死ぬ危険がなくなったことにほっとしていた。


 グレンがいればわたしは死なない。


 彼はいつも錬金するときにつけている仮面ははずし、射るようなミストグレーの眼差しをこちらにむけていた。


『わしは家で待つように……といったはずだが』


 わたしはうつむくと彼の視線から目を逸らした。


『えと、散歩……』


『こんな所までか?』


『何か……みつかるかも……って』


 前に進めば何かあるかもしれない……そう思った。わたしは何をみつけたかったのか、今となってはそれすらよくわからない。けれどただ何かを探していた。


 するとグレンは眉をひそめた。


『ようやく体が自由に動くようになったら家中を探検してまわり、書斎の本棚を読みあさっただけでは飽きたらず……わしの留守中にここまで遠出するとは』


 書き置きをしようと考えて書くことを思いつかず、結局何も残さずにでてきた。


(ちょっとそこまでいくだけだから……)


 そんな言い訳を心のなかでしながら、たいした用意も持たず家をでた。帰ってきたグレンはわたしを探し回っただろう。


『……黙ってでてきて、ごめんなさい』


 小さな声でつぶやくとグレンはため息をついた。


『ネリア、お前は……好奇心のかたまりだな。それで何かみつかったか?』


『……何も』


 しょんぼりそういうと、グレンは眉をあげた。


『ほう……何も、か』


『だっていくら歩いてもずっと景色はかわんないし……何もみつけられなかった』


『……隠れているだけだ、このデーダス荒野の地下には豊かな水脈がある。お前は星の魔力とつながっている……魔素の流れを感じられるはずだ』


『そんなのわかんないよ……』


 いいかげん足がいたい。ふてくされて返事をするわたしを、グレンはそのミストグレーの瞳で黙ってみおろしていた。





 それからグレンはわたしをライガに乗せるとデーダスの家へ連れて帰り、靴を脱がせて傷ついた足の手当てをしてくれた。


 貴重なはずの水でわたしの足を洗い、薬をつけて包帯をまく。


『いたっ!』


『まったく!三重防壁は外からの攻撃はふせいでも、自分で体を痛めつけるのはどうしようもない。人がわざわざ治してやった体を粗末にあつかいおって……こんど同じことをしたら、痛覚が倍になる術式を施すからな!』


『倍⁉グレンの鬼!そんな術式知ってるなら痛みを半分にしてよ!』


『するかバカもん!痛みが半分になったらもっと無茶をするだろうが!』


『ううう……』


 助けてもらったくせにグレンを睨みつける恩知らずなわたしに、グレンはため息をついて提案をした。


『ネリア、お前に錬金術を教えてやろう……このデーダス荒野には何もないが退屈しのぎにはなるだろう』


『錬金術?さっきの……みたいなの、できるようになる?』


『さっきの?』


『あのふよふよと飛ぶやつ……』


『ライガのことか?つくることはできるだろうが……』


 わたしは決意した。


『絶対つくる。あれなら足痛くならないもん!』


『お前は……』


 グレンはあきれた顔をした。


『絶対、絶対だからね!錬金術おしえてもらうからね!いい?』


『いいだろう……そのかわり、わしがいないときに勝手にここをでるな。約束できるか?』


『わかった、約束する』


 わたしがうなずくと、グレンは手当の道具を持って立ちあがり、わたしに背をむけた。


『お前を我が弟子と認めよう、ネリア・ネリス。我が生涯を懸けて集めし知識と術をくれてやる。それをどう使うかは……お前次第だ』





 ジャリジャリジャリ。


 あれからそんなに時が経っていないのに、遠い昔のように思える。


 グレンがいなくなって、わたしがシャングリラで錬金術師どころか師団長になっているなんて、あのときは想像もしなかった。


 もしもあのときのわたしに話しかけることができるとしたら、「だいじょうぶだよ」と教えてあげたい。


 この世界がほんとうに在るのか不安だった。


 だいじょうぶだよ。


 わたしがいるのはどこまで行っても果てのない、閉じた世界ではなくて。


 人の暮らしがあってさまざまな生物が息づいている、広い豊かな世界だよって。


 伝えたいけれど。


 やっぱり自分の目でみるのが一番だから。


 がんばれっていうだけにするかな。





「ネリア、三層は山岳地帯だ。足場が悪いから手を」


「ありがとう!」


 ライアスの手から伝わるぬくもりにほっとして笑顔になると、ライアスもほほえんだ。


「岩場までちゃんと作ってあるんだね。それに気温とか湿度も層によってちがう」


「よくできているだろう?バルザム・エクグラシアの命令なんだ。地域によってちがう植物を一堂に集めるなんて、何を考えていると最初はいわれたそうだ」


「王様の道楽とかそんな感じ?」


 わたしがたずねると、オーランドがうなずいた。


「実際に植物園が完成したら、文句をいう者はだれもいなくなった。国内だけでもこれだけの種類がある。ここに集められた植物たちはほんの一部だが、エクグラシアという国の広さと多様性を知れる」


「ふうん……王都には必要な施設なんだね。でもそれならもっと気楽に見学できるといいのに」


「そうだな。だが便利な生活に慣れた人間に、外の世界の危険さを教えるものでもある……なかなか安全にとはいかないな」


 わたしたちがそんな話をしていたころ、植物園にやってきた人物がもうひとりいた。


 ぜいぜいと息を切らしながら歩くその人物は、紺色の魔術学園のローブに身を包んだシャングリラ魔術学園長のナード・ダルビスだ。


「ひぃっ、はあっ、あやつめ……いったいどこまでいきおった……」


 なにしろ植物園にきたのはずいぶん昔、学園生たちを引率した一教師だったころのことだ。体力には自信があるつもりだが、思ったより足腰にきている。


「何かある……ぜっ、ぜったいあのエセ錬金術師には何か……そっ、それをつかんでやる」


 いまやダルビス学園長は汗だくになりながら、執念と気力だけで進んでいた。

グレンのライガは『風の谷のナウシカ』で、傷ついた王蟲の子を運んで飛ぶツボ型の乗り物のイメージです。メーヴェはまだわかるけど、アレはどうやって飛んでるのか不思議でした。


POD版の紙書籍のほうも、お手元に届いたというお知らせをいただきました。

ありがとうございます!

「字が思ったより小さかった」という意見が多かった……なんかぎっちりでしたね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 反重力ポッドですね 未来少年コナンでもモンスリーとか船長が乗り回してた記憶有ります。
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