222.彼女を誘おう!(ライアス視点)
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竜騎士団では遠征直後のためふだんより軽めの訓練を終え、騎士たちがひといきついていた。
団長のライアス・ゴールディホーンは二十三歳、昨年竜騎士団長に就任したときには、彼目当ての令嬢がたが訓練場にむらがった……という逸話があるほどの美丈夫で、金の髪に蒼玉の瞳をもつ。
今年はじめて遠征に参加した新人のベンジャミンが、興味津々なようすでライアスに声をかけた。
「遠征から帰ってきたし、団長はネリィちゃんとはもう会いましたか?」
「そうだな……」
ちなみにお前もすでに会っている。
しかも王城内のため仮面をつけているネリアをみて、「うわ、得体のしれない錬金術師ってウワサは本当っすね……ほとんどしゃべんないしなんか感じわるいっすよね」といっていた。
当のベンジャミンはそんなこととはつゆ知らず、海猫亭で会った売り子の〝ネリィ〟に想いをはせた。
「俺のオンナをみる目も捨てたもんじゃないってことっすよねぇ!団長より先にネリィちゃんに会っていたらなぁ……けど団長なら俺のネリィちゃんを安心してまかせられます!」
あくまで前向き思考なのだろう、自分を納得させるとベンジャミンは朗らかにいいきった。いや、だからお前のネリィちゃんではないのだが……。
「そういえば団長って、ネリィちゃんといつもどんなところにデートいくんですか?」
「このあいだはガラス工房を見学した……」
「ガラス工房ぉ⁉︎団長もシャレオツなとこいくんすね!いいなーネリィちゃん可愛かったろうなー」
ただふたりきりではなく、いっしょにきたヌーメリアの具合が悪くなり、そのままネリィも帰ってしまったが。
もちろんライアスはその後もちゃんとエンツをやりとりしている。けれど彼女も師団長をしているから、どうしても話の内容が仕事がらみになってしまう。
親しく会話しているつもりだがなにしろ彼女は謎が多く、彼女の出身地すらライアスは知らない。
だがそれは彼女の師であるグレン・ディアレスも同じだ……彼女が自分で話すまでは触れるべきではないだろうが。
「つぎは彼女をどこに誘えばいいか、わからなくてな……」
ライアスがこぼした弱音に、ベンジャミンは目を丸くした。
「団長でも悩むんですね。そうだなぁ……ネリィちゃん本人に聞いてみたらどうですか。ここは王都っすよ、人が集まるにぎやかな場所なんていっぱいあるし、四番街の劇場なんか歌あり踊りありの涙ありで女の子はめっちゃ喜びますよ!」
四番街の劇場……ライアスはまちがいなく寝てしまう自信ならある。
「途中で寝てもいいようにあらすじだけ頭にいれとくんですよ。ストーリーなんてどうでもいいんです、だいじなのは劇が盛りあがったタイミングで手を握るんです!」
「てっ、手だと……⁉︎公衆の面前だぞ!」
「みんな舞台に集中しているんだから、公衆の面前であって面前じゃないですよ。むしろまわりに気づかれたらどうしよう……ってドキドキしながら暗闇でイチャコラするのが、俺の思考的楽園って感じです!」
「……ベンジャミン、お前いつもそんなことしてるのか?」
緑の髪をした副官のデニスがあきれたように口を挟むと、ベンジャミンはきっぱりといいきった。
「いいえ、俺にはまだエンツに応えてくれる女の子いないんで!」
「そうか……ベンジャミン、お前もがんばれ」
ベンジャミンの思考的楽園はとまらなかった。
「ネリィちゃん、生きものとか好きならペットショップとかどうです、仔猫とか仔犬とかめっちゃ可愛いじゃないですか。もちろんそれをうれしそうに抱っこするキミの笑顔がいちばん可愛いよって……やっはー!マジ照れるわ、俺」
おい……たのむから〝ネリィ〟でそんな想像はするな……。
そして生きものとの組み合わせを考えると、ライアスにはどうしても『ミストレイとネリア』が思い浮かぶ……彼女がミストレイにむける黄緑色の瞳は、キラキラと輝いて慈愛に満ちていてうれしそうだ。
だが何かちがう気がする!
「あとはウマいと評判の店でテイクアウトして……まだ寒くはないから川沿いを散歩して。あっ、テイクアウトにするのは、テーブル越しだと距離つめらんないすから。二人で川べりのベンチに座って、ネリィちゃんに『あーん』とかしてもらえたら、俺舌ヤケドしても食いますよ!」
だから〝ネリィ〟でそんな想像はするな……しかも彼女の「あーん」については、ライアスは実はすでに経験している……ミストレイ越しにだが。
あのときはミストレイの満足そうな喜びで全身が満たされて……かみしめる生肉の感触も気にならなかった。ごっくんと飲み込むと、彼女のちいさな手が鼻の頭をなでてくれた。
だけど何かちがう気がする!
遠い目をしたライアスの考えを見抜いたように、副官のデニスがため息をついた。
「団長……彼女もいないベンジャミンの意見は参考にせず、自分で考えたほうがいいですよ」
「あっ、ひどい。俺だってこんどの秋祭りには賭けてます。ネリィちゃんみたいに可愛い彼女、絶対つかまえますよ!」
だからお前の妄想から〝ネリィ〟をはずせ。そして秋祭りでは竜騎士は王都警備だ、つまり仕事だ。
イチャイチャと盛りあがるカップルをキリリと見守るのがお前の仕事だ。ライアスはガシッと自分の拳を打ちつけた。
「……それだけ軽口をたたく元気があるなら、午後の訓練はもうすこし本気をだす必要があるようだな」
「ええー?」
副官のデニスがベンジャミンの肩にポン、と手を置いた。
「ベンジャミン……お前は根本的なところを間違っている。いいか、竜騎士は男子のあこがれの職業第一位で、なおかつ女にもそりゃモテる……それはなぜかわかるか?」
今年竜騎士になったばかりのベンジャミンは考えた。そしてライアスをみながらマジメに答えた。
「かっこいいから?」
「強いからだ!いいか、強くなければ竜騎士とはいえん。団長に直接しごかれてこい!お前が真の強さを手に入れたとき、女などむこうから群がってくる!」
「マジ⁉︎……でも俺、モテるより一人の女の子をだいじにしたいクチなんすけど……」
「そういうことはモテてから……じゃない、強くなってからいえ!」
彼女もいないベンジャミンのいうことは参考にならないが、ライアスは彼のアドバイスをひとつだけ実行した。ライアスはネリアにエンツを送る。
「ネリア、こんどの休みにどこかいきたいところはないか?」
「わたしがいきたいところ?あるよ!ちょうどわたしもライアスに一緒にいってくれないか聞こうと思ってたの!」
ネリアの弾んだ声が返ってきた。ライアスは力強くうけあう。
「そうか、きみがいきたいのであれば、どんなところでもつきあおう」
「わたしたちだけじゃちょっと不安だったし、ライアスもきてくれたら心強いよ」
……わたしたち?……ちょっと危険なところ?ライアスの頭に疑問符が浮かぶ。
「あのね、〝王立植物園〟にいきたくて!」
ふわふわした赤茶の髪を持つ小柄な娘……大きな黄緑色の瞳は好奇心いっぱいにきらめいて。ライアスはまるで世界をはじめてみるように、目を輝かせる彼女の笑顔に惹かれた。
しかし錬金術師団長でもあるその彼女がいま一番いきたい場所は、二番街のミネルバ書房でも四番街の劇場でも六番街を流れる川沿いのデートスポットでもなく。
九番街にある〝王立植物園〟だった。
あそこはちょっと危険どころじゃないのだが……。
ベンジャミン、ちゃんと出てきました!
そして植物園に行くメンバーはまだ決まっていない……。












