221.収納鞄からでてきたものは
よろしくおねがいします!
研究棟にもどったわたしはさっそく、ヌーメリアに魔力暴走が起きた日のことを聞いてみた。
「えっ、それじゃホントにレオポルドはずっとついててくれたの?」
「はい……薬を持ってきた彼が私に、一晩中ついていてもらうことになるからその前にちゃんと食事をすませるようにと。ですからネリアに薬を飲ませるのは彼にお願いしました」
彼は動揺するヌーメリアをなだめソラに食事の用意をするようにいい、わたしの部屋で薬の準備をはじめた。
ヌーメリアがいわれた通り食事をすませ、アレクを寝かせてからもどると薬が効いたのか眠るわたしの呼吸は落ち着いていて、彼がそのようすを静かに見守っていたらしい。
「そっか……倒れたときのことってよく覚えてないや。わたしの様子おかしくなかった?」
頬に手をあて小首をかしげたヌーメリアは、しばらく考えたあと思いだしたようにいった。
「おかしくはなかったですけど、ただ……そう、顔に泣いたあとがありました」
「えっ、わたし泣いてたの?」
「何か夢でもみたのかもしれません。倒れたときのネリアは呼びかけにも反応しませんでしたけど、泣いてはいませんでした。ですが私が部屋にいったときはもう静かに眠っていましたよ」
「そう……」
レオポルドの前で泣いたってことだろうか……だから翌日彼はあんなに心配そうにしていたのか。わたしが考えこむと、ヌーメリアがためらいがちに話しかけてきた。
「ネリア、あの……きっとオドゥはネリアにいわないと思うのですが……あの日オドゥもずっと中庭で過ごしていたんです」
「オドゥが?」
「ええ……彼は居住区にはいれませんからずっと中庭にいて。アルバーン師団長が帰られてからすぐ彼も帰ったようですけれど。ネリアのことを心配したのでしょう」
「そうなんだ……」
初耳だった。回復したあともオドゥはそんなそぶり、ちっともみせなかったのに。
「オドゥは……学園生のときからこの研究棟でグレンの研究を手伝っていました。研究棟の錬金術師たちのなかでは一番、彼がグレンに信頼されていました」
「一番、グレンに信頼されていた……?」
グレンからオドゥの話を聞かされたことはない。何だろう、何かひっかかる……。
『〝心〟というのは、なにかを創りあげようという強い意志だ。〝心〟なき錬金術はなにもうみださん』
海洋生物研究所に行ったウブルグ・ラビルの言葉がよぎった。オドゥの〝心〟はどこにあるのだろう。
ヴェリガンとヌーメリアに打ちあわせをまかせたわたしは工房にもどり、収納鞄を作業机におくとさっきヌーメリアに聞いた話について考えた。
オドゥとは彼の研究のこととか、きちんと話をしなきゃ……。
レオポルドにはあの日のことを聞いてみたほうがいいのかな……そこまで考えてふと思いだした。
ん?
待って!
パパロッチェンのときだって、わたし彼のベッドで寝てたよね⁉
そうだった……パパロッチェンのときはレオポルドのベッドを借りたし、魔力暴走のときはずっと彼につきそってもらっていたとか……不可抗力とはいえ……。
うん、変な気なんてなかった!
サリナ・アルバーンという許婚だっている人だよ⁉
だからきっとレオポルドだって何もいわないんだ。
『お互いに触れないのが暗黙のルール』……そうだよね。
うわわわわ……もう、どんな顔をして会えばいいのよ!
いや、さっき会ったよ!むこうはいつも通りだったけど!
そう、いつも通り!意識するほうが変!
「もう考えない!」
バチン、と両手で顔を挟むように勢いよく頬をたたくと、ちょうど工房にはいってきたユーリがギョッとして聞いてくる。
「ネリア、何してるんですか」
「……なんれもない……」
ちょっと強くたたきすぎた……。
工房で収納鞄からララロア医師に借りたレシピノートを取りだしていると、ドレスのデザイン帳が何冊もでてきた。
「あっ、ニーナから預かったの忘れてた!」
「ドレスのデザイン帳ですか……もうデザインは決めたんですか?」
ユーリがそのうちの一冊をとりあげてパラパラとめくる。どれもこれもヒラヒラのキラキラであれもこれも素敵すぎて、一周まわって何がなんだかわからなくなってくる。
「まだだよぉ……ニーナにはせっつかれてるけどね」
ちゃんとお店で相談しないとデザインなんて決まらなそう。デザイン帳をみながらユーリがなにげなくいう。
「ふぅん……僕が決めてあげましょうか?」
「ホント、お願いしたいぐらいだよ……あっ、ユーリの衣装もキラキラしていてすごくカッコいいよね、当日が楽しみだね!」
とりあえずテルジオに頼まれていたことを思いだして伝えたら、ユーリは苦笑してデザイン帳をパタンと閉じる。
「ネリアも僕といっしょにデビューしちゃいませんか?僕のそばにいれば何かとフォローもしやすいですし」
「えっ?それはちょっと……あのね、ユーリにエスコートされるのが嫌とかじゃなくて、〝ネリア・ネリス〟ではなくいち参加者として楽しみたいの。初めての夜会だからやりたいこともあるし」
ユーリがけげんな顔をする。
「やりたいこと?当日のメニューが手にはいったら持ってきてあげましょうか?」
「ホント⁉︎でもやりたいのは食べ放題じゃないからね!」
「あはは」
わたしはユーリに気になっていたことをたずねる。
「仮面なしで身元チェックされずほかの参加者にまぎれこめるかな……晩餐会みたいに席次が決まってたりする?」
ユーリはあごに手をあてすこし考えながら答えた。
「当日は参加者が多いですからね、晩餐会はべつの日に数回にわけておこなう予定です。僕は全部に出席しなければなりませんが」
「うわぁ、主役は大変だ」
わたしを安心させるように、ユーリはにっこりと優しげな笑みを浮かべた。
「王城に部屋を用意させますよ。当日はそこで準備して会場にむかえばいい……それなら、〝ネリア・ネリス〟と名乗る必要もありません」
「ホントに?ありがとう!」
それならわたしの野望も達成できそう。そんなことを考えていると、ユーリはデザイン帳を持った手を自分の腰のうしろにまわし、もう片方の手をわたしに差しだしてきれいな礼をとった。
「輝く瞳をもつ美しきかた、今宵あなたの麗しきほほえみを私にひとりじめさせてはいただけませんか?」
「わ、びっくりした!ユーリってばメチャクチャかっこいいよ!王子様みたい」
ふいを突かれて目を丸くすると、ユーリはスッと背筋をのばして不服そうな顔をした。
「みたい、じゃなくて王子ですってば」
「そうだよね、なんか不思議だけど」
立太子の儀……当日はどうなるのかわたしにもわからないけれど、ユーリのふだんとはちがう姿を見られるのはドキドキしてとても楽しみなイベントだ。
「立太子の儀直後はしばらく忙しいでしょうが、ちゃんと研究棟に戻ってきますよ。ライガの開発もあるし魔導列車の駆動系のメンテナンスもまかされていますからね」
「うん、頼りにしてるよ!」
デザイン帳を作業机のうえにもどすと、ユーリは工房の扉にむかった。
「僕はネリアのそばを離れませんよ」
「え?」
わたしが顔をあげたときにはもう、ユーリは工房をでていったあとだった。
ありがとうございました!












