22.レオポルド・アルバーン
ミストレイが舞い降りたのは、ドラゴンたちが使えるように王都全体が見渡せる高さに造られた、〝天空舞台〟と呼ばれる本城のバルコニーだった。
ドラゴンたちが舞い降りるさまが、まるで舞台で踊るように見えることから、そう名づけられたという。
わたしはライアスの手を借りて、広々とした天空舞台に降り立つ。すると精緻な魔法陣の刺繍がある黒いローブを着た、長髪の人物がわたしたちを出迎えた。
それはとても綺麗な人間だった。
(お、男の人よね?)
まるで精霊かと思えるほど人間離れした美貌の青年が、背中まで流れる銀の髪を風になびかせ、わたしたちに向かってまっすぐ歩いてくる。
すっと通った鼻筋にキリッと引き結んだ薄い唇、シミひとつない肌はつややかできめ細かい。しっかりした骨格で肩幅もあるから、決して線は細くないけれど、騎士のライアスとくらべて優美な印象だ。
同じく銀のまつ毛に縁どられた瞳は、黄昏時の空みたいな美しい薄紫をしていた。じっと見ていると吸いこまれそうなほど、涼やかで神秘的な光を放っている。
でも見た目のよりも強烈に彼を印象づけているのは、その身にまとう強い魔力の圧と、こちらに向けられた厳しい視線だった。わたしをにらみつけるようにして彼は言い放つ。
「……そのアホ面がネリア・ネリスか」
(アホ面⁉︎)
確かにポカンと見とれていたかもしれないけど、初対面なのにいきなりひどい。
「おい、レオポルド。可愛らしい女性にそんな言いかたはないだろう。ネリア、彼が魔術師団長のレオポルド・アルバーンだ。この通り口が悪くてすまない」
ライアスがとりなすように紹介してくれたけど。この美しい人に向かって、可愛らしいとか……ありがたいんだけど穴掘って隠れたい。
そしてレオポルド・アルバーンという名前に、わたしは聞き覚えがある……この人が『イルミエンツ』の送り主⁉
「可愛らしい……?お前にはこいつが可愛らしく見えるのか?」
彼はわたしを睨みつけたまま、凍えるような冷気を帯びた声で意外そうに呟いた。
「私には……化け物にしか見えないが」
「!」
(ばっ、化け物⁉︎まさかの化け物判定っ⁉︎)
そっ、そこまでひどいかなぁっ⁉そりゃこんな美形から見たら、誰でもブスだろうけど。いや、もう歩く美形ハラスメントだよ。ライアスが彼を注意した。
「レオポルド……お前、言いすぎだ」
「私が言いたいのは……いや、いい。さっそく〝竜の間〟で陛下に謁見する」
きびすを返そうとしたレオポルドを、わたしは慌てて呼び止めた。
「あ、ちょっと待って!まずはグレンの死を確認したいです。遺体はどこに?」
レオポルドはもの凄く煩わしそうに振り向いた。肩にかかる銀髪がさらりと流れる。
「……二日前にグレンの心臓は動きを止めた。死亡は王城医師団が確認している。遺体はない」
「遺体はないって……どうして?」
「錬金術師の癖に知らないのか?」
レオポルドは馬鹿にしたように眉を持ち上げた。
「魔力持ちの個体はいい素材になる。それこそ髪の毛一本から爪一枚まで利用価値がある」
「なっ」
「自分の死体を利用されないために、我々は死後に肉体が消滅する術式を自ら体に施している。あとに残るのは魔力を凝縮した魔石だけだ」
一瞬、グレンがバラバラにされてしまったのかとびびったが、そうではないらしい。
「グレンは魔石になってしまったってこと?それは今どこに?」
レオポルドは聞かれたくなかったように、眉間にしわを寄せ大きく息を吐いた。
「魔石は私が保管している」
「なぜあなたが?魔術師団長だから?」
「……」
答えを返さない彼のかわりに、ライアスが口を開いた。
「ネリア、レオポルドはグレン老の息子だが……知らないのか?」
「え」
今なんて言った?……息子って言った?グレン老の……息子⁉︎
「え?ええっ?グレンの息子さん⁉︎」
思わず、レオポルドの顔をガン見すると、彼はとても嫌そうに顔を歪めた。
はぁ……歪めた顔も美しいってどんだけ……わたしは必死にグレンの面影を、目の前の整った美貌の持ち主の中に探した。
(うーん……同じ銀髪だけどグレンはボサボサだったし、しいて言えばすっと通った鼻筋が似てるかも)
そこまで観察して、わたしはハッとする。
「じゃあ……じゃあっ、デーダスの家とかも、本当はあなたの物なんじゃないの⁉」
「……生物学上の父親というだけだ。あれとは何の関わりもない」
レオポルドはいまいましげに吐き捨てる。
「グレンの魔石が見たいなら後で見せる。錬金術師団の動きが怪しい、急いでくれ」
レオポルドは無表情にわたしを見下ろし、ぞっとするような冷たい声でとんでもないことを言いだした。
「ひとつ言っておくが、だれもお前が錬金術師団長になることなど望んでいない。グレンの愛人だか何だか知らないが、師団長室の封印を解いたらさっさとデーダスにでもどこにでも行くがいい」
「あ、愛人~⁉︎」
「レオポルド、いいかげんにしろ!」
わたしは怒りのあまり口をパクパクさせたけれど、それ以上言葉にならない。
殴っていいですか⁉︎殴っていいよね⁉︎
うっかりその美貌に見とれたさっきの自分を、叱り飛ばしてやりたい。
(こいつ、最っ低!)
怒りのあまり拳をにぎりしめたわたしに、ライアスがそっと耳打ちした。
「ネリア、君が愛人なんかじゃないのは知っている。気持ちはわかるがやめてお。レオポルドにケンカを売るのは戦争を起こすぐらいの覚悟がいる。魔術師としても最強だが、騎士の訓練も受けていてドラゴンにも乗れるヤツだぞ?」
なんなの⁉︎そのパーフェクトっぷり!
だいたいどうして愛人⁉︎
あ、でも自分の知らないうちに父親の家に住み着いて、遺産まで譲られる女って……息子から見たら愛人に見えるかも……いやああああ!
グレン爺、なんて面倒なことをしてくれた!
くぅ、でも言われっぱなしも嫌だ。
「さすが親子ね、最低の毒舌野郎っぷりがグレンによく似ているわ」
すると鋭利な刃物で切り刻まれそうな勢いで睨まれた。うん、視線だけで人を殺せるなら、わたし今百回ぐらい死んだ。
「ははは、ネリアはやっぱり豪胆だな!レオポルドにひるみもしないとは」
ライアスは楽しそうに言うけどね、『豪胆』って女性に対する褒め言葉じゃないからね?わたしとしてはライアスにも、レオポルドにもっと怒って欲しかったよ!
ライアスの好感度まで一緒に下がったからね!……うん、八つ当たりだよ、分かってるよ!
シャングリラの都に到着したとたん、人外の美貌の青年(恩人の息子さん)から『化け物&愛人』呼ばわりされました。
本日一番の衝撃に、わたしのライフポイントはほぼゼロ。ゲームだったら瀕死の状態。それぐらいぼうぜんとしてる。
これから王様と謁見って……え……無理でしょ……。












