219.ララロア医師に説明しました
よろしくお願いします!
「うわ、ずいぶん材料が多いんですね」
内心の動揺をごまかして、わたしはレシピノートをパラパラとめくった。
箇条書きでかかれたそれには専門用語もいっぱい使われていて、グレンに言語解読の術式をほどこしてもらったわたしでも読むのに手間どりそうだ。ララロア医師が横から説明してくれる。
「全部を使うわけではなく、メインで使うのは五種類ぐらいです。あとは属性ごとにそれを鎮めるために素材がいくつか必要です」
ベースになる薬剤に変わらないけれど、暴れる魔力の属性にあわせた素材をくわえて調整するということかな。わたしはノートをヴェリガンにもみえるようにしてたずねる。
「ヴェリガン……わたしにもわからない薬草があるんだけどこれわかる?」
「樹林地帯で……採れる……」
ボソボソと答えるヴェリガンの返事にかぶせるように、ララロア医師がつけくわえる。
「この辺だと九番街の王立植物園でみられますよ。アルバーン師団長も材料はそこから調達しているんじゃないかな」
「王立植物園……そこならエクグラシアの植物が揃っているのかしら」
九番街にある王立植物園のことは王都見物のときにライアスに聞いたことがある。けれどライアスは、そこにいくにはそれなりの準備と装備がいるといっていた。
ララロア医師は立ちあがって素材を棚にしまうとこちらをふりかえる。
「それでネリス師団長がお知りになりたかったのは、魔力暴走の治療薬ですか?」
「あっ、いえ……それは話のついでというか、本題は薬を創りたいんです」
「薬……?」
「そうです、〝毒〟から薬がつくれないかと考えています。〝毒の魔女〟と呼ばれるヌーメリアのイメージを変えたくて」
「ほう……〝毒の魔女〟という異名は私にはロマンチックな響きに聞こえますが、彼女にとってはそうではないのかな」
そういってもういちど椅子にすわりなおしたララロア医師に、わたしは製剤見本をいくつか鞄からとりだしてみせる。
「あとはつくった薬は保管と管理が簡単な状態にして、収納鞄で全国各地どこにでもすぐに運べるようにするつもりです。こちらの薬棚に保管してある薬草だけでも、かなりの数と種類がありますよね。これらを持ち運びしやすい形にします」
「飴……とはちがうし丸薬のようなものですか?」
ララロア医師はわたしが持ってきた製剤見本を手にとり、しげしげと眺めると魔法陣を展開して調べはじめる。
「より純粋な薬の成分そのものを成型して固めたものです。かさばらないし日持ちします」
「ふむ……効果はちゃんとあるようです。ですが薬師のつくる薬とはだいぶちがいますね」
「魔力を使わない治療法を提供することで、医術師や薬師の手が届かない場所でも病気の治療ができないかと」
ドラゴンが空を飛び魔導列車が地を走り、魔術師が自在に転移するこの世界であっても、きちんとした医療体制がエクグラシア全域をカバーしているわけじゃない。
事故や災害の現場では人手も物資も足りない……ということがいくらでも起こる。使いかたさえわかればだれにでも使える薬だって……きっと必要だ。
「ですが、新しいやりかたがすんなり受けいれられるとは思えませんが」
「いままでのやりかたを否定するつもりはないです。最初はポーションと同じように軍の組織を利用させてもらい、まずは有効性や安全性を検証していきたいのです」
これは収納ポケットの開発をもちかけられたとき、ユーリが軍上層部に働きかけたことにヒントを得たものだ。
インターネットだって世界に普及する前は、もとは軍用に開発した技術だった……実際に運用して役に立つものであれば世に広めていけばいい。
効果の検証も軍の医療部門に協力してもらえれば、膨大なデータだって集めやすい。現場の医術師や薬師に使ってもらって役に立つことがわかれば、一気に普及するはずだ。
わたしの説明を聞いたララロア医師は、しげしげとわたしの仮面をみた。
「私はこう……ネリス師団長がなにかすごい万能薬でも創るつもりなのかと思っていました」
「わたしひとりではやりません。開発した薬を検証できるよう仕組みだけ作っておくんです」
「仕組みを……」
「そうです、だれが研究してもいい……やるのは魔力持ちでなくともいいと思います」
ララロア医師は眉をあげた。
「本気でそういってます?」
「だって魔力持ちだから賢いわけじゃないでしょう?魔術学園では魔力の制御を学びたくさんのことを勉強しますが、魔力を持たない子は家業を継いだり職業ギルドで訓練を受けますよね。けれどそこにだって人材が埋もれているかもしれません」
この発想はもともとわたしが〝魔力持ち〟ではなかったからかもしれない。
「一人一人ができることには限りがあっても、みんなの力を合わせれば大きな力になります。だって、自分の仕事がだれかの役に立ったり世の中を変えていくのって……とても楽しいでしょう?」
「とても楽しい……ふぅん、なるほど……あなたがいく場所には『風が吹く』というわけだ」
ララロア医師はミルクティ色の目を細めてくすりと笑った。
「風?」
「いえ……こんどの仕事はがぜん楽しそうですねぇ。ヌーメリア・リコリスに会えるのだけが楽しみだったが、こうして話してみるとネリス師団長もなかなか魅力的な女性なんですね」
「は?」
「ああ、だいじょうぶ。さすがに私もアルバーン師団長の業火に焼かれたくはありません。ネリス師団長とは会話を楽しむだけにします」
なぜララロア医師がレオポルドの炎に焼かれる心配をするのだろう。
「ええと……ララロア医師って独身なんですか?」
どうみてもさわやかなイケメンのララロア医師は眉をさげて微笑んだ。ミルクティ色の髪は後ろで束ねて顔立ちはすっきりしているし目元も優しそうで、王城内にも絶対ファンがいると思う。
「ええ、残念なことに縁がなくて」
ララロア医師は軽く肩をすくめた。
「王城内だと出会いは限られますしね。患者さんに手をだすのは問題だし、仕事はマジメにやってますから。そうだなぁ、ヌーメリア・リコリスにアプローチしようかな」
「えっ⁉」
「うぇっ⁉」
すぐそばで影のように存在感を消していたヴェリガンが叫び声をあげた。わたしもびっくりしているとララロア医師はニコニコとたたみかけてくる。
「ネリス師団長、いいでしょう?」
「協力はできませんよ、それはヌーメリアが決めることなんだから」
「ええ、わかってます。けれどせっかく接点ができるんだしそのぐらいは楽しみがないとね」
「楽しみって……」
椅子でゆったりとくつろぐララロア医師は、実際楽しそうないい笑顔をみせた。
「私は一生懸命に仕事をしている女性の横顔にひかれるんですよ。そういう女性って素敵だと思いませんか。ねぇ、ヴェリガンさん?」
「そっ……」
いきなり話をふられたヴェリガンは青い顔をしていてまともな返事もできない。彼の頭のなかは交通渋滞を起こしてクラッシュ寸前にちがいない。
ヴェリガンは思いがけず話題をふられると思考停止してしまうのだ。しゃっくりがでないだけましだろう。
「もちろん強引な手段はとりませんよ。彼女の身近にいて相談できる相手ってネリス師団長でしょう?彼女がもし悩んだら相談にのってあげてください」
うわ、なんなのこの余裕……。ララロア医師は青い顔をしているヴェリガンに、ふたたびにっこりと笑いかけた。
「それに私、自分でいうのもなんですが、かなりの優良物件だと思うんですよ……お買い得だと思いませんか?」
自分でいう⁉︎
ララロア医師、飛ばしてますね!
ララロア「だってちゃんとした出番ようやくですよ。キャラ作っといて放置とかひどくありません?ひどいですよね!ほんとこの小説イケメンの扱いがひどいですよ」












