218.魔力暴走の治療法を聞きました
よろしくお願いします!
ララロア医師はキョトンとした顔をした。一瞬の間をおいて首をかしげながらたずねてくる。
「ええと……仮面をなさってますけどあなたはネリス錬金術師団長……で間違いないですか?」
「はい、そうです」
なぜそんな念を押されるの?
「魔力暴走を起こされたことは?」
「なんどかあります」
「そうですよねぇ……魔力暴走はとりわけ魔力が強いものにあらわれる症状ですから」
わたしの返事にララロア医師は納得したようにうなずき、するどいツッコミをしてきた。
「それなのに治療法をご存知ない?」
「うっ……」
魔力持ちになってまだ三年なんです、魔力の使いかたもよくわかってなければなんで暴走するのかもわかりません。めちゃくちゃ苦しいのはわかってますけど……と、言えたらいいんだけど。
「ええっと……そう!専門家の意見をあらためて聞きたくてですね!効率のいい最新の治療法とかあれば……あっ、予防法なんかもありますか?」
「ああ、なるほど。予防は難しいですね。暴走のきっかけはまわりの環境や本人の精神状態だったりしますから。魔力が伸びはじめた成長期のころは起きやすいので、用心するぐらいですかね」
「そうなんですか……」
「それに一旦魔力暴走を起こしてしまうと、自分で対処することは難しいんですよ。意識が混濁したり前後不覚になってしまいますから。魔力暴走時は自分と世界の境界があいまいになる、それが危険なんです。なので治療は自分の体を魔力の〝器〟と認識させることになりますね」
「魔力の、器……?」
ララロア医師は机の上にあった水差しから、近くにあったコップに水をくむ。
「……このガラスのコップが肉体という〝器〟で水が〝魔素〟と考えてください」
「はい」
「器がしっかりしているときはいくら水をかき混ぜても、コップの外にはなんの影響もありません。けれど水がコップを〝器〟として認識できなければどうなるでしょう」
いうなりララロア医師はコップを消した。コップという〝器〟を失った水が机にひろがり、机の端から床にしたたり落ちる。
「これが魔力暴走です」
浄化の魔法をかけてこぼれた水をきれいにすると、ララロア医師は棚から薬草の入った瓶をいくつかとりだした。
「治療薬にはさまざまな種類の薬草を用いますが、鎮静効果のあるものが多いですね。逆に混濁した意識を覚醒させる作用のあるものを使う場合もあります。あくまで薬が飲める場合の対処法ですが」
「夏に魔力暴走をおこしかけたことがあって、アルバーン魔術師団長にもらった薬を飲んだらだいぶラクになりました。わたしも自分で薬を用意しておけたらって思ったんですけど」
「アルバーン魔術師団長が?」
ララロア医師は意外そうな顔をした。
「ええ。それがなにか?」
「いえ……ここにもたまに魔力暴走を起こした魔術師が運びこまれますが、師団長自身が薬を与えるのは珍しいですね。まぁ、それだけ三師団の結束がかたいということなのかな」
こんどはわたしが首をひねる番だった。
「珍しい……んですか?」
「魔力暴走の薬はただ飲ませるだけではなくて、薬がうまく働くか見守りながら調整する必要がありますからね。アルバーン師団長がずっとそばについていてくれたんでしょう?私は仕事だからやりますが、彼がそんなことまでするのはとても珍しいですよ」
え?
ずっとそばについていてくれた?
レオポルドが?
あのときわたしは倒れて視界が緑色に染まり、どうしようもなくなって……。
「いつもそうやってくださるなら私の仕事も減るのですがねぇ……まぁ難しいかな」
ララロア医師は宙をにらんでため息をつくと、わたしにノートを差しだしてきた。
「魔力の性質がひとりひとり違う以上、魔力暴走の薬も個人個人に合わせて作ります。アルバーン師団長だからこそできたのかもしれませんが、すぐに材料を揃えるのも難しいはずですよ。こちらのレシピと配合表をお持ちになりますか?ご自分の薬を用意する参考にしてください」
「あっ、ありがとうございます!こちらお借りしてもだいじょうぶですか?」
「新人につかう研修用の資料なのでかまいませんよ。ただし早めに返してくださいね」
「はい、それはもちろん!そうだ……あの、薬が飲めないときはどうするんですか?」
ふと思いついて聞いたわたしの問いかけに、ララロア医師はすぐに答えてくれた。
「薬がのめないときは……歌える者が限られますが〝精霊の子守歌〟を歌う場合もあります。強制的に眠りへいざなうのです」
「あ、それならわたしグレンに歌ってもらったことがあります……〝精霊の子守歌〟というんですね」
「ええ。〝言霊〟の力を用いるので状態異常による眠りとはちがうんですよ。眠っているあいだは精霊から強力な護りが与えられるので安全ですし」
「へええ……」
風が吹きすさぶデーダス荒野のあばら家で、魔力暴走に苦しんでいるといつもグレンが歌ってくれた。かすれた低い声で決して聞き惚れるような美声じゃなかったけれど、聞いているうちに不思議と気分が落ち着いて眠ってしまっていた。
〝命の水〟を汲んだ海の底でも、オドゥが歌っていた気がするけれど……彼に聞いたら教えてもらえるだろうか。わたしが〝精霊の子守歌〟について考えていると、ララロア医師はふと思いだしたようにつけくわえた。
「あとは器を〝器〟として認識させるよう物理的な働きかけをすることもあります」
「物理的な働きかけ?」
ララロア医師がにっこりわらって説明してくれる。
「体を抱きしめたりすると安心しますし、実体としての〝器〟を認識しやすくなります。親子や恋人みたいな身近な人間がやることですが」
はい?
そんな対処法、はじめて聞いたよ?
「ええと、グレンは背中をさすってくれたりしましたが」
「まぁ、触れているのならそれでもいいですよ。なんにせよ暴走している魔力を抑えこめるぐらいの魔力を持った人間がやればそれが一番てっとり早いですね」
わたしはいつも魔力暴走を起こすと……苦しくて苦しくてグレンにびぇびぇ泣きついていた気がする。
なんだか嫌な予感がするけれど、わたしはがんばってララロア医師に聞いてみた。
「……あの、もしかして魔力暴走って、看病してくれる人にかなり迷惑をかけるんじゃ……」
ララロア医師はわたしを安心させるように、ミルクティ色の目を細めてほほえんだ。
「ああ、心配することはないですよ。魔力暴走を起こしているときは前後不覚になっていますから、相手に何か迷惑をかけたとしてもお互いに触れないのが暗黙のルールです。アルバーン師団長がとくに何もいわないのであれば、何もなかったのと同じですよ」
そう、それなら何もなかったのと同じ……ではない気がする!
ありがとうございました!









