214.ガラス工房(ヌーメリア→ライアス視点)
よろしくお願いします!
「この際ロートやフラスコも注文しようかなぁ……あと遮光瓶もほしいよねぇ。ヌーメリア、どう思う?」
「そうですね……」
熱心にガラス器具にみいるネリアに返事をしながら、ヌーメリアは背後が気になってしかたがない。
彼女のうしろでは金髪に蒼玉の瞳を持った背が高くてりりしいライアス・ゴールディホーンが、所在なげに突っ立ってガラス工房をみまわしている。
ガラス工房を見学にいくという日の前の晩、ふと思いだしたようにネリアはいった。
「あしたライアスも一緒にくるって。ガラス細工に興味があるみたい!」
(ネリア……それ解釈が間違ってませんか⁉︎)
どうみても自分のおじゃま虫感がハンパない、彼はヌーメリアも一緒だとは知らなかったのではないだろうか。あわてて気をきかそうと、ヌーメリアはネリアに耳うちをした。
「ネリア……私は遠慮したほうが……」
「ううん、二人きりだと何話したらいいかわかんなくなっちゃうし……ヌーメリアがいてくれて助かったよ」
照れたように首をふってネリアは笑うが、そのはにかむような笑顔はライアス・ゴールディホーンにみせるべきだろう、私にではなく!
(恋愛音痴に関しては私も人のことはいえないけれど……)
一瞬、師団長室でネリアと二人でお茶を飲む老後を想像してしまった。しかもそれも楽しいかも……とちょっと思ってしまった。
いやいやいや……自分はともかくネリアにはまだチャンスがあるはずだ。
(どうか……私はこのまま背景の一部でいいから二人で話してほしい……)
ヌーメリアの願いもむなしく、ネリアはライアスのほうを振りかえることもなく「ちょっと打ち合わせしてくるね!」と元気よく工房の奥にいってしまった。
ヌーメリアの耳は、ぽつりとつぶやくライアスの言葉を拾ってしまう。
「ほんとうに彼女は一生懸命だな……」
エクグラシアを守る双璧のひとつ、竜騎士団を束ねる竜騎士団長に自分から話しかけるなんてありえない!ありえないがヌーメリアはネリアのために、なけなしの勇気をふりしぼった。
「あの……」
ここは年長者の自分がひと肌脱ぐべきだろう……自分のためなら殻にひきこもりっぱなしのヌーメリアでも、アレクやネリアのためなら少しはがんばれそうな気がした。
「ネ……ネリアの頭はいま仕事のことでいっぱいですけど……それにはわけがあって……」
「わけ?」
背の高いいかつい竜騎士団長に見おろされ、ヌーネリアの心臓は縮みあがったけれど必死に続けた。
「マウナカイアでメレッタ・カーター……カーター副団長の娘さんが『錬金術師になりたい』というのを、カーター夫人が大反対したのです」
「カーター夫人が?」
「はい……『家に錬金術師が二人もいるなんてゾッとする』と。それでネリアは『錬金術師をみんなの憧れの職業にする!』とはりきっているんです」
「憧れの職業に……」
ライアスの感覚だとムリがある。オドゥ・イグネルが錬金術師団に入団したときも「あいつならどんな道も選べるだろうに、なぜわざわざ?」と思ったものだ。
魔導列車や転移門をつくったグレンの業績はすばらしいが、錬金術師という職業自体にはうらぶれたイメージがある。
レオポルドに統率された魔術師団とちがい、あやしげな魔法薬で小銭を稼いだり開発した魔道具の権利を売ったりして自分の研究を金にかえ、またそれを使って研究にうちこんでいく。
グレンだけでなく研究棟全体が、王城のなかにあっても人を寄せつけない異質な空間とみなされていた。
「ひ……ひとびとの暮らしに役立つものをつくる魔道具師とちがって、錬金術師の仕事はわかりにくいから……」
ネリアは本格的に創薬部門に着手する……と明言した。魔道具に関してはユーリがやる気をみせているから、新たに入団する若い錬金術師たちといっしょに彼が開発を進めていけばいい。
「創薬部門はヌーメリアとヴェリガンが中心になってほしいんだ」
防虫剤の市販をきっかけに薬種商との関係を強化し、原料の調達や販売体制を作っていく。王城の医術師団とも協力し、薬の効果を検証する機関づくりをすることになっている。
「薬に効きめがあるのはあたりまえなの、効果がなかったら薬とはいわないわ。だいじなのは安全性の検証なの」
具体的にどんなものを薬として世にだすか、それは数年どころか十年単位で取りくむことになるのだという。だから実験に使うガラス器具も充実させたい。ちょうどオーランドから七番街のガラス工房について教えてもらったネリアが、「工房見学にいこう!」といいだしたのだ。
「実験に使うガラス器具ってもとはみんな手作りでしょ?大きな研究機関だとそれ専門のガラス職人もいるって聞いたわ。いい道具は必要だもの!」
そう聞いたときはヌーメリアもうなずいたのだが、まさかそれにライアス・ゴールディホーンがついてくるとは。しかもネリアがライアスそっちのけでガラス器具に夢中になるとは。
「ヌーメリア・リコリス、あなたがそこまで彼女に肩いれするとは……ネリアが師団長としてどれだけ慕われているかわかるな」
ヌーメリアが必死にする説明を黙って聞いていたライアスは、やがてふっと目元をやわらげた。
「ネリアの一生懸命なところが好ましい……と思うのは俺も同じだ。ありがとう、ヌーメリア・リコリス……これからも錬金術師団でネリアを支えてやってほしい……俺が頼むことではないかもしれないが」
「は、はい……」
いかつい竜騎士団長が笑うと目の奥がとても優しくなることを、ヌーメリアははじめて知った。もっとも今は緊張でそれどころではないが。
そんなヌーメリアのひそかな奮闘などまったく知らず、工房の奥から戻ってきたネリアはにこにこしている。
「お待たせ!こっちの話は終わったから、次はライアスにつき合うよ。ライアスはどんなガラス細工に興味があるの?」
「ええと……」
ライアスは困った顔をする。ヌーメリアが必死に話しかけてくるものだから、ついそっちを聞いてしまった。ネリアが工房の奥にいっているあいだに、もう少しガラス細工をみとくんだった!
ガラス細工はどれもキラキラしていて、ライアスにはどれも同じにみえる。赤とか青とか色の違いぐらいしかわからない。ネリアは濃い黄緑色の目をキラキラ輝かせて、ワクワクした感じで聞いてきた。
「あっ、もしかして体験に興味があるのかなぁ……オーランドさんもオススメしてたもんね。ライアスは風魔法が得意だしサンドブラストとかやってみる?」
「そっ、そうだな……俺にもできるだろうか?」
調子を合わせると工房主から「ではこちらへ」と工房の奥に案内され、あっというまにライアスの準備は万端になってしまった。
(何をすればいいんだ?)
「研磨用の金剛砂を吹きつけて、ガラスの表面を削っていくのです。色ガラスを上に重ねて二層になっているものをけずってもきれいですし、濃淡や奥行きをだすこともできますよ」
「ほほぅ……」
工房主の実演を見守ったあと、ライアスも作業用のドラフトに腕を突っこむ。工房主は風の魔石をつかっていたが、ライアスは自分の風魔法で金剛砂を操る。
いちばん最初に渡されたのはグラスだったが、勢いあまって表面をすべて真っ白に削ってしまった。
「……ライアス様にはもっと大きなものがいいかもしれません」
苦笑した工房主に大きめの花瓶を渡され、二度目のチャレンジだ。
(これは……風魔法の修行にもなるな……)
こんどは慎重に表面を削っていく。何を彫ろうか……と考えて、ライアスは自分がよく知っているものにした。やがて工房主がため息をもらす。
「……すばらしい。爛々たるまなざしに堂々たる体躯……まさしく竜王ですな!」
「すごいよライアス、本当に初めて⁉」
できあがったのは爛々たるまなざしをこちらに向け、鋭いかぎ爪をもち大きく翼をひろげる堂々とした竜王ミストレイだった。
「まぁ、こいつなら毎日のように見ているからな。花よりは彫りやすい」
今日は留守番させているから、こころなしか花瓶のミストレイもこちらをにらんでいるように見える。ちょっと持って帰る気にはなれなくてライアスはネリアに顔をむけた。
「ネリア……よかったらこの花瓶もらってくれるか?」
「わたしに?でもいいの……?」
「ああ、そのほうがミストレイも喜ぶ……」
そのとき工房の棚にきれいなペアグラスが並んでいるのをみつけた。女性に贈るならドラゴンがにらみつけるゴツい花瓶より、こういう手ごろで身近なもののほうが喜ばれたのではないか?
ライアスは焦ったが彼の手元には最初に手がけた真っ白な擦りガラスのグラスしかない。でもネリアはうれしそうに花瓶を鞄にしまったので、ライアスはホッとした。
ヌーメリア、がんばりました。









