213.仕事開始
レオポルドの話がでてきますが彼はでてきません。
ひととおり素材を運びこむと、わたしはライアスたちを見送りに研究棟前の広場にでた。
「ゴリガデルスやマウントダボスは武器の強化に使えるし、ガルバードは耐性をつけるのに役立つ。錬金術師団で自由に使ってくれ」
「わざわざこんなにいっぱい素材を届けてくれて、本当にありがとう!だいじに使わせてもらうね」
温度調節系の魔物から採れた素材がわさわさだ。素材の下処理は大変だけれど、使いやすい形に加工していくのも錬金術師のだいじな仕事だ。わたしがお礼をいうとライアスはさわやかに笑った。
「いや、ミストレイがネリアに会いたがって暴れだしそうだったからな。これでしばらくはおとなしいだろう」
「ほんとに?わたしもまたミストレイに会いにいくね!」
ミストレイに話しかけるとその金色の瞳が眇められ、甘えるように「キュルゥ……」という鳴く。
「それに俺もきみに会いたかった」
「え……」
ライアスがじっとわたしを見つめる。マウナカイアにはよくエンツをくれたライアスも、王都に帰ってからは忙しくなったのか、エンツをくれることはなくなった。わたしも……と軽くかえせばいいのに、きゅうに喉の奥がカラカラになる。
「えと……あ、そうだ!このあいだオーランドさんに手紙をもらって、シャングリラでオススメのパン屋さんのサンドイッチを教えてもらったの。それがとってもおいしくてね!」
話題を探してライアスのお兄さんの話をすると、ライアスもうなずく。
「ああ、兄さんから聞いた。七番街のガラス工房のこともネリアに教えたそうだな」
「うん、こんどのお休みにいってみるつもり!」
よかった、普通に話せる……そう思ったら「俺もいっしょにいってもいいか?」と、ライアスがたずねてきた。
「ガラス工房に?ライアスもガラス細工に興味が?」
そういうとライアスは困った顔をする。
「いや……俺は破壊するのは得意だが修復の魔法陣は得意ではないから……そんな壊れそうなものにはなるべく近寄らないように生きてきた」
「そうなの?」
「ええと、ネリアがいっしょなら興味をもてるかもしれない……」
なんだか歯切れの悪い返事にわたしは首をかしげた。どうしたんだろう……だれかへのプレゼントでも探しているんだろうか。そう思っているとライアスはハッとしたように首を振った。
「いや、ガラス細工に興味が大ありだ。ぜひともいっしょにいこう!」
「じゃあ、お休みの日にね!」
ライアスがミストレイにまたがり〝感覚共有〟を発動すると、ミストレイの不満たらたらの感情が流れこんでくる。
「我慢しろミストレイ……お前をガラス工房になど連れていけるわけがないだろう!」
「グオオオォゥ!」
ミストレイがひときわ高く鳴くと、それが出立の合図だったらしい。広場に風が巻き起こり風圧にあおられて思わず目をつぶる。わたしが目をあけたときにはもうドラゴンたちは大空高く舞いあがっていた。
「すごいなぁ……」
ドラゴンがあたりまえに空を飛んで、男の子たちが竜騎士に憧れる世界。けれど錬金術師の人気はそれほどでもない。おそらく街の魔道具師のほうがずっと人気は高いだろう。
(ま、錬金術師の地位向上はこれからのわたしの頑張りにかかっているよね。少しずつ種をまいて、みんなと一緒に育てていければいいな)
師団長室にもどると、魔術師団の『塔』からポーションの補充依頼が届いていた。わたしは遠征直後の師団長会議以来、レオポルドの姿を見ていない。彼はエクグラシアの全国各地を忙しく飛び回っていた。
竜王が守護するエクグラシアでは戦乱は起こらない。したがって魔術師団の主な仕事は戦うことではなく、エクグラシア国内で起こる災害への対処だとマリス女史に教えてもらった。つまり魔術師たちによる災害救助隊だ。
〝物質〟をあつかうのを得意とする錬金術師に対し、魔術師は〝事象〟をあつかうのを得意とする。吹き荒れる嵐をしずめ川の氾濫をおさえ、さまざまな災害にたちむかう。
それぞれのエリアを監視する魔術師たちのネットワークがあり、数人の魔術師で対処することも多いが、手に負えないときは知らせを受けたレオポルドがエクグラシア国内どこへでも転移する。
夏の終わりから秋にかけてエクグラシアは、上空を吹く強い偏西風とマウナカイア周辺で発生する熱帯低気圧の影響により嵐にみまわれる。収穫期をひかえたこの時期の嵐をどうやり過ごすかで、その年の収穫量が左右される。
魔術師たちは自然の強大なエネルギーをねじ曲げるのではなく、人の営みからそらして避難するための時間を稼いだりするらしいが、レオポルドは力技でねじ伏せることもあるらしい。
王都新聞には毎日のようにレオポルドの活躍が載る。レオポルドは嵐を切り裂き濁流を割ってひとびとが逃げる道を作り、決壊し集落をいまにも飲みこもうとしていた川の水を空に巻きあげて湖に誘導したり。
(あいつ……偉そうなだけじゃないんだな……)
強大な魔力をもつレオポルドは広域魔術の使用において、彼の右にでるものはいないそうだ。
『お前の魔術は魔力の使いかたが力任せで、わかってない』
使いかたがちゃんとわかっていれば、どれだけのことができるんだろう……。グレンがわたしに教えてくれたのは錬金術だ。ほかに浄化の魔法とか空間魔法とか……生活に必要な魔法は教えてもらったけれど。
わたしの魔術のレベルは、入学前のアレクと同程度かそれよりひどいかもしれない。指先に炎をともしたり氷を作ることもできない。どのくらい努力したら彼みたいに自在に魔術をつかいこなせるんだろうか……。
「まぁ、できることをやっていくしかないよね」
そうつぶやいて、わたしは魔術師団で団長補佐をしているマリス女史にエンツを送った。
「マリス女史お疲れ様です、必要になりそうな魔力回復のポーションの種類や量を教えてくれますか?」
「助かります!そういえばアルバーン師団長も〝ペラペラキャンディ〟を召しあがったそうですよ」
「えっ、ほんと?」
ちょっとしたダジャレのつもりで作った〝ペラペラキャンディ〟は、なぜか糧食の定番にくわわっている。休憩時間とか合間にオヤツがわりとして舐められているらしい。
「あのかた、詠唱は一瞬でおわることが多いので食事がわりだったのかもしれません。ガリガリかみ砕いていたそうです」
そういう使いかたをするんじゃなーい!かみ砕くってなんなのよ、もっと大事に舐めなさいよ!
「……たぶん、あれだ……ブドウ糖が足りないんだ」
「ぶどう……?」
「何でもないです、それでレオポルドは?」
「本日はタクラ沖海上に発生した暴風雨に対処するため、すでに現場に向かわれました」
「え……また?レオポルドもがんばってるなぁ……」
魔力持ちの体はじょうぶで疲れ知らず、たいていのキズは自分で治せるし数日飲まず食わずですごせる。けれどそれって魔力が強ければ強いほど体を酷使してしまうのでは。
アスリートだって必要な栄養を補うんだもの……とはいえ魔力持ちの体に必要な栄養って何だろう。
マリス女史とのエンツを終えて、わたしは自分の体をめぐる魔素を意識した。
『この世界に定着できるようにお前と〝星の魔力〟をつなげた』
わたしの魔力は多いんじゃない……ほぼ無尽蔵だ。それは使うためにあるのではなく、わたしをこの世界に定着させるために使われている。
「魔術は〝願い〟を具現化するもの……わたしが願い続ければ、わたしはこの世界で生きていられる」
レオポルドとわたしとでは魔力の使いかたがちがう……けれど強大な魔力を巧みにあやつる彼だって人間だ。
魔術師団の『塔』の師団長室に常備してある魔力暴走の薬……わたしは成人して魔力も安定したはずのレオポルドの部屋に、なぜそれが用意してあったのかが気になった。
魔術師たちがエクグラシアでの『災害救助隊』というのは、元々の設定にあったのですが、ネリアまわりも忙しかったので、書類仕事ばかりさせてて書いてませんでした。
レオポルドひとりいれば、山火事とかもすぐに鎮火しそう。









