210.ドレスの相談をそれぞれが
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目の前でミーナにドレスのデザイン帳をとりあげられたニーナは、キッと殺気ばしった視線をこちらに向けてきた。
「そうよ仕事……夜会のドレス、当然ネリィも作るわよね。色はどうするの?」
「えと、まだ考えてなくて……でもデザインは自分で決めます!」
ミーナがにっこりとうなずく。
「もちろんネリィの注文通りに作るわ、私たちプロだもの。それで?」
「あ、デザインをどうするとかはまだ……」
イライラしたようすのニーナがわたしをさえぎり、低い声をだした。
「……色は?」
「はい?」
「いまでは入手困難な『赤』だって、ネリィのためならそろえるわ。色はどうするの?」
メロディだけじゃなくニーナまで、夜会となると目の色がかわるんだけど!
「どうするっていわれても……あっ、布地!布地をみて決めたいとおもいます!」
そう、わたしだって真剣に考えている。ニーナがつくってくれた『羽をもがれし妖精の受難』は素敵なドレスだったけれど、こんどは布地選びから自分でやりたい。
それにわたしにもこだわりたいポイントがあるのだ。
ミーナがほほに手をあてて首をかしげた。
「まずは布地選びからね……だったら五番街の店にきてもらおうかしら。工房にあるのは収納鞄の生地や製作中のドレスだし」
「はい、じゃあうかがいますね」
よし、これで解決!
「しょうがないわね……じゃあドレスのデザイン帳をわたしておくわ!参考にしてちょうだい!」
「いっ⁉」
お土産を配りおえれば荷物は減るかとおもったのに、ニーナからドサドサと何冊ものデザイン帳をわたされ、かえって増えてしまった。持ってきたのが収納鞄でよかったよ……。
ニーナから預かったデザイン帳をパラパラとめくる。この中からひとつに絞るのも大変そうだ……まぁ、直感で選べばいいか。
「夜会……ってどんな感じなんですか?こんなにドレスのウェストをぎゅうぎゅう絞めて、ご飯なんて食べれるのかなぁ」
「ごはん?」
ニーナが変な顔をした。ミーナが教えてくれる。
「えと、そうね……お祝いの会でもあるし、食事もだされるけれど、令嬢たちのめあては大広間での舞踏会じゃないかしら。だからふわりとひるがえるように裾がひろがったデザインが多いでしょ?」
「舞踏会⁉……わたし踊れませんよ⁉」
わたしがぎょっとして青ざめると、ミーナが得意そうな顔をした。
「ふふふ……そういうダンスが苦手な令嬢むけに、『はくだけで華麗にステップが踏めるヒール』を作ってあるのよ。ちょっとお高めだけど」
「わぁお!ミーナさん、ナイスです!」
「そのかわり翌日は筋肉痛まちがいなしだからね?体力づくりはしておきなさいよ」
「う……がんばります」
マウナカイアで調子にのって人魚のドレスで泳いだら、翌朝筋肉痛でベッドから起き上がれなくなったことを思いだして、わたしは身震いした。
ニーナはアイリの淹れたお茶をぐいっと飲みほして大きくのびをした。
「あ~『立太子の儀』なんてほうっておいて、思うぞんぶん秋祭りを楽しみたいわ!」
「そうねぇ、秋祭りも楽しみよね!」
わたしは二人にたずねた。
「秋祭り?秋にお祭りがあるんですか?」
「あれ?そういえばネリィは知らなかったかしら」
アイリもお茶を飲みながら、こてりと首をかしげる。
「私も……秋祭りには参加したことがなくて、よく知りません」
「もともとは収穫を祝う庶民の祭だし、貴族にはあまり関係ないものね。でも対抗戦は知ってるでしょ?」
「ええ」
アイリがうなずくと、ミーナがにこにこしながら教えてくれた。
「王都で秋祭りがはじまって最終日を迎えるころ、魔術師団と竜騎士団の対抗戦があるの。王都全体がものすごい盛りあがるわよ!」
「あ、対抗戦!アーネスト陛下から聞いたことがあります。へええ、それも楽しみですね!」
「私はまだ学生でしたし……対抗戦の時期は騒がしいので、街にでたことはありませんでした」
ついこの間まで魔術学園の学生だったアイリには、街のにぎわう様子についてもまだピンとこないようだ。
「そうなの?もったいない!たしかに飲んで暴れるヤツもたまにいるけれど、街角で人形劇をやったり屋台もたくさんでて楽しいわよ!」
「そうね……竜騎士団も警護につくし、表通りなら女の子たちだけでもだいじょうぶよ。今年はアイリもいっしょに楽しみましょうね!」
「はい!」
アイリが花がほころぶように笑った。
お土産をくばりおえたわたしが研究棟に戻ると、オドゥとユーリが連れだって歩いている。マウナカイアから戻っていらい、この二人はなぜかいっしょにいることが多い。わたしを見つけたオドゥが情けない声をだした。
「あっ、ネリア!助けてくれよぉ」
「どうしたの?」
「どうもこうも……朝からずっとユーリの魔道具づくりにつき合わされてるんだよ」
「魔道具づくりに?ライガか何か?」
ライガの研究にオドゥは関わってなかったよね……と思い、首をかしげてたずねると、ユーリはにっこりと優し気な笑みをうかべた。
「ライガの開発は小休止して、母上のために魔力制御の魔道具を作っています。オドゥは土属性を持ってますから、協力してもらっているんです」
「リメラ王妃のため……カップが割れることが減るといいね!」
魔力を制御するための魔導回路かぁ……ちょっと興味あるかも……。
「ねぇ、それわたしも見てもいい?」
「いいですよ」
「ありがとう!鞄を置いてから、ユーリの研究室にいくね!」
わたしがお礼をいうと、ユーリはちょっと苦笑した。
「ネリアは師団長なんだから、錬金術師団においては絶対権力者なんですよ?いちいち僕らにお願いしたり礼をいう必要はありませんよ」
「うーん……わたし、そういうのにはなりたくないんだよね。師団長室もただ預かっているだけだと思っているし」
「預かっている?」
「そう。『師団長』の地位も、与えられた『師団長室』も、ただ預かっているだけ。わたしの持ちものは自分の体……これひとつだけだよ」
そういうと、二人はなんだか変な顔をした。
「でも意外だったな……ネリアが、師団長の地位をあんなふうに考えていたなんて」
自分の研究室に戻って、ユーリはネリアもいれて三人分のお茶の用意をしはじめた。オドゥは休憩したがっていたし、ネリアがやってきたらまずお茶にしようと思ったのだ。
「ああ、『預かりもの』って?まぁ、全部グレンのものだったから、ネリアがそう思うのもむりないけどねぇ。持ちものは自分の体だけ、か……。そうだ、ユーリが夜会のドレスでも贈ってあげたら?」
オドゥが自分の眼鏡に指をかけると、人のよさそうな笑みをうかべた。
「えっ?でも僕……ドレスを贈っても、ネリアのエスコートはできないと思います」
「そんな堅苦しく考えなくてもいいじゃん。ネリアが着てくれるかは別として、ユーリがネリアに似合うと思うものを、贈ってあげればいいんだよ」
「それは……」
ユーリのためらいを見透かすかのように、オドゥは続ける。
「ネリアを『夜会』に引っぱりだすんだろ?王城の服飾部門なら、 ネリアのローブを作ったとき、採寸だってすませているはずだ」
そうだ、こっそり作って贈って驚かせたらネリアはどんな顔をするだろう……一瞬考えかけてわれに返ったユーリは、ジト目でオドゥをにらみつけた。
「……オドゥが親身にアドバイスするなんて、何か裏があるんじゃないですか?」
「ええ?信用ないなぁ……ま、男がドレスを贈る時は、脱がすことしか考えないからね。ユーリがためらっちゃうのも仕方ないけどぉ?」
「なっ!へんなこと言わないでくださいっ!」
ちょうどそのとき研究室のドアに軽いノックの音がひびき、ふわふわした赤茶の髪の小柄な娘が元気よく顔をのぞかせた。
「お待たせ!あれ、ユーリ……顔あかくない?」
「……なんでもないです」
研究室には顔を赤くしたユーリと、眼鏡のブリッジを指で押さえたまま、なんだかやたら楽しそうなオドゥがいた。
以前、こんな会話をしたことがあります。
粉雪「ドレスは着るものですよね?」
男性「いえ、脱がせるものです」(キッパリと)
粉雪「……ブラはつけるものですよね?」
男性「いえ、はずすものです」(キッパリと)
粉雪「……」
身近なものでも男女で認識がちがうんだなぁ……と、目からウロコでした。













