21.王都シャングリラ
錬金術師ウブルグ・ラビルのヘリックスを使った襲撃の後始末を終え、ようやくわたしたちが王都シャングリラに着くと、もう日は傾きかけていた。悠々と城壁を越えるドラゴンたちを、警備兵が敬礼で出迎える。
「うわぁ……大きい……」
王都シャングリラは、圧巻のひと言に尽きた。わたしはミストレイの背中から、ため息をもらす。
近くで見ればその広大さに圧倒される。見渡すかぎり地平を埋め尽くす建物が整然と並んでいるのに、無機的な冷たさを感じない。
街を大きな城門がある高い城壁がぐるりと取り囲み、魔導列車の線路が放射状に延びている。
竜騎士団のドラゴンたちは、国に飼われているのとは違い、エクグラシアと契約しているようなものだと、ライアスが説明してくれる。
もともとドラゴンが守護していた土地に、人々が住み着き発展したのが、エクグラシアの始まりだという。
「王城はミストレイの住まいでもある。このシャングリラは竜王の縄張りであり、守護する土地なのだ」
竜騎士団のドラゴンたちは、国に飼われているのとはちょっと違い、エクグラシアと契約しているようなものらしい。
「魔力を大事にし、人とドラゴンが共存共栄したことでこの国は栄え、大陸でも屈指の魔導大国となった」
「すごいね……」
「もう少し日が高ければ、街並みがハッキリと見渡せたのだが」
黄昏色の空から見下ろすシャングリラは、暗闇に沈む一歩手前で、灯された明かりが建物を彩り始めたところだ。薄暮の中染まる街並みが、幻想的な風情を見せている。
街並みの美しさに見とれると同時に、その明かりひとつひとつに人々の営みがあるのだと思うと、突然息苦しさを覚えて怖くなる。
「……」
心臓がドクンドクンと嫌な音を立てはじめる。
わたし。
こんなに人が大勢いるところで、やっていけるんだろうか。
ずっとデーダス荒野の一軒家で、引きこもるように暮らしてきた。家のまわりは、見渡す限り無人の荒野で。ときどき黒いカラスが遊びにやってくるぐらいで、グレン爺を訪ねる者もなく。
考えてみればこっちの世界に来てから三年、接したのはグレン・ディアレスひとりきりだ。
それなのに昨日からメロディ・オブライエンやオドゥ・イグネル、ライアス・ゴールディホーンと立て続けに出会って。竜騎士団のみんなやウブルグ・ラビルとも会話して。正直いっぱいいっぱいだ。
こんなに人が大勢いるところで、わたしは飲みこまれずに、やっていけるんだろうか。濁流に巻きこまれる木の葉みたいに、大勢の中で流されて、息も吸えずに溺れてしまわないだろうか。
わたしはギュッと唇を噛む。こちらに来てからの生活を支えてくれていた、グレン爺はもういない。
錬金術師として仕事して生活して、生きていけるんだろうか。
わたしを狙ってきた錬金術師団のことも気になる。グレンの遺産ぐらいで命を狙われたくないもの。
わたしは。
これから……どうすればいいんだろう。
「ネリア?」
考えに沈んでいたわたしは、ライアスに話しかけられて現実に引き戻された。
「えっ?ああ、ごめんライアス。ぼーっとしてた」
あわててライアスを見上げると、彼はわたしに向かって照れ臭そうに提案してきた。
「もし……よければだが、ネリアは王都にきたのは初めてなのだろう?今度、俺に案内させてくれないか?」
「えっ?」
「その、もちろん、落ち着いてからでいいのだが」
「わ、うれしい!ありがとう!お願いするね!」
ライアス、ほんといい人だ。わたしが喜んで返事をすると、ほっとしたように目尻を下げて優しく微笑んでくれた。
黄昏色の空で柔らかに輝く、彼の金髪は光の糸みたい。蒼い瞳も深みを増してゆらめいている。いや、もう、激烈に格好いいです。さっき黒蜂を相手に戦っていたときの勇ましさと、今の優しい笑顔とのギャップにクラッとする。
「うん、楽しみなことができた!わたしがんばる」
そうだね、ライアスにシャングリラの街を案内してもらおう。魔導列車で出会ったメロディのお店にも遊びに行きたい。怖がってばかりじゃダメだ。
「ライアス、わたしね……錬金術師団長を引き受けようと思う」
「そうか」
「あんなやつら、野放しにしておけないでしょ?」
明るく言うと、ライアスも屈託なく笑った。そう、逃げだすのはいつでもできる。
「確かにな、大変だと思うが、何かあれば遠慮なく俺のことも頼ってくれ」
「うん、お願いします」
前を見つめるとシャングリラの中心に、マール川の支流を引きこんでつくられた堀と大きな森に囲まれた、広大な敷地にそびえる王城が見えてきた。
王城前には大きな時計塔がある広場があり、その奥に建つ王城はそれ自体が、ひとつの街と言えるぐらい大きい。
「あれが王城だ。本城を挟むように魔術師団の本拠地の『塔』と、竜騎士団の本拠地の『竜舎』が建てられている。向かって右手に建つ尖塔が『塔』、左手にある『竜舎』は、竜の寝床と騎士団の訓練所で成り立っている」
「錬金術師団は?」
わたしが尋ねると、ライアスは王城を真っすぐに指差した。
「こちらからは見えない……本城の裏手の三階建ての建物、それが錬金術師団の本拠地、『研究棟』だ」
「三階建ての建物……」
錬金術師達の集まる本拠地、王城の『研究棟』……広い王都の中心にありながら、どこか異質で浮いた場所。わたしはそこに向かうのだ。
他のドラゴンたちと別れ、ミストレイだけが王城の中でひときわ高い建物の、ドラゴンが降りられるように作られているのだろう、広々としたバルコニーに降り立つ。
ミストレイは王城全体に響くような一際高い鳴き声をあげ、竜王の帰還を知らせた。
実はヘリックスを倒した直後、マール川河畔にて遮音障壁を展開した竜騎士たちのあいだでは、こんな会話が交わされていた。
「団長!王都に着くまでに絶っ対ネリア嬢にシャングリラを案内する約束!取り付けてくださいねっ!」
「!……今は職務中だぞ!」
「何言ってんです!王都着いたらふたりきりになれるチャンスなんてないっすよ!」
「そうそう、可愛い子ほど売れるのが早いの、団長知らないでしょ!次に会うまでに他の男とデートの約束してたらどうすんです?」
「!」
「生真面目なのもいいけど、こういう時はぽぽーん!とね!」
「ぽぽーん……」
「そう、ぽぽーん!」












