209.お土産を渡しているだけなんです
第七章『王都の秋と錬金術師』始まります!
わたしはメロディにマウナカイアのお土産を渡すために、三番街にあるお店にやってきていた。魔道具師である彼女へのお土産は、人魚たちが使う魔道具だ。
「これは『ミシュパ』といって、海水につけると魚そっくりに泳ぎ回るんです。ナワバリ意識の高い魚がこれに体当たりをしてくるのを、人魚たちが捕まえるんですって」
「へぇ〜ふつうに銛とかで漁をするのかと思ったら人魚も魔道具をつかうのね!」
「人魚たち独自の魔法陣もたくさんあるんですよ!」
マウナカイアで人魚たちとの交流が復活した話が伝わり、いま王都ではちょっとした人魚ブームが起きている。
ユーリが裏でガンガン稼いでいそうな気がする!
お店もひと息つける時間だったので、メロディは店の奥にある工房に備えつけの棚から、マグをふたつ取りだした。
メロディがマグのふちを指ではじくと、からのマグにはいい香りともに湯気のたつコーヒーが湧きあがった。
「どうぞ。珍しいマグが手にはいったの」
「これ、どうなってるんです?」
わたしは受けとったマグをしげしげと眺めた。マグに模様のように焼きつけた魔法陣に、魔素を流すとコーヒーが湧く仕組みらしい。
「マグのふちにあしらった魔法陣に、コーヒーの妖精が住んでいるの。ただしミルクはいいけれどマグにお砂糖をいれちゃダメよ。お菓子の妖精と仲が悪いから機嫌が悪くなるわ」
「へえぇ、砂糖がいれられなくても、いつでもコーヒーが飲めるなんて便利ですねぇ」
「まぁね。けれどコーヒーの妖精に住んでもらうのがなかなか大変なの」
わたしは魔法陣にちょっとだけ魔素を流し妖精に感謝して、マグからコーヒーを飲んだ。
メロディにマウナカイアの話をすると彼女は目を丸くする。
「うそ!うちの『眠らせ時計』、そんなことに使われてたの?」
「テルジオが嘆いてました。結局『立太子の儀』の衣装は、カディアンとカーター副団長夫人がほとんどを決めたんです」
「へぇ……殿下もなかなかやんちゃなのねぇ」
ユーリがオドゥといっしょに別荘を抜けだしたのは、オーランドが到着する前だ。
テルジオがユーリの部屋へいくと、彼のベッドには弟のカディアンがぐっすりと眠っていて、そばには『眠らせ時計』が置いてあった。
しかたなくテルジオは背格好がユーリとほぼ同じカディアンに協力してもらい、途中からアナもそれにくわわって、なんとか衣装ぎめを終えたらしい。
なにしろ衣装は一着だけじゃない。
大聖堂で行われる『立太子の儀』と王城へのパレードでは、服飾部門長渾身の力作である蒼竜の刺繍とともに、赤いマントがひるがえる。
そのまま王城では昼に諸国の大使と『謁見の儀』、臣下との『拝謁の儀』がそれぞれあり、金糸で刺繍された真っ白な軍服に赤いサッシュをかけるのだという。
そして一番きらびやかで豪華なのが夜に王城で開かれる『夜会』のためのもの……それぞれがエクグラシアという国の王太子にふさわしい衣装なのだ。
いまごろ王城の服飾部門は大忙しだろうし、さっさとデザインを決めたかったテルジオの気持ちもわかる。
「だからネリアさんからも殿下に、できあがった衣装は文句いわず着るように言ってくださいね!『わぁ、すてき!それを着たユーリ、見てみたいな』とかなんとかいえば、じゅうぶんですから!」
すごい勢いでせまってきたテルジオに、わたしもうなずくしかなかった。
「う、うん……」
「お願いしますっ!」
あとからアナにみせてもらったデザイン画は、それはもうキラッキラに華やかでゴージャスな王子様衣装だった。それをみたユーリは、なぜかあんまりうれしくなさそうだったけれど。
メロディの緑の瞳がキラリと輝く。
「国中から貴族の令嬢がたが集まる華やかな夜会になるでしょうねぇ……ネリィもその夜会にでるんでしょう?」
「はい、ユーリが『師団長として参加しなくていい』といってくれたので、わたしは自分の野望を果たすつもりです!」
「野望?」
「ええ、そうです!今度こそドレスのデザインは自分で決めますからね!この間みたいな恥ずかしい思いはごめんです」
「ええ?すっごく似合ってたって聞いたわよ?それにライアス・ゴールディホーンもメロメロだったって」
「メロメ……」
あのときのライアスはどうかしていたとしか思えない。思いだして赤くなったわたしの顔をみて、メロディが小悪魔っぽい笑みをうかべた。
「ふーん、ちょっとは意識してるわけね?」
「あわわ……いや、そうじゃなくて……」
うろたえるわたしに、メロディは軽くため息をついて唇をとがらせる。
「私、そろそろネリィからライアスをどうやって落とそうか……って、相談を受けるかと思ってたのにぃ」
「お、落とす……?ラ、ライアスを……⁉︎えっ?」
いきなり心臓がとまりそうなことをいわれ、手に持っていたお土産を落としそうになったわたしに、メロディがさらにせまってくる。
「それともネリアの『本命』は……赤い髪の、ぐっと大人っぽくなった王子様かしら?」
ひっ、そ、それって……。
「えっ……いや、ちょっと待ってください!ライアスもユーリも、わたしにとっては大切な同僚なんです!そりゃ二人ともかっこいいけど……意識してたら仕事になんないですよ!」
わたしがあわてて両手をふると、メロディはすこぶる残念な子をみるような目つきであきれた声をだす。
「つまり意識しないように努力してるってわけね……」
「あ、いや……そうだ、わたしニーナさんたちにもお土産わたさないと。あとこれも、ヌーメリアがマウナカイアで作った化粧水です、使ってみてください。それじゃ!」
「え?あっ、ちょっと……ネリィ!」
娘が立ちあがると同時に魔法陣がまばゆくかがやき、一瞬でその姿が消える。残されたからのマグにむかい、メロディはため息をついた。
「ネリィったら……いつまでも逃げきれないと思うけど。私はともかくあの二人の男性から、どうやって逃げるっていうのかしら」
七番街の『収納鞄』の工房では、ニーナとミーナの二人がとても忙しく働いていた。さっさとお土産を渡して帰ろうとすると、引きとめられる。
「でも忙しいんじゃ……」
「いいからいいから、ちょうど休憩したかったのよ」
ミーナがてきぱきと二階の食堂のテーブルをかたづけ、アイリがにこにこしながら心得たように、すぐにお茶の用意をはじめる。
ニーナはいつものオシャレなイメージはかなぐり捨てて、ふり乱した黄緑色の髪をグシャグシャにしながら工房から上がってきた。
「ホントもぅ、大忙しよ!まだ『立太子の儀』の告知前だっていうのに、もうすでに素材や布地の争奪戦がはじまってるの!いまは赤い生地の入手が難しくって、それならせめて……って差し色として赤いリボンや糸を使うデザインも提案しているのよ」
「たいへんなんですねぇ……そんな大騒ぎになるんだ。あっ、これアイリへのお土産ね、きれいなシーグラスを集めた瓶づめ」
収納鞄から取りだした瓶を受けとると、アイリはそれを日にかざしてにっこりした。
「わぁ、素敵!やさしい色ですね……ありがとうございます!」
「錬金釜は使えている?」
「はい、まだロビンス先生からいただいた本のほんの一部ですけど、作れる色も増えてきました」
アイリも本の知識をはやく自分のものにしようと、がんばっているみたいだ。
「あとこれはニーナとミーナへのお土産です、『人魚のドレス』のデザイン帳を海王妃に譲ってもらいました!」
「「海王妃⁉」」
ニーナとミーナが同時にさけんだ。
「うん、彼女はマウナカイアで一番長く人魚のドレスを作ってきたし、お仕事の参考になるかなって」
「参考になるなんてもんじゃないわ、いま王都ではちょっとした人魚ブームなの。ぜったい来季のトレンドになるわ。あぁもう、こんな忙しいときにこんな魅力的なものが手にはいるなんて!」
身もだえしながらデザイン帳に手をのばしたニーナの前から、ミーナがさっとそれを取りあげる。
「これを見るのは、いまやっている仕事を片づけてからね?」
「……ミーナぁ……」
「ダ・メ・よ」
ニーナが泣きそうな顔をしても、ミーナはとり合わずさっさとデザイン帳をしまってしまった。
「あとこれ、お土産というか……ヌーメリアが休暇の間にマウナカイアで作った化粧水なんだけど、よく効くからみんなにも……と思って持ってきたの!」
これにはみんなが目を丸くした。
「……魔女ヌーメリアお手製の化粧品?……ヤバいぐらい効きそうなイメージね」
「べつにヤバくはないけど、効き目はありますよ。『緑の魔女』のレシピだと聞きました」
「「緑の魔女のレシピ⁉」」
ニーナとミーナがまたも同時に叫んだ。
「ヴェリガンのおばあさんが『緑の魔女』で、直伝のレシピなんですって」
「ネリィのお土産って……とてつもないものばっかりだわね……どうやったら、そんなもの手にはいるのよ……」
ミーナがため息をつくと、ニーナがささやくようにいい返した。
「忘れちゃダメよ。ふつうの女の子みたいな顔して錬金術師団長なんだから……」
「そうだったわね……」
でだしは「王都の女の子たちへのお土産はなにがいいかな?」と考えるところから始まりました。
『きれいな貝殻』や『タコせんべい』、『海草ゼリー』なんかも考えましたよ。









