王都暮らしをはじめます
番外編、もうひとつ追加します。
時系列でいうと、第一章と第二章の間と、第二章「32.非常識な訪問」と「33.防虫剤を作りました」の間の話になります。
書籍版のSSとは別に「小説の雰囲気が伝わるSS」ということで書きましたが、使う予定がなくなったので、こちらに載せときます。
わたしは師団長室の居住区をあちこち探検してみた。
わたしが寝かされた主寝室には、リビングに続くものとはべつにもう一つドアがあり、そちらを開けてみるとまた小部屋があった。箱が雑然と積み重なり物置として使われているようだ。
リビングの奥には使いやすそうなキッチンがあり、わたしは歓声をあげた。デーダス荒野の家とちがって、あれこれと料理の幅がひろがりそうだ。
けれどワクワクしかけた気分は、食べさせるグレンがもういないことに気づいてすぐに半減した。
キッチンの調理台のところに踏み台が置いてあり、こどもぐらいの背丈しかないソラはそれに乗って作業をしているらしい。
「けさの朝食はソラが準備してくれたの?」
「はい」
グレンが料理をすることはなかったし、空色の瞳をしたソラとあとでいっしょに料理をしてみよう。ソラは無表情だけれどちゃんと会話はできるから、いっしょにご飯をつくるのは楽しいだろう。
気をとりなおしてリビングをはさんで主寝室とは反対側のドアをあけると、客間になっていてベッドが置いてあった。
その部屋の壁にもドアがあり、主寝室と同じようにクローゼットとしても使えそうな小部屋がつながっている。いつのまにかそばにいたソラが教えてくれる。
「グレン様はこちらの部屋をネリア様にご用意しておられました」
「ああそうなんだ……どうりで」
師団長の住まいとはいえ、わたしひとりだと広すぎるかもしれない。王都の街中でひとり暮らしとかも憧れてたんだけどな……。
リビングにもどりソラが淹れてくれるお茶を待ちながら、これからのことを考える。リビングから見える窓の外にある中庭には大きな木が生えていて、その下に古いベンチが置いてあった。
居住区はわたしの感覚からすると、とてもぜいたくなつくりだ。ここで暮らして働く……わたしが師団長として、グレンのかわりに錬金術師団をひきいていく。ほんとうにそんなことができるんだろうか。
わたしがリビングの窓からぼんやりと中庭をながめていると、お茶をさしだしながらソラがたずねてきた。
「あとで師団長室のほうもごらんになりますか?」
「うん、そうだね……」
ソラの淹れたお茶をなにげなく口にふくんで、その香りや味わいにおどろいた。
朝食のときもホッとする味だ……と思って飲んだけれど、渋みやえぐみもなくすっきりした味わいで、鼻にぬける香りは豊かでふわりとやわらかい。
「あのねソラ、ソラの淹れるお茶はおいしいね」
「はい」
「……このお茶を飲むためなら、がんばろうかなって思えるよ」
「そうですか」
お茶うけは何がいいだろう。ソラは料理はできるようだけれど、お菓子をつくったことはあるのかな?
砂糖とバターがあれば、クッキーぐらいはすぐにできる。茶葉を細かくして練りこんで、紅茶クッキーを作ってもいいかも。ちょっと後でレシピを考えてみよう。
……や、これはいろいろと王都暮らしの楽しみができた!
わたしはニマニマしつつお茶を飲んだ。
「時間をきめて仕事中にもお茶を淹れてくれたらうれしいな」
「かしこまりました」
わたしが笑みをみせてもソラは淡々と無表情だった。
居住区と中庭をはさんで反対側に、三階建ての研究棟が建っている。師団長室はその一階部分で、中庭に面した窓があるのも居住区のほかは師団長室だけだ。
錬金術師たちを集めて師団長室と資料庫を解放した翌日から、さっそくわたしは仕事にとりかかることにした。
その休憩時間、新しく仕事仲間になったばかりの錬金術師、ユーリとヌーメリアの二人といっしょにお茶を飲みながら彼らに相談する。
「中庭がうっそうとしているんだよね……もうすこし手をいれて、スッキリさせたいな」
「そうですね、師団長室からはそうでもないですが、ここまで緑がしげると居住区のほうは暗くなってしまいますよね」
ユーリ・ドラビスは魔道具の話をするときは目がキラキラしていて、やんちゃな男の子そのものだったけれど、静かにうなずきながら茶を飲む様子は背筋ものびてとても上品だ。もしかして、いいところのお坊ちゃんなのかな。
「中庭にあんな大きな木が生えてるなんてね……」
「コランテトラの木は樹齢五百年ですからね、エクグラシアの建国当時に初代国王のバルザム・エクグラシアが植えたといわれています」
「そんな歴史があるの⁉」
おどろくわたしに年のわりに情報通のユーリはにっこりと笑って教えてくれた。
「バルザムはコランテトラの赤い実が大好物で、この木を大事にしていたそうです。いまの居住区のあたりに別邸を建てて、ときどき木を眺めていたそうですよ」
「へえええ」
王城の裏手にポツンと建つ研究棟や中庭のコランテトラの木にも、そんな歴史があったんだ。わたしが感心していると、ヌーメリアが小さな声で教えてくれた。
「でもシャングリラの地には、もともとコランテトラは生えていなくて……サルジア原産とされています。だからバルザム自身は、隣国サルジアの出身ではないかともいわれています」
「そっか、バルザムは故郷を思いだすために木を植えたのかもね。うまく根づいてよかったね」
エクグラシアという国をつくったという、バルザム・エクグラシア……その人物が憩いの場としていた木のそばに、わたしも住むことになるなんて不思議な気がした。
ユーリ・ドラビスが一旦師団長室をでて、三階にある自分の研究室にもどろうと廊下を歩いていると、廊下のむこうからぐっと口元をひき結んだ中年の男がやってきた。
彼はユーリにもの言いたげなねっとりした視線を投げかけてくる。
「ユーリ・ドラビス」
「カーター副団長か……」
「あなたは……あんな小娘に錬金術師団をいいようにされてもかまわないのか?それでよろしいのか?」
ユーリは赤い目をまたたくと、カーター副団長に向かって口の端をもちあげた。
「僕はおもしろいと思っている。彼女、あのエヴェリグレテリエを相手に、やっているのはおままごとみたいなことばかりだ」
「私は……私は認められません。あのような……なにより……っ!」
言葉を続けようとしたカーター副団長を、まだ錬金術師団に入って一年経ったばかり、ようやく見習いから錬金術師となったユーリ・ドラビスは手で制した。
「グレンの下で働くより気楽にやれそうだし、それに……」
ユーリ・ドラビスは口元に不敵な笑みを浮かべた。
「なによりチョロそうじゃないか」
ユーリ・ドラビスがネリア・ネリスにいだいた「チョロそう」という自分の認識を、おおいに反省し改めることになるのはそれからすぐのことである。













