アルバーン公爵家のひとびと 後編 (レオポルド視点)
後編です。
ほんとうはレオポルドの仕事内容について、書くつもりでした。ふだん彼は魔術師として、こんな仕事をしているんだよって。
起きて朝ご飯食べてお茶飲むだけで、終わってました(汗
実際の仕事については、本文中でフォローしよう、そうしよう。
お茶の時間、居間に公爵家の人間がそろい、夫人は満足気にほほえむ。
「こうして家族がそろうのはうれしいわね」
おもに夫人がリードし、それに公爵やサリナがあいづちをうつ形で会話がすすんでいく。話題はモリア山への遠征から、まもなく告知される『立太子の儀』の話題になった。
「出発式のユーティリス殿下はほんとうに堂々としてらしたこと!立太子の儀の夜会にはレオポルド、サリナのエスコートをお願いね?デビューを少し早めることにしたの」
春の予定だったデビューが、立太子の儀に合わせ早まることになったらしい。そのぐらいなら、了承しても問題ないだろう。
「……わかりました」
「だが姉のレイメリアも名があがったぐらいだ。とうぜんサリナも王太子妃候補にいれられるだろうな」
公爵はサリナがユーティリスに目をつけられるのではと心配し、夫人はそれならさっさとレオポルドと婚約させればいい……と提案する。
「ね、サリナと婚約だけでもすませたらどうかしら……これはあなたのためでもあるのよ?もしも殿下のお相手にとサリナを望まれたら、公爵家を継ぐのはあなたになるわ」
夫人は先代の公爵のように居丈高に主張することはない。やんわりと、こちらのようすをうかがいながら提案してくる。
ユーティリスの動向はわからないが、在学中は一歳違いにもかかわらず、サリナの相手として話題にもならなかったはずだ。自分とおなじく『呪われている』という理由で。
グレンには感謝すべきかもしれない。あの『契約』はさまざまな制約を自分とユーティリスに課したが、ある種の人間を遠ざけるにはとても有効だった。
「……ユーティリスは悪い男ではない。本人たちがよければ好きにさせればいい。叔父上も健勝だし、公爵家を継ぐのは孫の代でもいいはずだ」
サリナと結ばれる未来も、爵位を継承する可能性も、みずからつぶしていく甥に、夫人はいらだちはまったくみせずに、軽い口調でかえす。
「あらあら……それならそれで、わたくしあなたのお嫁さん探しをしなくてはね」
そういいながら、ミラはどの令嬢ならレオポルドが気にいるだろう……と頭の中で考えはじめる。
娘のサリナも甥のレオポルドも、夫人にとっては手持ちのカードの一枚にすぎない。
美しくて賢くて才能にあふれた、うっとりするほど美麗なカード。それがいま二枚も自分の手元にあるのだ。
サリナとレオポルドの子なら、それはそれは美しいだろう。
もしも娘が王太子妃となるならば、甥には自分に従順な気だてのよい娘を世話してやればいい。
レオポルドはなんだかんだで面倒見がいいから、子どもが生まれればむげにはできまい。手持ちのカードがまた増えることになる。
どう転んでも自分の負けはない。それは夫にとっても同じだから、公爵もなにもいわないのだ。
「……私はそもそも結婚などする気がない」
レオポルドが何度もいったセリフをあらためて繰り返すと、夫人はだだをこねる困った子をみつめるように、やさしい眼差しでほほえんだ。
「そんなこといわないで……かわいそうなあなたには幸せになってほしいと思っているのよ?わたくしたちを安心させてちょうだい」
「……」
夫人はいつもこの調子だった。公爵夫人ミラ・アルバーンはどちらかといえば地味な容貌で、レイメリアのような人目をひく美しさも可憐さも魔力も持たなかった。
それでもすぐ激昂する先代の公爵にも辛抱強くつかえ、おっとりとした柔らかい口調で、彼が溺愛するレイメリアを称賛しつづけたことで信用をえた。そうして彼女は時間をかけて、自分が望むすべて…… そう、レイメリア以外は……手にいれたのだ。
「アルバーン師団長!『塔』までご足労願えますか?」
タイミングよくバルマ副団長からエンツがはいり、レオポルドはすぐに『塔』へ転移した。これ以上ミラ夫人のお茶につきあうのは面倒だった。いまごろおいてけぼりにされた公爵夫妻はあきれているだろう。メイナードがレオポルドの顔をみてほっとしたように声をかけてくる。
「すみません師団長、おやすみのところを」
「かまわん。公爵夫人に茶につき合わされて、うんざりしていたところだ。状況報告を」
公爵邸ですごすよりも、仕事をしているほうがよほど気楽だ。単純明快で、なにより世の中にとっても役にたつ。
(そろそろ潮時か……)
サリナが成人する前に、なるべくはやく屋敷を出たほうがいいだろう。もともと寝に帰るだけの場所だ。
公爵夫妻はふだんはアルバーン領で暮らすし、サリナは学生寮に入っていた。サリナが学園を卒業した今、一つ屋根の下に暮らしつづければ、どんな罠を仕掛けられるかわからない。レオポルドは自分の親族すらも信用できなかった。
サリナが配偶者を見つけたとしても、相手にとっては自分の存在など煙たいだけだろう。
二の足を踏んでいるのは、魔術師団長である自分には、セキュリティの面で部屋が借りづらいからだ。『塔』の仮眠室はあくまで仮眠をとるだけのスペースで、キッチンのような設備もない。
自分を狙う暗殺者がいてもふしぎではないし、留守を狙うスパイもいるかもしれない。それに対応できる師団長用の住まいを、街中に借りるのは難しいだろう。
かといって家を用意すれば、それを維持するための人手が必要になる。公爵家の人員をさいてつれていったのでは、そこはアルバーン公爵の別邸とかわりない。すべてをあらたに用意する必要があった。
(わずらわしいことだ……)
セキュリティがしっかりしていて、住居としても使いやすい……ふと、中庭にコランテトラの木のある建物が思い浮かんだ。自分が使うことはできないが、警備も万全で、理想的な住まいであることにはちがいない。
たしかグレンは、いまの自分と同じくらいの年齢で、あの場所を与えられていた。先見の明といえば聞こえがいいが、当時まだなんの実績もない素性の知れない錬金術師を、王家は破格の待遇でむかえたことになる。だからこそネリア・ネリスもすんなりと受けいれられたのだろう。
レオポルドは結婚も子をもうけることも、およそ公爵夫人が望んでいるであろうことはやりたくなかった。自分の血をひく人間などぞっとする。それはなんといってもグレン・ディアレスの血をひいていることにほかならない。
レイメリアとグレンをかけ合わせ、さらにグレンの手をくわえた。自分がむりやりつくりだされたいびつな存在であることなど、だれにいわれなくとも自分が一番よく分かっている。
自分が死んだら肉体は消滅するが……魔石だけはのこる。レオポルドはそれすらもできれば破壊してしまいたかった。自分が死ぬときは、この世に生きた痕跡など、すべて消しさってしまいたい。自分が持つ魔力の大きさからみて、それはムリだと分かってはいるが。
自分の魔石はアルバーン家のあの暗い霊廟におさめられることになる……とまで考えて、ふとグレンの魔石を抱きしめる、小柄な娘の顔を思いだした。
あの娘は悲しみをもってそれにふれ、静かに目をとじ、そっといつくしむように魔石を胸に抱いていた。
自分はそれに衝撃をうけたのだ。
グレンには世話になった……と聞いたが、あの男がすこしでも情をかたむける存在があったということが、信じられなかった。
あの男にそんな人間らしいところがあったのか。
ずっとそばにいる、どこにも行かない……あの娘に請われてそう誓った。
ただ自由に生きたい……そう望むだけで、自分の人生に今まで意義を感じたことなどなかった。
あの娘がそう望むなら、そばにいてやろう。
誓ったのは自分だけで、自分があの娘にそれを望むことはない。
なにも望まない……ただ自分の魔石もあんなふうに抱いてもらえたら……自分の最後としてそれも悪くないだろうとおもえた。
ミラ夫人、ネリアの存在はまったく意識しておりません。
番外編はあとひとつ、みんながマウナカイアに出かけている間のソラのようすを書くつもりです。
水面下ではいろいろ書いているのですが……連載再開まではもうすこしお待ちください。













