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アルバーン公爵家のひとびと 前編 (レオポルド視点)

長くなったので、前後編に分けました。

 王都シャングリラ十番街にある、アルバーン公爵邸の自室でレオポルドはめざめた。寝具もすばらしいし、仮眠程度ですごした遠征とはちがい、ぐっすり眠れたはずだ。


 レオポルドは寝返りをうつと身をおこし、ものうげに銀の髪をかきあげた。


(遠征は終わったのか……)


 一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。遠征地の朝は、動き出した人々のざわめきではじまる。しばらくそれに慣れきっていたせいか、しずかな室内は逆に居心地の悪さを感じさせた。


 父親とおなじ銀髪とふだんの態度から、気性も父親似と思われがちだが、レオポルド自身はそれほど人嫌いではない。


 なにかの目的をもって自分と関わりをもとうとする者の、相手をするのが面倒なだけだ。人の気配があるほうがおちつくし、ほうっておいてくれるぶんには問題ない。


 その点、アーネストやバルマ副団長、マリス女史は適切な距離をたもって接してくれる。公爵邸の人間も人を近づけたくないレオポルドの性質をよく知っていて、必要以上に世話をやかないので、助かってはいるのだが。


 レオポルドにとって、公爵邸は自分の家という感覚はなく、ただの寝場所、私物をおいておく場所だ。部屋の内装もおいてある家具も高級ではあるが、そのそっけなさは、『塔』の師団長室につづく仮眠室によく似ている。


 家という感覚でいえば、五年間すごしたシャングリラ魔術学園の、学生寮の個室のほうがよほど懐かしい。それと中庭にコランテトラの木のある……。


 レオポルドは一瞬よぎった思い出をふり払うと、ベッドから抜けだした。部屋の主の動きにあわせ、部屋の生活用魔道具が反応する。


 カーテンが自動でひかれ、朝の陽ざしを部屋にまねきいれる。着替えのシャツの入ったチェストのひきだしも滑らかにせりだしてくる。厨房にはレオポルドが起きたことを知らせるランプが灯り、すぐさま朝食の用意がはじめられるはすだ。


 チェストのひきだしの一番上にきちんとたたまれたシャツ、それをとりだし腕を通しながら、レオポルドは自分の髪の長さが気になった。


「髪が伸びたな……」


 人に触られることを極端に嫌うため、彼の髪をととのえる理髪師はいない。いまも彼が手で自分の髪をたばね、無造作に指先をすべらせるだけで、毛先が切りおとされる。その束を手にもったまま小さく魔法陣を展開すると、銀の髪は燃えあがる炎となって消えた。


 そばに誰かがいたら、もったいないと惜しむかもしれないが、レオポルドは自分の髪一筋だって残す気はない。だれかに処分をまかせたりしたら、なにに使われるか分かったものではない。






 着替えをすませると、みはからったようなタイミングで、レオポルドの部屋の扉がノックされた。


「おはようございます、レオポルド様。ご朝食はみなさまと召し上がられますか?」


「いや……ベランダに運んでくれ。ひとりですませる」


「かしこまりました」


 レオポルドの返事などわかりきっていたのだろう。すぐに朝食の準備がととのえられつつも、断りにくいように話がもちだされた。


「午前のお茶はぜひ一緒に……と公爵夫人が申されております。まもなくご夫妻とサリナ様は領地にもどられますので、レオポルド様とお話なさりたいのでしょう。遠征のお話などもうかがいたいと」


「……わかった」


 朝の光を受け、レオポルドはひとり無表情に、淡々と食事をすませる。秋の風が軽くなった銀の髪をなぶり、柔らかなひざしが季節の変化を告げる。


 ……遠征地では気が抜けないことも多いが、食事はみんなの楽しみのひとつであり、憩いと団らんのひとときだった。レオポルド自身はほとんどしゃべることはなかったが、その場に身をおくのは嫌いではなかった。


 だが、ここ公爵邸ではひとりの食事のほうがほっとする。


 公爵夫人の『あなたを愛する家族はここに居るわ』というアピールは苦手だった。ことあるごとにレイメリアの話をもちだし、思い出話として教えてくれようとするのだが、うっすらと残る面影を、上書きされるようでかえって不快だった。


 叔父であるアルバーン公爵は、先代の存命中は祖父とともにレオポルドを責めたし、夫人も祖父の顔色をうかがい、とくになにもしなかった。レオポルドに同情はしていたかもしれないが、娘一人しか産めなかった彼女自身の、公爵家での立場も弱かった。


 学園にいるあいだに祖父が亡くなり、夫人はようやく、休暇中も学生寮から戻らないレオポルドをたずねてきた。夫人は涙をながし、レオポルドの手をとって優しくほほえんだ。


「つらい思いをさせたわね……これからは家族としてわたくしたちを頼ってね」


 それから王都に滞在中はときどき、レオポルドを学生寮から連れだすようになったのだが、けれどそれは毛色の変わったペットをかわいがるような愛され方だった。


 夫人が連れ歩くのは、若くして亡くなった美貌の公爵令嬢の忘れ形見、()()()()()()()()()()()()()()……むけられる憐れみと同情に、すぐにレオポルドはうんざりして、夫人の誘いを断るようになった。


 レオポルドにとっては、公爵家の庇護など学園の中ですら、なんの役にも立たない。踏みつけられないためには、力をつけるしかなかった。オドゥやライアスとともに、学園の中で自分の居場所を見つけ、ひたすら魔術の習得と鍛錬にうちこんだ。


 次に顔を合わせたのは、レオポルドが成人とともに魔術師団長に就任するときだった。荘厳な黒いローブを身につけたレオポルドをみて、夫人の目の色がかわった。


 まるで獲物を見つけた猛禽類のように、瞳孔がすぼめられた。それは一瞬のことで、夫人はすぐにほほえみをうかべたが、すでに何度も似たような視線にさらされていたレオポルドには、すぐに分かった。


 それは『子ども』のころにむけられた、めずらしい宝石を欲しがるような視線とくらべても、やっかいだといえた。


「まぁ!レオ兄様、すごく素敵!」


 無邪気にはしゃぐサリナのうしろで、夫人はするどい爪も、肉を切り裂くクチバシも隠したまま、おっとりとほほえむのだ。


「ほんとうね、あなたの許婚はとても素敵な青年になったわ。サリナもレオポルドにふさわしい淑女にならなくてはね」


 まるでそれがすべて最初から定められたことで、当然であるかのように。


 レオポルドが『子ども』の外見のときは、叔父夫婦から『許婚』の話などまったくでなかった。むしろ祖父がいいだしたことで、叔父夫婦はその話を避けていたのに。


 サリナは美しく素直に育ったが、祖父がきめたというだけで、レオポルドにとってはとうてい受け入れられない。


 見栄えがして、公爵家の体面をたもつにふさわしい地位がある……一人でも生きていけるようにと努力したことが、逆に公爵家に自分を認めさせたことに、レオポルドは皮肉な思いだった。


 叔父のほうは娘を溺愛しているから、サリナにどんな求婚者が現れても、レオポルドをひきあいにだしてケチをつける。そもそもサリナを渡す相手として、レオポルドさえ気にいらないらしい。


 話をすすめたがったのは夫人のほうだった。そうなるとあれほど祖父と一緒に、グレンの血をひいていることを責めた叔父も、夫人には反対しなかった。

伸びたらうざい→よし燃やそう


朝おきてさっそく自分の髪を燃やすレオポルド。よいこは真似しないでください。

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