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ネリアの街あるき

ネリア達が王都にもどった直後あたりの話になります。

 ペチャニアが歌っていたら、だれかそれを世話する人がいるということ。


 パン屋さんがあったら、そこにはまだ暗いうちから働く人がいるということ。


 七番街は船着き場のある六番街にも近く、工房や倉庫が建ちならぶ職人の街だ。


 焼きたてのパンのいい匂いにつられたわたしは、ほくほくした気分でサンドイッチを買い包んでもらう。


 朝からあいているその店でパンを買う人は、みな仕事にいく途中なのだろう……パンの包みをもつといそぎ足でまた歩きだす。


 人の流れに逆らわないようにして、わたしはぶらぶらと六番街までくると、マール川の支流が流れる川べりの遊歩道で、ベンチをみつけて腰をおろした。


 パン屋で買ったサンドイッチの包みをほどくと、思いっきり大きな口でかぶりつく。


「ん~!おいしい!」


 野菜がシャキシャキしていて、厚みのあるベーコンからはかむとじゅわっと肉のエキスがしみだしてくる。





「発展した都市の魅力というものは路地にある。表通りからひとつはいった路地にこそ、そこで暮らすひとびとの知恵や工夫がある。街の表情は路地ごとにかわり見あきることがない」


 マウナカイアにいるあいだにそう言ってシャングリラのことをあれこれ教えてくれたのは、オーランド・ゴールディホーンだった。


「魔導書や学術書などの専門書は八番街にある王立図書館を利用するといいが、もしもあたらしい本が欲しければ二番街のミネルバ書店にいくといい。気楽によめる軽い読み物もある」


 ライトノベルみたいなものかな?


「いいですね!」


 それからそれぞれの街ごとの魅力やオススメの場所をていねいに教えてくれた。七番街のパン屋さんも彼が教えてくれたものだ。


「オーランドさん、シャングリラの街にくわしいんだね!」


 目を輝かせて話を聞いていると、オーランドがふっと笑った。銀縁眼鏡でいかつい顔つきでどちらかというと冷たく怖い印象をあたえる彼だが、笑うと眼鏡の奥にある青い瞳がライアスそっくりに優しくなる。


「補佐官というのはなんでも屋なのだ。自由に動けない王族のかわりに動くこともあるから、王都に精通していなければならない」


「へぇ、テルジオさんも?」


「もちろん。だがテルジオ補佐官が強いのはなんといっても王城内だな。かれほど王城内を知りつくしている者はいない、どこの誰に話を通せばいいかすべて把握している」


 そういえば市場でヴェリガンが貧血で倒れたとき、いちはやく動いたのはテルジオだ。市場の警備隊をすばやく動かしたし、王城の医務室の手配も同時にやっていた。


「えぇまぁ……殿下のワガマ……要求は厳しいですからね。サラッと無理難題おしつけてきますし」


 テルジオが照れたようにそういうと、ヌーメリアがほほえんだ。


「でもテルジオがくれた市場の地図はとても役にたちました……休憩場所まで調べてあってありがたかったわ」


 そういわれたテルジオはにっこり笑う。


「どういたしまして。ほかにも行きたい場所があれば声をかけてください、すぐにお調べしますよ」


 補佐官ってそばに控えているだけの人じゃなかった。すごく優秀な人を、もったいない使いかたをしてるよ……王族を支えるって大変なんだろうな。





 わたしは王都にもどると、オーランドが教えてくれた情報をたよりに街あるきをはじめた。


 路地にひとつはいるだけで街の表情がかわる。看板の形や色、道に敷かれた魔石タイルの形づくる模様さえもちがっている。


「おじょうさん、寄ってかない?」


「あはは、またこんどね!」


 『よびこみ看板』に話しかけられるのもだいぶ慣れた。


 わたしにとっては初めてみるものだから、なんでも珍しくてたのしい。メレッタに教えてもらった『フォト』を撮りながら、なんの変哲もない街角をウロウロするのだ。


 撮った『フォト』を居住区で整理しながら、わたし版の『街歩きガイドブック』をつくっていく。これがひとつひとつ、わたしの生きた記録にもなるかもしれない。





 サンドイッチを食べおえてソラの淹れてくれたお茶を水筒で飲みながら、のんびりと水面をながめてぼんやりと思った。


(こういうの……隣にだれかいたらもっと楽しいのかなぁ)


 だれかを誘うといっても、なにをするでもなくただ街をあるいてサンドイッチを食べながら川を眺めるだけだ。ぼっちが好きなわけじゃないけど、こんなことにつきあってくれそうな人は思いつかない。


(……あのひとは、こんなことしそうにないな)


 べつに会いたいわけじゃない。ただ朝の日差しの中で、川べりを吹く風に彼の髪がなびいたらきっときれいだろうな……と思っただけだ。彼が川をながめてぼんやりしているところなんて、想像もつかない。


(こんどはアレクを誘って市場にできたヴェリガンのお店を訪ねてみよう!)


 一瞬だけよぎった面影を頭から追いはらい、帰りは二番街のミネルバ書店に寄ろうかと考えた。





 ネリアの名前が聞こえて、自宅に居たライアス・ゴールディホーンは顔をあげた。遠征を終えて家族にひさしぶりに再会し、くつろいでいたところだった。


「……ネリス師団長から礼状がきていた。ミネルバ書店を教えてくれてありがとう、と……ふむ、あそこのパンも食べたのか」


 オーランドが自分あての書状を読みながら、あごに手をあてて考えこんでいる。


「なんだって?ネリアが兄さんあてに手紙を……?」


 ネリアからの手紙なんて、ライアスはもらったことがない。


 オーランドがマウナカイアにいるあいだにネリアとは親しくなり、よく会話をしたらしいが手紙のやりとりをするほどだとは。


 オーランドはライアスの驚きも気にせず母のマグダに話しかけた。


「母さん、俺が知る以外で何かオススメの場所はあるかな?ハタチの女の子が喜ぶような店がいいんだが……」


「ハタチの女の子なら五番街がいいんじゃないの?」


「それもそうなんだが、いまは路地探訪にハマっているらしい。にぎやかな場所よりもちょっとした隠れ家的な店がおちつくようだ」


「それなら七番街にきれいなガラス細工を売る店があるけどどうかしら?店の裏が工房になっていて見学や体験もできるらしいわ」


「ほぅ……ならばそこをすすめてみるか」


 ペンを取りだしたオーランドに、ライアスはたまらず声をかけた。


「待ってくれ、なぜ兄さんがネリアと手紙のやりとりをしている。マウナカイアでどんな話をしたんだ?」


 オーランドは銀縁眼鏡のつるをくいっと持ちあげた。


「そうだな……彼女は実際に会ってみるとウワサとはまったくちがい、慎重で用心深い女性だったな」


「慎重で用心深い……?」


 ライアスは耳を疑った。オーランドはだれのことをいっている……あのネリアが慎重で用心深い?


「ああ。だがすこし困っているようでな……それで手を貸している」


「困っている……?」


 オーランドはうなずいた。


「彼女は王都の生活が初めてというだけでなく、エクグラシアの知識というか常識も不足している。本を読んだり実際に街へでかけて慣れるためにも、ミネルバ書店の場所を教え王都の街歩きをすすめたのだ」


「そんなことは彼女はひとことも……」


「仕事の話をするだけなら気にならないだろうが、彼女は驚くほど()()()()()()()。本を読むだけでも疑似体験できて世俗を知れるだろう」


 王都にでかけたいのならいくらでもつきあうのに……そう考えてライアスは気づいた。街歩きを楽しむ連れとしてライアスは目立ちすぎるから、彼女は敬遠したのではないだろうか。


 そういえばはずんでいるかに思えた『エンツ』の会話も内容は仕事のことばかりで、彼女は自分のことはまったくしゃべろうとしない……。





 考えこんだライアスに、こんどはマグダが話しかけた。


「ライアス……それよりお前、いつ()()()()()を家に連れてくるの?」


「なっ、なぜ『ネリィ』のことを……?」


 ライアスがギョッとすると、マグダはとっておいた新聞をとりだした。


「いく先々で聞かれるのよ……ライアス、お前まさかふざけたおつきあいをしているわけじゃないわよね?」


「まだ食事の誘いを受けてもらえただけだ……つきあうとかは」


「いいからこんど連れていらっしゃい。まだ若いお嬢さんのようだし、竜騎士の妻の心得えをしっかり覚えてもらわないとね」


 ライアスは『ネリィ』が、ネリア・ネリスその人だとはいえなかった。

恋が進むのは会っている時なのでしょうが、会わない時間にこそ恋は育つと思うのです。

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↓「Teardrop」↓
Teardrop
― 新着の感想 ―
[一言] 補佐官は、専属秘書でコンシェルジュでいざという時の代理でもあるから優秀じゃないとなれない ライアス君も例の眼鏡があれば主人公との仲が多少は進展したかもしれないねぇ。
[一言] 久しぶりの感想です。 まず、書籍化おめでとうございます! グレンの本来の目的は妻の蘇生でしたが、何かのきっかけでネリアを代わりに蘇生させることになったのでしょうか? オドウはまだまだ最終章…
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