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202.師団長会議で報告

5章『錬金術師、休暇をとる』完結です。

 今回の師団長会議では、モリア山への遠征の報告のほかに、錬金術師団からかなりの報告があった。


 あまりに多いので、錬金術師団からはネリア・ネリスのほかに、ユーリ・ドラビスも参加している。


「それで、別居していた人魚の夫婦の仲を取りもち……」


「人魚の夫婦ではありません!人間と人魚の夫婦です!」


「あぁ、うん、そうだったな……」


 ぼんやりとうなずくアーネスト陛下の横で、腕組みをしたライアスが、うなるようにいう。


「途中、海の王宮の牢獄にとらえられ、海の魔女とともに脱獄し……さらに正気を失った魔女に頭突きをかましたと……」


 何が一体どうなっているのか想像するしかないが、軽くライアスの想像の域を超えている。


「……錬金術師が魔法でもなく魔道具でもなく、物理攻撃……ライガを使っているのだから、魔道具を利用した攻撃といえなくもないが、そうだとしても原始的な……」


 ライアスはだいぶ混乱してきたようだ。


「何をやっているんだお前は……」


 レオポルドは、眉間に深くシワを寄せ額を押さえている。ひょっとしたら彼には、魔力回復のポーションよりも、頭痛薬を作ってあげたほうがいいかもしれない。


「だから海洋生物研究所にいくついでに、休暇をとって珊瑚礁をみにいったんです!人魚のドレスを着て海で泳いでビーチで遊んだだけですよ!」


「あぁ、うん、だけ……なのか?」


「そうですよ!」





「それから、カナイニラウとエクグラシアの独占交易権は、錬金術師団が所有します」


 ユーリがしれっと報告した。


「独占交易権を錬金術師団が所有……?」


「そうです。カナイニラウでの産物及び海から採れる素材については、自然保護の観点からも、錬金術師団の管理下におくべきと判断しました」


 アーネストには初耳だ。「なりゆき上、カナイニラウとの交渉は、錬金術師団にまかせてもらいたい」とユーリから連絡があり、「まかせる」と返事したのは覚えているが。ユーリはつづけた。


「海王夫妻が快諾しましたので……それとマウナカイアとカナイニラウをむすぶ定期運航には、ウブルグ・ラビルが海用に開発中の、『ヘリックス三号』が就航する予定です」


「ヘリックスを……?しかしあれの移動速度では、カナイニラウまで何日もかかるだろう」


 その疑問にはネリアが答えた。


「ゆっくりがいいんです、魔導列車は王都とマウナカイアの距離を縮めたけれど、カナイニラウにまですぐいけるようにはしたくないんです」


 人魚たちはせわしないのは好まない。カナイニラウへはヘリックスによる定期便だけに限って静かな環境をたもちつつ、マウナカイアの整備をすすめる計画だ。


「観光客だけのせいじゃないけれど、人が増えるとゴミも増えます。マウナカイアには汚水処理の設備もまだありません。いまは浄化の魔法で個人個人にまかされていますが、環境を守るためにも、まずはそういった整備をします。観光以外の仕事があれば、マウナカイアの人たちの生活も安定しますし」


「なるほど……」


「人の手を入れて海の環境を守ることで、人魚たちと共存できるし、それが世界の宝になるんです。何かを創りだすだけでなく、いまある『宝』も失わないようにする……それも、モノの価値がわかっている錬金術師団の仕事です!」


 人の欲望には限りがない……けれど欲があるからこそ、人の世界は発展していく。それならば環境を守る人材と、開発を担う人材両方を育てていけばいい。人魚たちと相談しながら開発を進めていけば、それができるんじゃないだろうか。


「そういえばネリア、カイから帰り際に何か渡されていましたよね?あれ、なんだったんですか?」


「あぁ、あの小さな袋?持ってきたよ!まだ中身みてないの。変なものだったら困るし、ここでみんなとみようと思って」


 ユーリに聞かれて取りだしたのは、ネリアの手にもすっぽりおさまるぐらいの、本当に小さな袋だ。


「魔石かとも思ったけれど、それにしては軽いんですよねー」


 トレイを用意してもらい、袋にかけられた保全の術式を解除すると、口に結ばれた紐をほどく。






 コロコロコロ……袋の中からでてきたのは、厚みといいしっとりとした輝きといい、見事な逸品ともいえる真珠の玉がいくつも……。


「……真珠?」


 ネリアが首をひねる横で、男たちは食いいるように、優しいがはっきりと主張する輝きを見つめる。しばらくして、アーネストが口を開いた。


「ええと、それはネリア個人宛だろうな……それを渡すとき、カイ・ストローム・カナイニラウはなにかいっていたか?」


「いいえ?『やるよ』っていわれただけです。『いつでもこい』とはいわれましたけど、返しにいったほうがいいですかね?」


「いや……返すのもまずい……カナイニラウとの関係は良好をたもちたい。とくに何もいわれてないのなら、そのままもらっておけ」


「そうですか」


 微妙だ。実に微妙だ。ロビンス教諭の報告では、人魚の男は花嫁に自分でドレスを用意し、自分のウロコを縫いつけて贈るという。


 それだけでなく、長命種である人魚の男たちは、実に手間をかけて、まるで競いあうように凝ったプロポーズの準備をするらしい。


 花嫁の身を飾る装身具すら、自分で集めた真珠や貝殻や宝石サンゴを用いて作りあげるとか。


 なかでもたくさんの真珠貝からごく稀にしかとれない真珠は、相手を見つける前のこどものころから、人魚の男は見つけてはたいせつに保管しておくものだそうだ。


 ネリアがもらったのは何の加工もされていない、糸を通す穴すらあけていない真珠玉で、それだけではプロポーズの小道具とはいえない。けれど品質といい数といい、カイという人魚の男がかなり時間をかけて集めたものだ……ということは推測できた。


 それはまるで、「いつでも迎える用意がある」と告げているかのようだ。






(そういえば二十歳になったら、ばっちゃが自分の真珠のネックレス、わたしにゆずってくれるっていってたなぁ……)


 男たちの困惑をよそに、ネリアは目の前の真珠をながめながら、まったく違うことを考えていた。


『糸を取りかえて、奈々の首に合うように調整すれば使えるからね……女は真珠のひとつも持ってないとねぇ』


 ばっちゃの真珠のネックレスは、その昔じっちゃからばっちゃへ、婚約の贈りものとして渡されたという。


(なんだか異世界までばっちゃが真珠を届けてくれたみたい……グレンがじっちゃなら、カイはばっちゃだね!)


 ばっちゃの家に訪ねることを知らせておくと、「なんもねぇけど、おはぎでも食うか?」と、ぶっきらぼうにおはぎをだしてくる。


 一晩水に漬けた小豆をゆでて、丁寧にアクをとって……砂糖をくわえて練った、本当に手間をかけた、ばっちゃにとっては当たり前の、けれど『奈々』にとってはピカピカの、ほっぺたが落ちそうにおいしいおはぎなのだ。


(カイのぶっきらぼうなところも、ばっちゃにそっくりだ)


 思い出にひたるネリアが、へらっと笑って真珠を袋に戻しているさまは、男たちから見ると喜んでいるようにしかみえない。






「ネリア……」


 真珠をもとのように小袋にしまって口をしばると、ライアスが話しかけてきた。


「その海の王子とやらのことをくわしく教えてもらおうか……」


「えっ、カイのこと?いいけど……ライアス、なんだか顔色悪くない?まだ遠征の疲れがぬけないんじゃ……」


「いいや、遠征の疲れは大丈夫だ!とにかく、そいつのことを聞かせてくれ!」


「えっ、うーんと、ウミウシの世話が上手な人だよ」


「ウミウシ……」


 いくらライアス・ゴールディホーンでも、ウミウシの世話で人魚に勝てる気がしない。いやまて落ちつけ、ウミウシの世話では男の価値は決まらない。


「そうだな、私も聞かせてもらおう」


「レオポルドも?カイもね、レオポルドに会いたがってたよ!カイはグレンの友人でね、レオポルドにも興味があるって……」


「グレン……だと?」


 小会議室に、なぜだか冷気が満ちていく。


「なぁ、ユーティリス……やばくないか?」


 アーネストはアーネストは落ちついた表情で横にすわる息子に、救いを求めるように話しかけた。


「何がです?」


「ネリア・ネリスが何かしゃべるたびに、あのふたりの帯びる殺気が、どんどん増していくんだが……」


「さすが師団長クラスともなると、殺気すらもただごとじゃないですね」


「いや、そうではなく……」


「カイのあの性格なら、わざとですよ……僕もさんざん彼にふりまわされたんです。あのふたりも少しはふりまわされればいいんですよ」


 ユーリは腕を組んだまま、すました顔でそっぽをむいた。





 このとき、ユーリが錬金術師団で交易権を独占したのは、すこしでもライガ研究のたしにするためだった。


 乱獲や乱売をふせぐ目的ももちろんあったが、カナイニラウの産物なら、王都の人間は珍しがって多少高値でもよろこんで買うだろうと思ったからだ。


 海王夫妻もこころよくうなずいたし、ネリアも「そうね〜海は素材の宝庫だし、いいんじゃない?」と、簡単に許可をだした。


 ユーリは海から採れる素材のことは知らなかったし、ネリアは知ってはいたけれど、それがそんなに重要だとは思っていなかった。


 このときの取り決めが、近い将来、人魚の手を借りて海洋開発に乗りだした錬金術師団に、未来永劫枯れることのない、巨万の富を約束することになろうとは。


 そこにいるだれもが、当の本人たちでさえ、当時はまったく気づいていなかった。


 やがて得られた潤沢な資金は、錬金術師団の新しい研究所をつくる際におおいに役だったという。


 それだけでなく『シャングリラ魔術学園』の上位機関、『錬金術総合大学』を作る原資にもなった。


 ネリア・ネリスの「面白いと思ったことには、役にたたなそうにみえる研究にも、資金をだす」「錬金術を行うときは、だれを幸せにするかをきちんと考える」といった理念は、きちんと受け継がれていくことになる。


 いずれそこから巣立った錬金術師たちが、さらにエクグラシアを発展させていくことになるのだが……それはまたべつのお話。





 会議が終わったところで、わたしは持ってきた収納鞄から本を取りだした。


「レオポルド!借りてた本返すね……ありがとう!」


「ああ……」


「あのね、海の中で古代文様をたくさん見たの!文様はもともとは精霊に願いを伝えるための言葉だったんだって!人魚たちに伝わる独特な魔法陣もいろいろ教えてもらったの!」


 思ったよりふつうに話せて、ほっとすると同時にうれしくなる。


「そうか……体調は大丈夫なのか?」


 レオポルドは話を聞きながら、気づかわしげにわたしの顔をじっと見た。


 ひさしぶりに見る黄昏色の瞳は、あいかわらず光によって微妙に色合いを変える不思議な色で……彼の瞳もグレンみたいに、普通の人とは視えかたが違うのだろうか。


「どうしたふたりとも、黙ったまま見つめあって」


 陛下に不思議そうに声をかけられて、レオポルドの瞳をのぞきこんだまま、考えこんでいたことに気づく。レオポルドも我に返ったのか、ふいっと目を逸らした。


 そういえば体調の事を聞かれたんだっけ。魔力暴走で倒れてすぐに遠征隊は出発したし、心配かけたのかもしれない……。


「うん、もうすっかり大丈夫!」


 これからもマリス女史からの『レオポルド注意報』を守り、距離をとって慎重に接していこう。






「はい、ライアス!これお土産……それと預かった上着返すね!無事帰還おめでとう!ソラがばっちりお手いれしてくれてたから!」


「ああ……ありがとう……だがこれは、その……」


 ライアスは困った顔をして、上着を受け取った。さすがに今この場で返してもらうのは気恥ずかしい。この上着は師団長会議で返してもらうようなものではなく……。


 本当は上着を返してもらいに、女性の部屋を訪れるものなのだ……ということは、ネリアに通じそうにない。ネリアの場合、師団長室にいくしかないわけだし。そして、ネリアが『休暇だ』と言い張る冒険談を聞くかぎり……。


 レオポルドだけでなく、ライアスの眉間にもシワが寄った。


「俺は……ひょっとしたらネリアの上着を預かったほうが、いいのかもしれない……」


「えっ、なんで?わたしの服じゃ、ライアス入らないよ?」


「う……いや、まあその、ネリアが無事でよかったよ」


「ホント!わたしもどうなることかと思ったけれど、今回の件で度胸がついたよ!」


「度胸……」


 ちょっと待て、お前は王都に着いて早々に、ライアスから『豪胆だ』と言われていなかったか?それがさらに度胸をつけて、どうするというのだ……と、レオポルドは思った。


 内心あきれ返っている男たちを前に、当のネリアはキラキラと黄緑色の瞳を輝かせて、とんでもない事を言いだした。


「今度はモリア山の遠征にもついて行きたいなぁ……」


「「「絶対ダメだ!」」」


「ひうっ!なんでみんなそんな怖い顔するの⁉︎」


 ほうっておくとこいつは、どこまでとんでいくかわかったもんじゃない……。





 やたらカイのことを聞きたがったライアスからようやく解放され、わたしはヘロヘロになって師団長室に戻った。ソラに淹れてもらったお茶を飲みのんびりしていると、めずらしくレオポルドからエンツが飛んできた。


「レオポルド?なあに?え?栞がはさまってた?うん、ごめん大丈夫!使わないから好きにしていいよ!」


 借りていた〝古代文様集〟に、うっかり葉脈の栞をはさんだまま返してしまっていて、その栞をどうするかとたずねる内容だった。


 アルカリ性の液で中庭のコランテトラの葉を煮て、セルロースでできた葉脈だけを残した葉脈の栞は、アレクと遊びで作ったものだ。美しいけれど作るのにそれほど手間がかかるものでもない。


 好きにしていい……と返事をしエンツを終えたあと、わたしは首を傾げた。


「『栞がはさまってた』……って、わざわざエンツくれるなんてレオポルドも律儀だなぁ」





 ひっくり返しながら栞を眺めていたレオポルドが、エンツを終えてひとりごちた。


「好きにしていい……なら、もらってもいいか……」


 彼は塔の最上階から眩しそうに目を細めて空を眺め、それからまたそっとしおりをなでてから、ふたたび本にはさみこんだ。

夢をこわす後書きです。

【人魚について】

 人魚って哺乳類だと思う……と、高校生の時にマジメに考えていました。でないと抱き合った時に冷たいじゃん!クジラやイルカの体温は、人間と同じぐらいです。じゃあどうして熱帯から極寒の海まで平気で泳げるのかというと……彼らは皮下脂肪がぶ厚いんです。

 内臓脂肪でないところが救いでしょうか。なので実際に『人魚の王子様』が存在するとしたら、ぶ厚い皮下脂肪がご自慢の体形になるでしょう。ほら、夢が壊れた。


 まぁ、哺乳類としたら、『人魚のドレス』に縫いつけていた『雄のウロコ』というものは、ウロコのように固くなった角質層がはがれたもので……あっ、さらに夢が壊れた!


【精霊について】

 意志を持つ高エネルギーの塊、自然エネルギーの象徴のような肉体を持たない精神体……というイメージです。人間達のマスコット的に、仲良くじゃれあう存在ではありません。『精霊契約』で人に力を貸すことはありますが、基本的には『在る』だけで、人に干渉することはありません。


 5章は『錬金術師、休暇をとる』という章題をつけたとおり、この章ではネリアに一切仕事をさせてません。だって休暇だし。人魚と仲良くなったのは遊びのついで。


 お仕事は大事ですが、小説の中でまで必死にやらんでも、ええじゃないかと。というわけで今回は、自由人なカイを登場させました。あとひたすら海の中の景色を描きたかった。描ききれたか自信はないですが、楽しかったです。


 5章を終えてようやくヒロインは、恋愛する準備ができつつある……というところ。とくに敵役も出ず、盛り上がりは少なかったけれど、グレンの事には少し触れられたかな。


 ここまでおつき合いいただき、本当にありがとうございました!

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[良い点] 将来の別のお話…が、気になります! あの理念が受け継がれた学舎で、いろんな子たちが悪戦苦闘して、爆発したり墜落したり変な煙が出たり走ったり跳んだり、いろいろするんだろうなーと思うと、なんか…
[良い点] こんなに人魚の幻想ぶっ壊す作家さん初めてですよ!(笑 [気になる点] (なんか、思ってる「大恋愛」とは違う方向っぽいのよなあ。  このままだと普通の逆ハーものになるんじゃ…? #普通の逆ハ…
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