20.カタツムリの『ヘリックス』
凄まじい高さまで水柱が上がり、あたり一面に水滴が雨のように降り注ぐ中、ドラゴンたちがカタツムリに突っこんでいく。
「レインさん‼︎」
「ネリア嬢⁉︎」
わたしは腕輪から展開したライガにまたがり、アマリリスの背から放りだされた彼を、空中で正面からキャッチする。
「助かった!いくら身体強化をしていたとしても、この高さから落ちたら大怪我だ」
リンデルカ、クレマチス、ツキミツレのドラゴン三体がつぎつぎに攻撃を加え、マール川の川岸に叩きつけられたカタツムリの殻に、ビシビシと全体にヒビが入っていく。
パリンと粉々に殻が割れ、中から魔道具とともに白いローブを着た、小柄でヒゲを生やした男が転がりでてきた。ドラゴンたちが彼を囲むように舞い降りたため、わたしもすぐ側に降りてライガを畳む。
男はカンカンに怒っていた。
「きさまらぁっ!乱暴すぎるぞっ!ああぁ……ヘリックスの殻が割れてしまったではないか!」
巨大カタツムリは『ヘリックス』というらしい。その殻の中に潜んで爆撃具やオートマタを転送して来たヤツに、乱暴だとは言われたくない。
そしてヘリックスは今や殻を失い、巨大なナメクジそのものの姿でピクついている。
「誰……?」
「わしは王都錬金術師団のウブルグ・ラビルだっ!このヘリックスはなぁ、わしが構想に二年!製作に三年もかけた、世界唯一の〝カタツムリ型オートマタ〟なのだぞっ!タダですむと思うなよっ!」
「タダですまないのはお前だ。竜騎士団の精鋭に攻撃を仕掛けたのだからな」
ライアスに見下ろされても、ウブルグ・ラビルはふんぞり返って高笑いした。
「ふんっ!フハハハハ、見たか!わしのヘリックスがドラゴンどもを攻撃する勇姿を!天空の王者ついに陥落せり!フハハハハ!」
「……」
誰もそんな勇姿は見ていない。ヘリックスはただ水の中に沈んでいただけだ。
怒りが収まらないでいるウブルグ・ラビルの話によると、巨大カタツムリのヘリックスは、殻部分に人や物資を積みこんで移動する画期的なオートマタとして、五年もの年月をかけて製作したらしい。
「ライアス、知ってた?」
「……いいや」
殻の中は高い気密性が保たれ容量も大きい。水の中でも移動することができる、画期的な乗り物だけれど残念な点がひとつ。カタツムリ並の移動速度だ。もちろんその蠕動運動を、みごとに再現しているのだけど。
遅い。遅すぎる。
その速度は亀よりもミミズよりも遅く、人間が荷物を持って歩くほうが速い。
リアルさにこだわったせいか、歩行をスムーズにするために分泌した粘液が、乾いた筋になるため跡も簡単にたどれる。
いったいそんなものが何の役に立つのかという意見は、錬金術師団の中でもあり、悔しくなった彼は今回の襲撃を引き受けて、ヘリックスに大量の爆撃具と黒蜂のオートマタを積み、マール川に潜んでいたらしい。
それを聞いてわたしは脱力した。確かに命を狙われて、わたしは実際危なかったのだけど。ウブルグ・ラビルにとっては、カタツムリがみんなに認められるほうがだいじで、粉々になった殻のほうが心配で。
「王都のやつらもわかっておらん! 『ヘリックスなんかより役に立つ黒蜂や爆撃具のほうを作れ』などと言いおって」
いや、彼らの言うことが正しいと思うけど。攻撃はそっちのほうが嫌だったし。
けれどこの人が黒蜂や爆撃具をせっせと作るよりは、カタツムリの研究をするほうが、きっと世界は平和だ。
「ねぇ、おじさん」
わたしはしゃがんで、へたりこんでいるウブルグと目線を合わせる。
「ウブルグ・ラビル様と呼べっ!」
「じゃあウブルグおじさん? ヘリックスに乗って水の中にいても、まわりの景色はよく見えたの?」
「もちろんだ! 濁った水の中でもよく見えるように、視界クリアの術式を組みこんである!」
「なら軍事用の輸送機として使うより、観光用の水中遊覧船や水中ホテルとして使う方が、人気がでるんじゃない?」
「へっ⁉︎」
「サンゴ礁の海をカタツムリでお散歩できたら素敵だけど……海水には弱そうだよね?」
「お……おお!」
小首をかしげて尋ねると、ウブルグの目がキラキラしてきた。
「そうだな‼︎海水の浸透圧がだいたい千ミオズムだから、透過膜はまだ改良せねば。うむうむ……カルシウムが豊富なサンゴのそばならヘリックスの殻も再生しやすい!ほむ……ネリア・ネリスとやら、いい所に気がついたな!」
「海底での移動の参考に、ウミウシの動きを研究してもいいかもね?」
「ふぉっ⁉︎まさしく!おおお……アイディアが次々に湧いてくるっ!さっそく帰って研究をっ!」
興奮して立ち上がったウブルグを、ライアスがガシッと捕まえた。
「きさまにはまだ用がある」
「なっ!放せ!わしの貴重な研究の邪魔をするつもりかっ!」
ジタバタするウブルグ・ラビルを冷たい目で見下ろすと、ライアスはふたつの選択肢を彼に与えた。
「竜騎士団の取り調べが終わっていない。……そうだな、今ここで簡単に〝竜の裁き〟を受けるのと、面倒でも正直に何でも話して人の手で裁かれるのとどちらがいい?」
ウブルグ・ラビルの、ぽっちゃりした日に焼けてない白い顔が、さーっと青ざめる。
「ひっ!人の手でっ!人の手で裁いて下さぁいぃっ!何でもしゃべりますっ!ぜひ取り調べお願いしますっ!」
急に素直になったウブルグ・ラビルと、ナメクジになったヘリックスを連れて、わたしたちは再び王都へ出発した。
後日、ウブルグ・ラビルはベラベラと何でもしゃべり、竜騎士団の取り調べを終えて解放されると、すぐさま王都から引っ越す準備を始めた。
クオード・カーター副団長は、その話を聞いて頭が痛くなったとか。
「はぁ?カタツムリの研究のために、海の側に引っ越しだと?」
ウブルグ・ラビルは古参の錬金術師で、カタツムリ馬鹿であることを除けば腕も良かった。
(あのまま、黒蜂や爆撃具を作り続けておけば良かったのに……)
「役立たずめっ!」
クオードは苛だたしげに、手に持っていた金属製の定規を、ピシリ!とその手に打ちつけたそうな……。
後年エクグラシアでも有数のリゾート地マウナカイアビーチで、観光客を虹色のカタツムリに乗せ、珊瑚礁を見せてくれる『カタツムリおじさん』として、ウブルグ・ラビルは世界的に有名になるのだけれど。
それはまた別のお話。
最初、『ヘリックス』は水陸両用の無機質な車体を想定していました。そのままでは水の中から現れた際、絵的に面白みがないので、カタツムリに変えました。
カタツムリは元ネタがありまして、『ドリトル先生航海記』に出て来る『海カタツムリ』がそうです。そちらはちゃんと生き物です。