199.花火の下の錬金術師達
完結が200話ぐらいと書きましたが、少しオーバーして202話で完結です。
そのあとまたお休みと3章以降の改稿作業に入ります。
空をみあげながら、アナはうっとりと花火にみとれる。沖合で人魚たちも花火に歓声をあげているし、対岸のビーチからもよくみえるだろう。
「ほんとうにきれいねぇ……私、錬金術師の仕事に偏見をもっていたわ。こんなすてきな仕事もするのねぇ」
「でしょう?ねぇお母さん、私、錬金術師になるのもいいかなって思うんだけど……」
とたんにアナの顔から、うっとりと夢みるような表情が消える。
「なにいってるの、それとこれとは話がべつよ」
かわいいものとキラキラ王子様が大好きな、メルヘンお母さんなアナは、こと娘の進路にかんしては、夢も理想もなくひたすら現実的だった。
「絶対、反対よ!アイリだけでなく、レナード・パロウまで魔術師団志望をとりやめたんでしょ?メレッタの成績なら、希望すればあの超狭き門の魔術師団にすんなり入団できるっていうのに、このチャンスを棒にふるっていうの⁉」
「えっ!でもお母さんは魔術師団のアルバーン師団長より、ユーリ先輩のほうが笑顔が優しくて素敵でかっこいい、これからも応援するっていってたわ!」
「だからそれとこれとは話がべつよ!娘にわざわざ変人あつかいされる道を歩んでほしいなんて思わないわよ!結婚相手だってみつからないわ!」
「結婚なんてしなくていいし!私、自分のライガを作りたい!」
「そんなこというから反対するんでしょうが!あなたまだ十六なのよ⁉︎どんな素敵な人が現れるかわからないじゃないの!」
「お母さん、夢みすぎだよ!学園の男子だって国中からエリートが集まるっていいながら、たいしたことなかったわ!素敵な人なんてそう簡単にいるわけないもの!いたとしても私なんか相手にされないわよ!」
「だったら自分を磨きなさいよ!三十近くになってから後悔しても遅いんだから!いい?錬金術師よりぜったい魔術師よ!」
「お母さんのわからずや!」
「わからずやでけっこう!家に錬金術師が二人もいるなんて、ぞっとするわ!」
花火そっちのけで言い争いをはじめたメレッタとアナに、クオードが仲裁にはいった。
「おまえたちいいかげんに……!」
だが、すぐにクオードは後悔した。
「お父さんがちゃんとお母さんを懐柔しないから、こんな面倒なことになるんでしょ!お父さんのせいで、錬金術師の印象が悪すぎるのよ!」
「まぁあなた!あのプレゼント、旅の記念とかいってそういう意味だったのね。あなたはメレッタの将来が心配じゃないんですか!」
娘からはふだんの家庭生活での態度を責められ、妻からは娘を悪の道にひきずり込むかのように責められ、クオードはサンドバックになり、あっという間にノックアウトされた。
ぐさりぐさり。刺さる。さっきからアナ夫人の話すひとことひとことが、ヌーメリアに刺さる。
わかっている。アナ夫人はべつにヌーメリアに対してなにか思うところがあるわけではなく、娘を心配しているだけだと。むしろ、そうやって心配してくれる母親がいるメレッタが、うらやましく思えたりもする。
けれど変人あつかい、錬金術師より魔術師、三十近くなってから後悔しても遅い……アナの言葉のひとつひとつに、自分でも同意してしまう部分があるから刺さるのだ。
自分はいいが、研究棟で育つアレクの将来までゆがめてしまうことになりはしないかと、ヌーメリアは心配になった。
アレクはウブルグと一緒に、爆撃具を転送魔法陣に投げこんでは、はしゃいでいる。ヌーメリアはその様子をそっと見守った。
「ほっほっほーぅ!だてに四十年も爆撃具を作っとらんよ!いや、しかし、花火か!爆撃具で遊ぶとは思わんかった!これは楽しいのう!」
「ふふっ、リコリスの町にいるリョークに、すごいライバルが出現したねヌーメリア!」
「そうね」
はしゃいだ声でアレクに呼びかけられて、ヌーメリアがうなずくと、アレクはキラキラした青い目で一心に花火を見あげている。
「リコリスの町にいる、みんなにも見せてあげたいなぁ」
空を見あげて笑顔で話すアレクの言葉に、ヌーメリアは胸がきゅっと締めつけられた。
あのとき、ヌーメリアにできた手として、あれは最上だった。アレクをあの両親から引き離したのは、正しい判断だったと思う。
でも、ふとした瞬間思うのだ。アレクを故郷から連れだして、本当によかったのか?親から引き離すのが、本当に正解だったのか?
もしかしたら、あの事件で姉も改心してアレクに優しくなり、親子でそっと静かに暮らせるようになったのではないか。アレクを幸せにすることに、全身全霊を賭けたいと思う。自分の、自分たちのどうしようもない業に巻きこまれて、産まれてくることになった可哀想な子に、どうか幸せな人生を。
でも、それをやり切れるか……自信はない。責任を感じるからこそ、怖くなるのだ。こんな胡散臭い……錬金術師をやっている魔女のところに、連れてきてしまって本当に良かったのだろうか。自分はまだ、ネリアを手伝っているだけで、研究棟で何もなしとげていない。
「ヌーメリア!僕は本当にラッキーだよ!」
アレクに勢いよく話しかけられて、ヌーメリアの負のスパイラルに落ちこみかけていた思考は中断された。
「僕ね、ヌーメリアと王都にこられて、本当に幸せだよ!大変なこともあったけど、こんなに毎日が楽しいなんて!リコリスの皆に手紙を書いて、知らせてやるんだ!」
今が幸せなら。
過去にどんな大変なことがあっても。
なんてことない。
「アレク……」
不意を突かれて、ヌーメリアは泣きそうになった。あわてて目元に手をやると、そっと横から紺色のハンカチが差しだされる。いつの間にかヴェリガン・ネグスコが隣にきていた。
「ちゃんと洗ってある……から使って……その、紳士のたしなみ……だから」
どうやら、『泣いている女性にはハンカチを差しだすべし』を実行しているらしい。
「ありがとう、ヴェリガン……あなたはとっても素敵な紳士よ」
ヌーメリアはヴェリガンの手からハンカチを受けとり、目元を押さえるとふわりと笑った。
アレクだけじゃなく、僕も……本当にラッキーだ……。
ヴェリガンは思った。マウナカイアビーチで、ヴェリガンはいつもよりがんばった。
その一、ヌーメリアに『素敵』と、ほめられた。
その二、涙ぐんだヌーメリアに、ハンカチを差しだすことができた。ちゃんと浄化魔法だけでなく、きっちりアイロンをかけたものをだ。アイロン魔法が上手くいかず、何回か手を火傷したが、そのかいもあったというものだ。
もう、これで、十分ではないか。あとはいつもどおり……見ているだけで十分。だけど……花火は人を大胆にさせる。
もう少し……あとほんのちょっとだけ……勇気をだしてみようか。
「ヌー……メリア」
緊張のあまりかすれてしまった声は、ヌーメリアの耳にちゃんと届いた。灰色の髪と瞳を持った、心優しい魔女がゆっくりとこちらをむく。
ヴェリガンの心臓が早鐘を打つ。
早く、早くいわなければ!
早く!
「お……」
緊張のあまり、しゃっくりがでそうになって、声が裏返った。
「お手を……どうぞ」
段数にして三段。たったそれだけの段差を降りるだけだった。ヌーメリアは、軽く目を見開いた。
(ヴェリガンはきっと……紳士の見本を……アレクに見せてくれようとしてるんだわ)
ならば、わたしもそれに応えなければ。右手でドレスのすそを優雅につまみ、左手を差しだされたヴェリガンの右手にのせる。
そして流れるようなゆるやかな動きで、一段一段降りながら……しっかりとヴェリガンの目を見つめ、淑女の微笑みを浮かべた。
「ありがとう、ヴェリガン……あなたは本当に……素敵な紳士ね」
ヌーメリアははじめて、ヴェリガンの顔をちゃんとみた。ネリアの作戦のおかげで、こけていた頬に少し肉がつき、おちくぼんで骸骨のようだった目もとも、ちゃんと見れる程度にはなっている。空で花火がはじけ、ラピスラズリの黄鉄鉱のような光の華が、ヴェリガンの青みを帯びた黒にも見える紺色の瞳に散る。
手を預けるのは信頼の証。私はひとりじゃない……アレクには、ヴェリガンもネリアも関わってくれている。ひとりでは大変なことでも、みんなで考えればきっといい考えがうまれる……。
そっとのせた手に信頼の情をこめれば、差しだされた手にも、かすかに力がこもった。
(素敵な紳士……ヌーメリアが僕を、そう呼んでくれた)
いつもうつむき、誰とも目を合わせないようにして、隠れるように研究棟の地下で過ごしていた彼女が、きちんとヴェリガンの目を見てくれたのは、これがはじめてだった。
それは本当に、当のふたりにもわからないほどの、小さな変化だった。
ありがとうございました!












