193.別荘での準備(メレッタ→ロビンス視点)
よろしくお願いします!
「何なの、これ⁉」
カディアンとともに広間に呼ばれたメレッタはさけんだ。広間には大きな箱が二つ、箱の側面がひらき、なかが見える状態で置かれている。カディアンも箱の中身を食いいるように見つめた。
「俺とメレッタがともに呼ばれたということは、これはもしかして……」
「そうよこれ……ライガだわ!ネリス師団長のとも、私たちが組み立てたのともちがうけど!」
さんざんグレン老やネリアの書いた術式を読み、自分たちのライガの各部分の細かいパーツを、ひとつひとつ手作りしたのだ。
箱の中身はまだ組み立ても終わってないバラバラの部品だが、メレッタにはこれがライガの部品だと、ひと目でわかった。
「それは僕が自分用に製作したライガだ」
「ユーリ先輩⁉」
遅れて部屋に入ってきたユーリは、箱の中から包まれたライガの部品をとりだし、梱包をほどきながら、破損がないかひとつひとつチェックする。
「これはまだ未完成なんだ。自分の……成長後の魔力がどれぐらいで安定するかわからなかったから、最後の仕上げができなかった。それにネリアのライガみたいに収納はできない」
「それにしたってすごいです!これはちゃんと飛ぶのね!そうしたらネリス師団長のとあわせて二台になるわ!」
メレッタは紫の瞳を輝かせたが、ユーリは首をふった。
「まだだ」
「え?」
「いったろう?未完成だし、最後のチェックも終わってないんだ……ぶっつけ本番で、海上で飛行テストをおこなう」
「兄上、それって……」
カディアンが息をのみ、ユーリがうなずいた。
「ああ。僕のライガの仕上げを、君たちふたりに手伝ってほしい。このまま飛ばしても機体がバラバラになりそうで自信がない」
「ぜひ、やらせてください!」
メレッタの頬が上気した。私、やっぱりライガが好きなんだ!……と実感した瞬間だった。ビーチでの水遊びも楽しいけれど、やっぱりライガが一番ワクワクして興奮する。
「ありがとう、僕はちょっとクッキーを焼いてくるから、ふたりで準備をはじめててくれるかな」
ネリス師団長とオドゥ・イグネルが行方不明になって、きのうは大騒ぎだった。
だからそんな場合じゃないのはわかっているけれど、ユーリが広間をでていき、メレッタは箱から取りだしたライガの部品を並べながら、興奮がおさえられなかった。
「職業体験、ムダにならなかったわね。またライガにさわれるなんて夢みたい!」
メレッタの頭が動くと、彼女のカチューシャに留められた花飾りもいっしょに動く。カディアンは部品の術式をチェックしながら返事をした。
「……メレッタは本当にライガが好きだな」
「そうよ!カディアンはそうじゃないの?」
「俺は……たしかに大空を飛ぶのは気持ちいいとは思うけど、そこまでは」
「そうよねぇ、カディアンは竜騎士になるんだものね。ドラゴンでレインさんみたいにすいすい空を飛ぶんだわ」
「そうだな」
そう、カディアンは最初から竜騎士志望だ。いまも補佐官のオーランドがくわわって、日々の鍛錬は激しさを増している。
「でも私、カディアンがいたから安心して飛べたのよ。ものすごく安全に気を遣って、何度もチェックしてくれたでしょう?」
「そうなのか?」
思わず顔をあげたカディアンにむかって、メレッタはにっこり笑った。
「ええ、安全に着地できるからこそ、楽しんで飛べるんだもの。ユーリ先輩のライガもしっかりチェックしてね、カディアンの仕事はいつもとても丁寧だわ!」
「あ、あぁ……もちろんだ」
「さ、がんばりましょ!」
図面を見るフリをして下をむいたカディアンの耳は、ほんのり赤くなっていた。
談話室に残ったロビンス先生はお茶の用意を頼み、レイクラにもすすめた。
「レイクラさんもいかがですか?お砂糖は?」
レイクラがおずおずとカップに口をつけると、そのまましばらく、ドレスに使われる古代文様の話をする。内容は店にきていたネリアとも話したことなので、レイクラも臆せずきちんと答えられた。
「ありがとうございます。古代文様の生きた使われかたを知れて、たいへん興味深い。ネリス師団長の土産話も楽しみですな」
「すみません……あたしがこんな騒ぎを引き起こしてしまったばっかりに」
椅子のうえで小さな体をさらに縮こませたレイクラを、ロビンス先生はおだやかにみつめた。
「レイクラさん、貴女はずっとご自分を責めておいでだ。カナイニラウにいかないのは、自分への罰なのですか?」
声をかけられたレイクラは、目をしばたたかせた。
「あたしはわがままだったんです。海で暮らしてたときは、マウナカイアに帰りたくてたまらなかったのに、戻ってきたら今度はカナイニラウに戻りたくてたまらなかった」
「故郷は誰でも恋しいものです。ですが傷つけたと思うその相手が、レイクラさんにとりたいせつなかたであるならば、自分で自分を罰するのではなく、まず相手に謝罪しその相手に罰を決めさせるべきでは?」
「相手に決めさせる……」
「そうです。ただし相手がどんな態度をとったとしても、それを受けいれる覚悟を持たねばなりませんが」
「覚悟……」
しばらくレイクラは黙ってから、ぽつりぽつりと話しだした。
「あたしは年老いてしまった自分をみられるのが怖くて。けれど思いきる勇気もなくて、いつか海王様が会いにきてくれるんじゃないかと、望みにすがっていました。でもそれだけじゃダメなんですね……ちゃんと海王様に会って謝りたい。説明しても許してくれないかもしれないけれど、もういちど会いたい……会ってちゃんと……」
「だれしも勇気をだすときは、怖くてたまらないのですよ。白状しますとね、私も今回ドラゴンに乗るのははじめてで、怖くてたまらなかった」
ロビンス先生は両手で、レイクラの手を包みこむと、安心させるようにほほえんだ。
「けれど勇気をだして乗ってみたらば、なんてことはなかった。なんと雲のうえを飛んだんですよ。私はドラゴンからの眺めに夢中になってしまい、チビるかもとズボンの替えを持っていたのに、必要ありませんでした」
「まぁ!」
ロビンス先生のおどけた物言いに、レイクラがようやく、はじめて笑顔をみせた。
「あなたも勇気をだして一歩踏みだせば、いままでとはまったくちがう景色がみられるかもしれない」
ロビンス先生はレイクラにほほえんでから、立ちあがった。
「さて、では部屋で休ませてもらいますよ……カナイニラウの門がふたたびひらくときには、ぜひとも立ち会いたいのでね」
ウルア・ロビンスが廊下にでると、ユーリもちょうど広間からでてきたところだった。
「ロビンス先生、部屋で休まれますか?」
「あぁ」
ロビンス先生のために脇にどいたユーリの横を通ろうとして、ロビンス先生はふと思いだしたように立ちどまった。
「ユーリ・ドラビス……きみは探しものをみつけたようだね」
「探しもの?」
「きみは、学園時代はいつも『何か足りない』という顔をしていた」
「……僕はそんな顔をしていましたか」
ロビンス先生は懐かしむように目を細めると、窓のそとをみつめた。
「正直、第一王子であるきみに足りないものなんて、みつからないのではないかと思っていたが、君はちゃんと、みつけたようだ。うれしいね……こうやって生徒たちの成長を見守れるのが教師の醍醐味だ」
窓のそとに目をむけたまま、ロビンス先生はつづける。
「私は教育者である自分に誇りを持っている。だが、ネリア・ネリスに会ったとき……研究者としてのグレン・ディアレスが心底うらやましくなった」
ユーリはハッとした。窓の外をみるロビンス先生の目に、涙がにじんでいたからだ。
「グレン……あなたはなんという……」
それだけいってロビンス先生が数回まばたきをすると、あるかに思えた涙は消えいつもの優しいおだやかな光が瞳にもどる。
「ユーリ・ドラビス、彼女から目を離してはいけないよ。彼女こそグレン・ディアレスのもたらした、最大にして最高の奇跡だ」
「ロビンス先生……?」
ユーリの問うような視線を受けとめ、ロビンス先生はゆっくりと口ひげの生えた口元に人差し指をあてた。
「いいね……私ときみだけの秘密だ」
ありがとうございました!
 









