19.襲撃
『ギャオオオオオオ!』
『敵襲!』
辺りは硝煙の匂いが立ちこめ、ドラゴンの雄叫びと、竜騎士たちの緊迫した怒鳴り声が飛び交う。
わたしはあわてて鞄からグレンの仮面を取りだした。この白い仮面はいわば防護マスク、実験の際にでる有毒ガスや閃光から身を守るためのものだ。
それがこんな所で役に立つとは。顔は見えなくなるけれど、仮面をつけている当人の視界は良好という魔道具だ。
『攻撃陣を確認!数三!爆撃具の転送と思われる!』
『クッ!自国の竜騎士相手に爆撃具だと⁉︎ヤツら何考えてる!』
「防御陣展開!体勢を立て直せ!大部分はめくらましだ!」
ドラゴンを使うなら、ウレグ駅からシャングリラまで一直線に空を飛ぶ。
錬金術師たちはルートから通過時刻を予想して、遮るものが何もない川の上空で、竜騎士団に攻撃を仕掛けたのだろう。
戦力だけならドラゴンに勝てる者はいないけれど、人は道具を使うことができる。魔道具使いのエキスパートである錬金術師たちが、正攻法でくるはずもない。
竜騎士団もそれは予測していたようで、ライアスの呟きが耳に入る。
「錬金術師たちのことだ……えげつない攻撃をするのではと思ったが、やはり奴らとは絶対仲良くなれそうもない」
上下で警護にあたっていた白竜たちが激しく動きまわり、防御陣を展開し爆風の直撃を防ぐ。
竜王ミストレイは全く速度を落とさず、この程度の揺さぶりで動じたりしないというふうに、悠然と爆音と閃光の中を突っ切っていく。
感覚が鋭敏なドラゴンにはこの爆音と閃光、硝煙の香りはきついはずだけど、防御陣、身体強化、風の守護等を駆使して体勢を維持している。
おかげで激しい戦闘の最中でも、わたしはまわりを見回す余裕があった。
(転送魔法ということは、仕掛けてきた本人は近くにはいない……だけど!)
『転送第二波来ます!攻撃型オートマタ、数三十!』
「魔法陣を迂回!オートマタは距離をとり雷撃っ!」
魔法陣からポロポロとこぼれるように、機械仕掛けの黒い蜂型のオートマタがあらわれた。大型犬ぐらいの大きさの黒蜂は、ブゥン……!と唸るような羽音を響かせて機敏に動く。
(まるでタイミングを計ったように攻撃がくるということは、どこかでこの様子を監視しているはず!)
「ライアス!敵は近くに居て、どこかで様子をうかがってる!きゃああっ!」
ブゥン……!
耳障りな羽音がすぐ近くで聞こえ、オートマタの黒蜂は白竜たちには目もくれず、ミストレイに乗るわたしに向かって攻撃してきた。しかもお尻の毒針が鞭のようにびゅんとしなり、こっちに向かって伸びてくる。
(ひぃいいいい!変な改造しないでよぉっ!)
蜂は蜂のままで飛んでいただきたい。鞭のようにしなる毒針なんて、よけいな改造しないでほしい。
「ネリア!頭を低くっ」
ライアスが招喚した槍から雷撃を放ち、オートマタを行動不能にして、そのまま大きく槍を振って叩き落とした。
「狙いはネリアだ!近寄らせるな!レイン!魔法陣から転送の起点を追えるか!?」
『了解!アマリリスが向かう、援護頼む!』
『クレマチス!援護入れ!』
アマリリスが魔法陣に向かっていく。転送されるのがオートマタならともかく、もし爆撃具だったら非常に危険だ。
(敵はどこ⁉︎どこにいるの?)
『奴らに頭脳はない!ただの人形だ!片っぱしから撃ち落とせ!』
(どこから爆撃具やオートマタを送っているの?)
姿勢を低くしたまま、一生懸命の目を凝らして周囲を見回す。ここは見通しのいい川の上空で、近くに建物もない。川幅の広いマール川の水面はキラキラと、上空で激しい戦闘が起きているにも関わらず、穏やかにさざ波が光っている。
(鳥の目を使って監視してる?でもそれだと視点が不安定だわ)
ミストレイの上から丘や川岸の岩、灌木など身を隠せそうな場所を探す。その間も黒蜂や爆撃具は送られてくる。
(あれだけの数の爆撃具やオートマタを隠して、この戦闘を監視しながら……身を潜ませられる場所)
わたしは眼下のマール川を見下ろした。川の水は濁っており透明度は低い。
(……っ!もしかして!)
「川!川を探して‼︎おそらく起点は川の中に!」
何かを吐きだそうとする魔法陣に、アマリリスで接近したレインが探索魔法を放つ。魔法陣が赤く発光すると、それと同時にマール川の水中も赤く光る。
『起点発見!距離八十!川底だ!』
そのとき魔法陣から出現した爆撃弾がアマリリスの翼を直撃。閃光と衝撃で白竜が大きくバランスを崩す。
ギィヤアアアアアアア!
「レインさん‼︎」
「ミストレイっ!各自衝撃に備えろ!〝鉄槌〟で川底をえぐる!」
『ヴォオオオオオオオ‼︎』
ミストレイが呼応するように唸り声をあげ、『竜の鉄槌』と呼ばれる衝撃波を放った。
ドオオオオオオオオオオオン!!!
その瞬間、川から水が消えた。
大量の水が吹き飛び、衝撃とともに川底から跳ね飛ばされて宙に舞ったのは。あり得ないほどの大きさの……そう二階建の家ぐらいはある、
巨大なカタツムリだった。
それを横目に、わたしは自分の体を留めていた固定具を外し、ミストレイの背から飛びだした。
ありがとうございました。