188.牢獄はやはり牢獄と知る。
よろしくお願いします!
「ところでさぁ、『海の魔女の牢獄』って何なの?ネリアは危ないところに閉じこめられてるわけじゃないよね?」
オドゥが質問すると、ナジは教えてくれた。
「そこが一番王宮で頑丈なんだ。二百年前にカナイニラウを守護する『海の精霊の力のカケラ』を手にいれ、『命の水』の湧く場所を知る魔女リリエラが閉じこめられている場所だ」
オドゥは魔女リリエラではなく、『命の水』という単語に反応した。
「『命の水』が湧く場所……?」
「そうだ。『命の水』が湧く場所は、海の精霊以外では海王ぐらいしか知らない、大切な場所なんだ」
「そう……それをリリエラは知っているんだね」
オドゥが考えこむように呟くと、カイがたしなめた。
「おいオドゥ、変な考えはやめとけよ。リリエラから場所を聞きだせたとしても、『命の水』は人間が手にいれるのはむずかしい」
『人間が手にいれるのはむずかしい』
「……グレンもそう言ってた」
「なんだ?」
「何でもないよ。それで、ネリアをどうやって助けだす?」
オドゥは顔を上げ、カイにむかって人のよさそうな笑みを浮かべた。
さっきまで牢のなかでくつろいでいたリリエラの雰囲気が、一変するとピリピリと殺気立ち、顔をあげて上をにらむ。
「だれかきたようだね……それも大勢だ」
「えっ?」
わたしもつられて牢獄の格子越しに上を見るけれど、まだ何の変化も感じない。
「奴らのめあてはきっとあんただ。あんたはまだ話ができないフリをしときなよ。あたしは寝るからさ」
そういうなり、リリエラはごろりと床に転がった。長い髪に顔も体も埋まり、床にはただ長い藍色の髪がうねうねととぐろを巻いて山を作っているようにみえる。
「リリエラ?」
呼びかけても返事は返ってこない。リリエラの様子を見ているうちに、牢獄と牢獄の間の空間に、人魚たちが降りてきた。
彼らはリリエラのほうには目もくれず、わたしを見ては互いに目くばせをするだけで、何も喋らない。それぞれ持っていた網籠から、なんだか丸い物を取りだして格子越しに差しだしてくる。
それを受けとると、彼等は身ぶり手ぶりで、どうやら「食べろ」と言っているようだ。そのうちのひとりが同じものを手に取って、口を大きく開けるとかぶりついてみせた。
おなじようにしろということかな?
パクリとかぶりつくと、水まんじゅうのような感じで、ぷるぷるとしたゼリー質のものに包まれたなかにとろりと甘い餡が入っている。ん~なんだかわからないけど、おいしい。
にっこり笑ってみれば、人魚たちはものすごく大喜びし、手を振ってみればさらにテンションがあがり、次々に格子から食べものを渡して勧めようとする。
毒でもなさそうなので、もらって食べてながらしばらく観察していると、どうやら人魚たちはたがいの意思疎通はできているようだ。
(もしかして……わたしに聞かせるつもりがないだけで、本当はしゃべっているとか……)
そう思ったわたしは、彼らの会話を聞きとれないか試してみた。ラジオのチューニングを合わせるような感じだ。
(グレンの言語読解の術式は、人魚の言葉も網羅しているってことは……聞こうと思えば聞こえるはず)
しばらく試行錯誤して、ようやく彼らの波長にあう術式をみつけた。
けれど、会話が聞きとれてよかったかというと、わたしは微妙な気分になった。
(なんだろう、これ……動物園のパンダになった気分)
だってわたしがひとくち何かを食べると、一番手前の人魚が身もだえして叫ぶ。
「おおお!俺の差し入れ食べてる!食べてるよぉ!可愛いなぁ」
「俺のも食ってくんないかなぁ」
食べた後、指をうっかり舐めてしまった時は、左端にいた人魚が叫んだ。
「いまの見た⁉指、指舐めたよねぇ!可愛かったなぁ!」
ねぇ恥ずぃ……食べてるとこガン見されるって、めっちゃ恥ずかしいんですけど!
そして、牢獄はやはり牢獄なんだと知る。
丸見えだ!何をしてもめっさ丸見えだ!
人魚たちはいい。わたしが手を振っても何をしても「可愛い!」「尊い……」「眼福!」とか言いながら喜んでいる。
だけど、牢から出してくれるわけじゃない。「抜け駆け防止だから」とかなんとか言いながら、ただ眺めているだけだ。
わたしは悟った。
リリエラ姐さん……あんたにならうことにするよ!
わたしは寝顔を見られないように見物客に背を向けると、床にベタっと寝た。
あれだ、兄ちゃんのお宝、ベッドの上のグラビアアイドル的要素を、自分からとことんなくす!あるのか分からないけど!自分のただでさえ少ない色気を、そぎ落とすことにする。
わたしはベッドの上でちょっと恥ずかしそうな、グラビアアイドルではない!
「ああぁ、寝ちゃったよ。お眠なのかなぁ、もう少し見たかったのに」
「いやもう少し待てば、寝返りしてくれるかもしれないぞ」
わたしは動物園で寝返りをする、愛くるしいパンダでもない!
「もぞもぞ動いてくれたらいいのになぁ」
「たまにピクッとするんでもいいよな」
「ツンツンしてみる?」
微動だにせず、自分のただでさえ少ない色気を、とことまでそぎ落とすこにする。
わたしはえーと、そうだ、あれだ!
雨上がりにでかけてうっかりダンプにひかれた、哀れなヒキガエルのぺちゃんこちゃんだ!
見ても何にもいいことない!
だからさっさと帰ってほしい……。
「こうしちゃいられねぇ……この子が牢から出されたら、一番に着るドレスをプレゼントするんだ!」
「おい、ぬけがけはなしだからな!」
「また差しいれにこようぜ!」
彼らの話を黙って聞いていると、これからわたしのためのドレス作りに励むようだ。だれひとり、ここからわたしをだそうとは、考えないらしい。
わたしはヒキガエルのぺちゃんこちゃん……ぺちゃんこちゃん……。
やがて飽きたのか、人魚たちはいなくなったけれど、慣れないせいか会話を聞きとるだけでも異様に疲れた。
ため息をついてわたしが身を起こすと、リリエラもようやくけだるげに髪をかきあげて、起きあがる。
「ようやくいったねぇ。浮かれちゃってまぁ」
「あの人魚たち、リリエラのほうはちっとも見なかった」
そういうと、リリエラはゆったりと座りなおして艶然と笑った。
「だから言ったろう?あたしはここで朽ち果てるのを待たれている『極悪人』だって。でもよかったじゃないか、あの様子じゃあんたはすぐにここから出られそうだ」
「リリエラはどうするの?」
「どうもしないさ。ただここで待つだけだよ」
何を……とは言わず微笑むリリエラは、ただ朽ち果てるのを待っているだけには、とても見えなかった。
ありがとうございました!












