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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第六章 ネリアと人魚の王国

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186.カナイニラウ探しと海の魔女リリエラ(ユーリ→ネリア視点)

よろしくお願いします!

 白い泡となって砕け散る、渦巻く紺色の海をまえにしながら、僕にはなすすべがなかった。


 転移陣に飛びこむとき一瞬だけためらった。いまここで立太子を控えた自分が姿を消したら大騒ぎになる……それがすべてだった。飛びこんだのはオドゥだった……あのときなぜあいつはあらわれた?


 店に一旦戻ってみたが、『カナイニラウ』という店にはもう何のてがかりもなかった。


「王都へ知らせますか……?」


「いや……レイクラを保護し別荘へ戻ろう」


 こんなときにネリアの立場の不安定さが浮き彫りになる。もともといなかった人間が、またいなくなったというだけだ。


 先の師団長のグレン・ディアレスも、いちいち行き先を告げてでかけるような人物ではなかった。今回も、ネリアが気まぐれにでかけたのではないか?と言われればそれに反論する手立てはない。


『錬金術師団長』が行方不明……となれば、国をあげて捜索することはできる。少なくともあの二人なら、真剣に探そうとしてくれるだろうが……。


 だがそれは、この広い海を前に『カナイニラウ』の場所を探すのと同じだ……闇雲に探すよりも何か手がかりを見つけだしたい。


 すべてを覚えきれたわけではない……だがオドゥが飛びこんだのは転移魔法陣だった。だいぶ原始的なかたちだったが……必死に記憶をたぐって手を動かす。


「オーランド、最後にカイが海に描いた転移魔法陣がこれだ。この解読を魔法陣研究の第一人者である、シャングリラ魔術学園のウルア・ロビンスに依頼したい。できれば招聘を……学園は夏季休暇中だ」


「かしこまりました」


「テルジオ、ソラに連絡をとり僕の研究室にあるいちばん大きな箱をふたつ、こちらに送るよう手配してくれ」


「殿下……もしや、おひとりで対処されるおつもりですか?せめて竜騎士団か魔術師団に連絡を……」


 僕は首を横にふった。


「それはもちろんだが、あの二人はいまはモリア山だ……まずは錬金術師団の総力を挙げて、ネリアとオドゥ、それとカナイニラウをみつけだす……オドゥの『使い魔』はどうしてる?」


 僕の問いに、ヌーメリアが答えた。


「さきほどオドゥの部屋に戻ったようです……いまは羽をやすめています」


「使い魔が生きているならオドゥも生きている。オドゥが生きているならネリアも無事だ……そう信じるしかない」


 僕は大きく息を吐いた。


 いまになって自分が『竜王』との契約を終え、母譲りの榛色の髪と琥珀の瞳が赤く染まったときのことを思いだす。


「よかったこと……エクグラシアを支える、ドラゴンの契約者として認められたのですね」


 そういった母の顔は、「兄上すごい!かっこいい!」と喜ぶ弟とはちがい、ほほえみながらもとても寂しそうにみえた。


 母のその寂しさに、父も僕も向き合ってきただろうか。


 ネリアが僕の手から届かない、どこか遠くに行ってしまいそうに感じる僕の寂しさは、あのときの母の寂しさと似ているのかもしれない。あのとき、母の本音はどうだったのだろうか。


 このままでは僕は、彼女に『鳥籠のような自由』しか与えられない。そんなことあるはずがない……と思いつつも、ネリアがカイに差しだされた手をとって、どこかに行ってしまうのではいかと。


 そして現実は思ってたのとは違うかたちで、僕に事態をつきつけてきた。






 銀の髪をもつ魔術師レオポルドは、黙とうをおえた。いま彼はモリア山中の落盤事故の現場にきていた。そこにいる誰もが、彼の母……レイメリア・アルバーンがそこで絶命したのを知っている。


 これより先、ミスリル鉱石が採れる深部では、『エンツ』での連絡もままならなくなる。


 一瞬だけ、彼の長い指が収納ポケットの術式に、その存在をたしかめるように触れた。


「……行こう」


 それぞれが身体強化や防御魔法をかけたあと、レオポルドが広範囲に索敵の魔法陣を放った。周囲に存在する魔獣の種類や数といった情報が、瞬時に部隊に共有される。


 その黄昏色の瞳は前をみすえたまま、先導するドラゴンたちのあとに続き、モリア山の最深部に入っていった。





「ふうん……それじゃあんた、海王妃のドレスを着ただけで、陸からカナイニラウに跳ばされて、王宮に着いたとたん、牢にいれられたってわけだ。そいつはひどい仕打ちだねぇ」


「うん……」


 わたしはリリエラという魔女をあらためて観察した。リリエラはゆったりと、肉感的なラインを際立たせるかのように、長椅子に寝そべるような恰好で岩にもたれて横たわり、時折ヒレを揺らめかせている。


 絶世の美女であることはいうまでもなく、藍色の髪は身の丈よりも長く床にとぐろを巻いてうねり、髪と同じ色の瞳は黒目がちで大きく、じっと見つめられると魂まで吸いとられそうだ。


 冷たい光に照らされた美貌は、冴え冴えとしつつも肉感的で、ほほえむ唇だけが赤みを帯びている。


 そしてつい目がいってしまうのが、両手首と細くて長い首に、それぞれ取りつけられた三本の鎖だった。鎖の長さは身動きできるほどのゆとりはあるものの、牢の中で自由に動いて回るのは無理そうだ。


「どうしてリリエラは、こんなところで鎖につながれているの?」


 そうたずねると、リリエラは驚いたように目を見開いた。


「あたしもヤキが回ったもんだねぇ……これでもちったぁ名が知られていると思ってたんだけど」


「あっ、ごめんなさい……わたし特別に一般常識にうとくて」


 もしかして有名な魔女なんだろうか……ん?でもカナイニラウが人間との交流を断って二十年以上経っているんだから、わたしが知らなくても不思議じゃないよね?


「それでどうして?」


 もう一度聞き直すと、リリエラはくっと口の端をあげて妖艶な笑みを浮かべた。


「野暮だねぇ、痴情のもつれに決まってるじゃないか」


「えっ?えっ?えぇっ?それで鎖につなぐって……それ、どう見ても監禁するやつらのほうがヤバいよ!」


 わたしが面食らっていると、リリエラは「くっ……くくく」と、こらえきれないように笑いはじめ、しまいには大爆笑した。


「あはははは!あぁおかしい……ひさびさに笑ったよ。あんた本当にあたしを知らないんだね」


 もしかして、からかわれた⁉︎リリエラは鎖のはまった自分の手首にふれると、その感触を確かめるように手でさすった。


「昔のあたしは、魔力も強くて海王も一目置く存在だとおごっていた。自分の力を試したかったのかもしれない……盗もうとしたのさ、海の底に眠るという精霊が守る『命の水』をね」


「命の水?」


「生命が誕生した源流ともいわれている……命が生まれでる場所に流れる水、それが湧く場所がカナイニラウの近くにあるんだよ。海の精霊はそれを守っている……それをあたしは盗もうとしたのさ」


「命が生まれでる場所……命の水が湧く場所……」


 何だろう……何かひっかかる……グレンは昔、ここに何をしにきたんだろう。


「あたしは見ちまった……その場所をね。それに命の水は手にいれられなかったけれど、精霊の力のカケラは手にいれた」


 リリエラが自分に繋がれた鎖を、ジャラリと揺らした。


「あたしが鎖につながれているのは、命の水の湧く場所を知る『極悪人』だからだよ」


「それだけで?」


「それだけじゃない……あたしが手にいれた精霊の力は、カケラといえどもすさまじいもので……だからみな、あたしがここで朽ち果てるのを待ってるのさ……けれど、あたしは精霊の力のおかげで、そう簡単にくたばれなくてね。おかげで暇と退屈を持てあましてるってわけ」


 頬杖をついて、紅い唇をとがらせるリリエラは本当に退屈しきっているようだった。


「まぁ『脱獄』したいのはやまやまだけどね……あんたなら牢を壊せばでられるだろうけれど、あたしはこの鎖をなんとかしないことにはどうしようもない」


 リリエラはため息をつくと、自分に繋がれている重そうな鎖を持ちあげて見せた。

ありがとうございました!

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