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181.少しだけ勇気を(ユーリ→ヴェリガン視点)

よろしくお願いします!


 王家が所有する別荘の二階にある執務室で、ユーリはオーランドから二つの資料を受けとった。


「ユーティリス殿下、こちらが王都からとりよせたマウナカイアおよびカナイニラウに関する資料です。それとこちら……グレン・ディアレスが二十五年ほど前に訪れたときの記録が、マウナカイア駅の資料庫にございました」


「ありがとうオーランド、テルジオに休みをあげたぶんきみを働かせてすまないね」


 資料を受けとりながらねぎらうと、オーランドは銀縁眼鏡のつるをくいっと持ちあげた。


「私はかまいませんが……殿下はもうすこし静養されたほうがよろしいのでは?」


「心配いらないよ、契約完了前からずっとネリアにサプリメントをとらされていたし……それに気になるんだ」


「人魚が、ですか……?」


 資料をめくりながらユーリは記述を追っていく。


「こうしてみると文献で残されているものはすくないんだな……」


「マウナカイアはエクグラシアにとっては南のはずれですし、ドラゴンもここまで飛ぶことはあまりなかったようです。港湾都市タクラのほうが重要でした」


「魔導列車がはしる以前は、もっぱらドラゴンで飛ぶか海路でくるしかなかった土地だからか……マウナカイアに飛んだ竜騎士たちの記録がないか、竜騎士団に照会してみてくれ」


「かしこまりました」


 オーランドが部屋をでていき、ユーリは椅子にすわったまま伸びをした。


 別荘の二階は窓をあけはなつと風通しがよく、海を見おろせる絶好のロケーションだ。ユーリはぼんやりと海をながめた。


 ネリアが楽しそうに過ごしてくれているのはうれしいけれど……。


「僕とでかけるときはいつも〝仕事〟だもんな……」


 仕事に関係なくきみと二人ででかけたい……ほんとうはそういいたいのに、どう誘えばいいかわからない。オドゥやカイみたいにグイグイいくのは苦手だった。


「あいつらはどうしてああ気やすく誘えるんだ!」


 くやしまぎれに毒づいたら、ちょうどサプリメントを持ってきたヴェリガンが「ひっ」と飛びあがった。ちょっと気まずいが、聞かれたのがオドゥやテルジオじゃなくてまだよかった。


「ヴェリガンいたのか……」


「その……意識すると……誘えないよね」


 サプリメントをテーブルにそっと置いて、ボソボソとささやくヴェリガンの「わかるよ」といいたげな生暖かい目……もしかして仲間だと思われている?


  それはさすがにイヤだ……そう思ったとたん、ふだんはいわないきつめの言葉が口をついてでた。


「ヴェリガンはヌーメリアを見つめては、うつむいてもじもじしているだけじゃないか。僕はヴェリガンよりは勇気があるつもりだよ」


「勇気……」


 そうだちゃんと「いっしょにでかけたい」とネリアに伝えるべきだ。サプリメントを飲みほすと、ユーリは彼女を探しに部屋をでた。





 あとに残されたヴェリガンは肩を落としうつむいて台所にもどった。どうやら自分の気持ちはみんなにはバレバレらしい……なぜにバレてしまうのだろう。


『ヴェリガン……またお前は! 役にたたない雑草をはびこらせて!』


『ごめ……なさ……』


 子どものころからヴェリガンは、農場を営む両親にしょっちゅう叱られていた。


 センカズラの先っぽにでてくる芽の先端は美しい紫色をしていて、芽が伸びるときれいなグラデーションを作るのだ。


 それにみとれていたなんて、両親に話しても理解してもらえない。


 なぜなら農場の収穫はそのまま自分たちの収入になる。センカズラの芽をみたら即抜くべきなのにヴェリガンにはできなかった。


 ヴェリガンだって畑の作物をがんばって育てようとしたけれど、足元に生えたイバラバタチのほうが彼の魔力に反応してしまう。


『ヴェリガンお前だろ! 農園のいりぐちがイバラバタチの棘だらけじゃないか、ではいりするたびに痛くてしょうがないよ!』


 泣きながらイバラバタチを刈った……子どものころはそんな思い出ばかりだ。


 魔術学園に通い大人になったいまではちゃんと魔力を制御できるし、畑の作物も無事に育てられて雑草をはびこらせることもない。いまなら農場で邪魔にされることはないだろう。


 だが子どものころはいそがしい収穫期になると、タクラ郊外にひろがる樹海に住む祖母のもとへやられていた。


 うっそうとした樹海ならヴェリガンがどんな植物をはびこらせても、すぐに自然の一部となる。


 ついでに〝緑の魔女〟ともよばれる祖母に、ヴェリガンは薬草を使ったさまざまなレシピを叩きこまれたのだ。


『ほらヴェリガン、ちゃんとやりな。ここで覚えておけばあとできっと役にたつから』


『う、うん……』


 いまヌーメリアが真剣な表情で書きとめているレシピは、その昔ヴェリガンが祖母にどやされながら必死に覚えたものだ。


(ばあちゃん……役にたっているよ……)


 邪魔になったのかヌーメリアが顔にかかる自分の髪を耳にかけ、そのしぐさにうっとりとみとれた。もしも彼女がここで顔をあげ視線でもあおうものなら、気まずいことこのうえないが。


「ヴェリガンは薬草のレシピにもくわしいのね」


 書きとめながらヌーメリアが感心したように声をあげた。


「むずかしくない……寒い地域の作物は体を温める……暑い地域でとれるものは……体を冷やす」


 つまり寒い場所で採れる作物は体を温める性質があり、逆に熱帯で採れるものには熱をとり体を冷やす働きがある。だからひとは季節によって無意識に食べるものをかえている。


 ヴェリガンの実家はタクラ郊外の農園で、すぐ近くに医師がいるような街ではなかった。


 風邪や腹痛などちょっとした不調は身近な薬草を利用して対処するしかなく、必要にせまられて身についた知識だ。


「わたしも薬草についてはひととおり習ったのだけれど……その組みあわせやレシピについてはまだまだ不勉強だわ」


 ヌーメリアが肩をおとしため息をつくので、ヴェリガンは元気づけたくて必死に首をふった。


「ヌーメリアこそ……蒸留技術……すごい」


「そうね、毒の分離と精製は得意よ……アレクのためにもその技術を医薬品の開発に役立てたいわ。ネリアは何か考えているみたいだけれど」


「きみは……きっと……成功する」


 これからもそっと彼女が幸せになっていくところを見守れたらいい……そうほんのりと考えていると彼女の声が聞こえた。


「あなたもよヴェリガン」


 静かに、けれど力強くヌーメリアにいわれ、ヴェリガンは顔をあげた。


「え?」


「サプリメントにしろコールドプレスジュースのレシピにしろ……植物の力を活かす……と考えてみて? あなたにしかできないわ」


「植物……力……活かす」


「ネリアがいうには……地位もお金も手にいれたひとたちが、最後に欲しがるのは健康なのですって。『健康じゃないと人生を楽しめないもの!』といっていたわ」


「人生……楽しむ……」


「そうよ……あなたの力がひとびとの暮らしや人生を変えるのよ。あなたの考えるレシピがきっと役にたつわ……楽しみね」


 ヌーメリアはそういってやわらかくほほえんだ。身体のバランスが崩れて病気になるまえに体調を整える。


 病気を治すことも大事だが、病気にならずに健康な毎日を送ることができれば、それはどんなに素晴らしいだろうか。


 ヴェリガンはぽかんとした顔でヌーメリアのほほえみにみとれ、われに返るとあわててうつむいた。


(僕の力や僕が考えるレシピがひとびとの暮らしや人生を変える……それをヌーメリアは楽しみだといってくれている……)


 ヌーメリアにほほえみ返すことはできなかったけれど、彼女の言葉はとてもうれしかったし髪に隠れた耳は赤くなっているだろう。


(植物の力を……ひきだす)


 それは自分の力を、そして勇気を……自分の中からひきだしてくれそうな気がした。

ありがとうございました!

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