179.気を利かすオドゥ
ようやくペースが戻ってきました。
夕食のあと、アレクとともに部屋に戻ろうとするヌーメリアを、テルジオは追おうとした。
「あっ、テルジオ先輩!渡したいものがあるんだけど」
そこをオドゥにひきとめられ、テルジオは不機嫌な顔になった。早くしないとヌーメリアが行ってしまう。この時間に部屋まで訪ねたら、さすがにぶしつけだ。
「オドゥ、お前なぁ……!きのうだって俺にバシャバシャ海水かけやがって……」
このタイミングで声をかけてきたオドゥをにらみつけると、オドゥは眼鏡のブリッジに手をかけ、困ったように微笑んだ。
「テルジオ先輩、ゴメンって……おわびにいいものあげるから」
そういってさしだす数枚のメモを受けとり、ざっとテルジオは目を通した。
「これ……」
「それ、僕が調べたマウナカイアビーチにあるおしゃれなカフェとか、女の子が喜びそうな雑貨のお店のリスト。あしたテルジオ先輩休みもらったんでしょ?」
もしかしてオドゥは、テルジオが明日の休みになにをするつもりか、お見通しなのだろうか。そう思い顔を見かえすと、彼はこころえたようにうなずいて続けた。
「わかってるって……一人で行くのはつまらないよね、僕声かけておいてあげたから」
「は⁉︎」
声かけたって……マジで⁉︎
「だいじょうぶ!むこうも一人で行くのはいやだから……って悩んでたみたい。そういう店、興味あるみたいだよ」
「オドゥ……まさかそれって……」
オドゥはテルジオにむかって、茶目っけたっぷりに微笑む。
「ふたりで行ってきなよ、あしたサッと抜けだせばバレないって。別荘の転移用の結着点で十時待ちあわせ……って言ってたけど、それでいいかな?」
約束まですでに取りつけてある……如才のない男だが、まさかオドゥがそんな親切をするとは……。
「お前のことを誤解してた……オドゥ、お前いいヤツだったんだな……」
「やだなぁ、そんな感謝されるほどのことじゃないよ。じゃね、テルジオ先輩。あしたに備えて早く寝たほうがいいよ」
「あ、ああ!おやすみ!」
テルジオはオドゥに見送られて、メモを手にウキウキと自分の部屋にもどった。
オーランド・ゴールディホーンは、風の属性がないから文官という職業を選んだだけで、ライアス以上に竜騎士らしいというか、いかつい人だった。
本人は意識してないようだけれど、銀縁眼鏡をキラリと光らせながら、眉間にシワを寄せるだけで威圧感がただよい、びびったカディアンは夕食を終えるとすぐに、部屋にひきあげてしまった。
カディアンとともにユーリもいなくなり、キラキラ王子様がいないので、アナもメレッタとともに部屋に帰った。
ヌーメリアもアレクを寝かせるためにいなくなったため、談話室が一気に大人の雰囲気に変わる。
わたしは、オーランドから聞く学生時代のライアスやオドゥ、レオポルドの話が新鮮で、彼の話を聞きたくて談話室に残った。
「それじゃ、オドゥたちって学園時代は一緒にバイトしたりもしてたの?」
「オドゥは『魔力持ち』のちょっとした仕事を見つけてくるのがうまかった。夏季休暇は六番街の船着き場近くの倉庫で、氷づくりのバイトをしていたな」
「まあね。夏場は氷の魔石の需要が上がって高くなるから、日払いですむ学生バイトは重宝されたよ」
オドゥは人数分のグラスを用意すると、グラスの上に小さな魔法陣を展開し、氷塊を出現させてコロンと落とす。棚に置かれた酒の瓶をとってそそぐと、わたしとオーランドに渡してくれた。
「わ、便利」
オドゥも自分のグラスを持ってソファーに身を沈めると、氷を揺らしながら柔らかく微笑む。
「バーのバイトもしたことがあるんだ。女性客には魔法陣をハデめに展開して雪を散らしたりすると、ウケがよかったなぁ」
「うーん……ライアスはともかく、レオポルドにはバイトしているイメージがないなぁ」
「接客業は無理かもね。あいつは休みでも公爵領に戻らず寮にいたから、声をかけたんだ。みんなで倉庫を氷で山盛りいっぱいにしたから、バイト先の社長は喜んでた」
オーランドから学生時代の三人のようすを聞いてみて、おどろいたのはオドゥの苦学生ぶりだ。
オドゥはカレンデュラ近くの山間の集落出身だけど、入学前に起こった災害で村は滅亡したらしい。オドゥの家族はその時に亡くなったそうだ。自分の使い魔に妹さんの名前をつけたと前に言っていたけれど、妹さんが亡くなったのもその時なんだろうか。
天涯孤独になったオドゥは、魔術学園には奨学金をもらって通った。制服のローブや教科書は先輩が残した支給品でまかない、自分の小遣いはバイトで稼いでいたという。
「オドゥ、苦労したんだねぇ……」
「まぁねぇ、でもレオポルドやライアスにも出会えたし、寮生活は楽しかったよ。それに父との約束も果たせたしね」
「お父さんとの約束?」
「……日のあたる場所に行け」
オドゥはかけている黒縁眼鏡の感触を確かめるように、枠に手をかけてぽつりと言った。
「そう言われた。『こんな山間の集落に息をひそめるように暮らさなくてもすむよう、ちゃんとした学校をでてきちんとした仕事につき、地位と身分を手にいれろ』ってね。それが父の悲願だったのさ」
オーランドが乾杯をするようにグラスを持ち上げる。
「オドゥは優秀な成績で学園を卒業したし、いまでは王城づとめの錬金術師だ。亡くなられた父上も誇りに思っておられるだろう」
「そこはグレンに感謝だな。でも……」
オドゥはいつもの穏やかな笑みを消し、遠くを見るような目つきをした。
「なぜ僕は生き残ってしまったんだろう……とも思うよ」
「オドゥ……?」
「家族で笑いあった幸せな日々は、僕を置いて去ってしまった。僕だけが置いていかれたような気になるんだ」
家族を失った寂しさは、わたしにも少し分かるような気がした。もう二度と会えない……声を聴くこともできない……その寂しさはふだん忘れていても、日常の中にふいにあらわれる。
「だがお前は生きている。お前が生きているだけで、ご家族の存在は無駄にはならない。父上や母上に感謝して、これからも生きることだ」
オーランドがライアスそっくりの声で力強くいい、オドゥのその瞳は深緑の濃さを増したように見えた。オドゥはほの昏く笑い、ゆっくりとグラスを口に運んだ。
「そうだね、生きているからこそ、できることもあるからね」
翌朝十時に、テルジオはソワソワと別荘の結着点で人を待っていた。ふとみると、小径の向こうからヌーメリアがゆっくりと歩いてくる。
ほんとうに来た!ちょっと待て、なんて言おう!
俺はスマート!スマートな補佐官だ!……オーランドをまねしてキリッとした表情を作ると、ニヤつきそうになるのを押さえてさわやかに振りかえる。
「きょうはご一緒できてうれしいです!」
「そうか」
野太い声が聞こえ、ねっとりとした視線を向けるカーター副団長と目があい、テルジオは叫んだ。
「カーター副団長⁉︎」
なんであんたここに⁉︎
そのとき、カーター副団長の肩越しに、ヌーメリアが角を曲がっていくのが見えた。カーター副団長が渋い顔のままで言う。
「オドゥが言っていたのは、ほんとうだったのだな……しかたない、一緒に行ってやる」
「は?一緒にって……え⁉︎」
「私も娘から、旅の記念に妻への贈りものを買えと迫られてな……オドゥにどんな店がいいか聞いたら、お前も行きたがっていて、リストを渡したというじゃないか」
「えっ!じゃあリストをあげますから、夫人と一緒に行けばいいじゃないですか!」
「一緒に店になんか行ってみろ……小一時間は悩むぞ!しかも『この丸いのと四角いの、どちらがいいかしら?』と聞かれて『四角いの』と答えれば、『わたしは丸いのがよかったのに!』とさらに小一時間むくれるんだ……!『じゃあ丸いの』と言えば、『センスのないあなたがそう言うと、不安なのよね』と納得せん!……そんなのにつき合わされてたまるか!」
「だからって私と一緒に行かなくても……!」
「私が!一緒に行ってやると言っているんだ。遠慮するな!」
あんた、一人で行くのが嫌なだけだろうが!
(オドゥ、あいつ……覚えてろ!)
ひきずられるように結着点に連れていかれながら、テルジオはすぐに理解した。オドゥはカーター副団長に買いものにつき合えと言われ、それをちゃっかりとテルジオに押しつけたのだということを。
ネリアは何も考えずに受け取っていますが、王家所有の別荘だから、置いてある酒はきっと高級品。
ちなみに、ネリアが知っているグレンが飲んでいた『クマル』というお酒は、イメージ的にはウィスキーっぽいものですが、名前は『球磨焼酎』からとっています。