177.オーランドの反応
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にらみ合うかのように相対したオドゥとオーランドだったが、その緊迫感あふれるやりとりは、オーランドが緊張を解き、ライアスそっくりにくしゃりと笑ったことで、がらりと雰囲気を変えた。
「フッ、ああ言えばこう言う……相変わらずだな、オドゥ!何年ぶりか?すっかり立派になったな!」
「オーランドこそ!城で文官になったって聞いていたのに、相変わらずガチムチじゃん!」
笑顔で抱きあい再会を喜びぶふたりの様子に、わたしをふくめ全員がぽか~ん……とした顔になった。
「腕は衰えていないようだな!先ほどの打ち込みをすべて防ぎきるとは!」
「いや〜、兄さんの本気の打ち込みは、結構痛かったけどねぇ」
「しかし、いつの間に眼鏡などかけたのだ?」
「眼鏡は学園時代からかけてるよ……オーランドが卒業したあとかな?そうそう、ライアスの騎士団長就任おめでとう!」
「ああ、これもオドゥのおかげだ!」
抱きしめたオドゥの背中をバンバンとたたいたオーランドは、一旦体を離すと、こんどは真剣な表情でオドゥに言いきかせる。
「……しかし、さっきも言ったとおりあれは邪道だ。みだりに人前で使うものでは……」
「ユーリはちゃんとわかってるさぁ……ここがプライベートビーチで王城関係者しかいないから、使ったんでしょ?切り札は隠しておかないとね」
「切り札か、なるほどな」
「ええと、ふたりは親しいの?」
わたしがおずおずと聞いてみると、オドゥは軽く答えた。
「だってライアスの兄さんじゃん、学園時代からよく知ってるよ。鍛錬につき合え……って僕やレオポルドまでひっぱりだされてさぁ」
「あの二人といっしょに鍛錬を……」
「あははー僕、錬金術師志望だって、何度も言ったんだけどねぇ」
遠征前のふたりの手合わせを見学したことがあるけれど……オドゥもいっしょに鍛錬をしてたってこと?あれに混ざれるの⁉︎
小柄なわたしからだと、中肉中背のオドゥも見上げる形になるけれど、彼はいたって普通の体格で、そう筋肉質でもないし、荒事は向かなそうに見える。
「オドゥにはほんとうに感謝している。ただ鍛えるだけでは、動きが単純化してしまう。お前が鍛錬に加わったことで、ライアスは多彩な攻撃への対処法を身につけた。なにしろお前の勝つためには手段を選ばない攻撃は、容赦なく執拗に死角を突いてきたからな」
さわやかに笑みを浮かべるオーランドは、やはりライアスによく似ていて、その彼に礼を言われたオドゥは困ったように眉を下げた。
「うわぁ……そのほめ言葉だと、なんだか僕の性格が悪いみたいだね」
「オドゥ、強かったんだね」
「ええ?僕は山育ちだからさぁ、父に連れられて入学前から魔獣狩りをしてたんだ……それで狩猟に使う魔術の小技を覚えたんだよ。人間相手に戦ったことなんてほとんどないよ」
「だが一年生の時分ではオドゥに勝てる者はいなかった。彼は奨学金をもらうほど成績優秀だったし、女子にも一番モテていたからな」
オーランドの思い出のなかのオドゥが、やたらキラキラしている……なんだか信じられない思いでオドゥを見ると、彼は軽く肩をすくめた。
「まぁ、子どものうちは注目されても、大人になってみるとたいしたことのないヤツっているよね」
オーランドは銀縁眼鏡をかけ直して、つるをくいっと持ち上げると、眼鏡のレンズをキラリと光らせた。
「オドゥもこの島にいるのなら、あとであらためて手合わせを申し込みたい。いいだろうか?」
心なしか、オーランドは楽しそうだ。彼にとっては手合わせが挨拶がわりなのかもしれない……文官なのにガチガチに武闘派な人だ。オドゥは眉を下げて困ったように微笑むと、わたしの背後からわたしの両肩に手を置いた。
「やめとくよ。いまの僕は師団長のネリア・ネリスを守ることに命を捧げると決めているからね。ケガなんかしたら、ネリアを守れなくなっちゃう」
いっ⁉命を捧げるなんて……聞いてないんだけど⁉
ぎょっとしたわたしの頭上で、ふたりの会話は交わされていく。
「命を捧げる……それはつまり、オドゥ、お前が新師団長を主として定めたということか……」
「まぁ、そんな感じだよ……ねっ?」
振り向いて口をぱくぱくさせるわたしに、オドゥは「ねっ」と顔をかたむけて微笑むけれど、ちょっと!聞いてないよっ!わたしを巻き込むんじゃなーい!
「そうか……天涯孤独と思っていたお前がついに、その身命を賭してもいいと思える相手を見つけることができたのか。我が事のようにうれしいぞ!己の拳は主のためにのみ使う……それ即ち義!」
感銘を受けたように力強くうなずきながら、オーランドは両の拳をガッと打ち合わせたため、カディアンが「ひっ」と小さく叫んだ。
納得しないで、オーランドさーん!方便、方便だから!オドゥが手合わせを断るための、方便だから!オーランドは頭をめぐらせてその場にいる全員の顔を見回したあと、屋敷のほうを見やった。
「そういえばネリス師団長にもごあいさつ申し上げねばな……どちらにおられるだろうか?」
「あの、あのっ……」
ここに……。
オーランドの背は高く、その眼差しはまっすぐに前を見すえており、オドゥに肩に手を置かれた小柄なわたしとは、目線がまるで合わない。
「きむずかしく話の通じない、妖怪じみた人物だという話だが……」
「妖怪?なにそれ……グレンのことじゃないの?」
「あの、あのっ……」
ここにいます……。
オーランドさーん……!
その様子を見て、ユーリはぽつりとつぶやいた。
「僕も背が伸びてなかったら、ああいう扱いだったのかな」
みんなとのやり取りでようやくオーランドは目線を少し下げて、オドゥに両肩に手を置かれたわたしを視野にいれた。マウナカイアでは仮面をつけずに過ごしているので、オーランドは逆に面食らったようだ。
「あなたが……ネリア・ネリス本人だと?」
「そう、このちっちゃいのがネリア・ネリス。可愛いでしょ?」
オドゥはニコニコと言うけれど、ちっちゃいちっちゃい言うなー!
「はじめまして……」
肩に置かれたオドゥの手をはらうと、わたしはヴェリガンと運んだヴィオのジュースを配ることにする。
「あのね!筋肉の疲労回復にいい、ヴェリガンの特製ジュース持ってきたよ!」
わたしが、蛍光色の黄緑色の液体の入ったボトルを掲げると、みんなの視線がいっせいにそれに注がれる。
「うわぁ……また怪しげなものを……」
「怪しげじゃないもん、ヴェリガンが考えたレシピだもん、この島で採れるヴィオっていうくだものを使ったんだよ!」
「ヴィオですか……」
ユーリが想像したのか、酸っぱい顔になった。
「貸せっ!兄上よりまず先に俺が飲む!」
へばっていたカディアンが、わたしから奪うようにグラスを受けとると、一気にあおって咳き込んだ。
「ぐっ!ゴホッゴホッ……なんだこれ!酸っぱ過ぎる!こんなものを兄上に飲ませる気か⁉」
「酸っぱいからいいんだよ!わたしもさっき飲んだけど、パパロッチェンよりは全然いけたよ」
「いや、比較対象がパパロッチェンなんて、ひどすぎるだろ……」
「……サプリメントよりはましですね」
ジュースに口をつけたユーリは、そう言っただけでわたしとは目を合わせようとはしなかった。
オーランドは黙って酸っぱいジュースを飲み干した後、グラスを持ったままじっとこちらを見ていた。空のグラスを受け取ろうかと手を差しだしたが、何の反応もない。
「あの?」
あまりにじっと見られるため困って問いかけると、ライアスによく似た金髪の新任の補佐官は、ふっとその表情をやわらげた。
「ああ、失礼した……話には聞いていたが本当に女性なのだな。こんなに可憐なかただとは思わなくて」
真顔で告げる内容が、ウレグ駅で初対面の時のライアスのセリフにそっくりで……。
ああ、ライアスのお兄さんだ……と、わたしは思った。そしてわたしは赤面しなかった……わたしのイケメンセリフ耐性は少しレベルアップしていた!……たぶん。
水遊びとか手合わせに使うため、王家所有のプライベートビーチのある島を確保しておりました。












