174.それっていけないことなの?
よろしくお願いします!
去るとなると名残りおしい気がする。海と空にはさまれた、珊瑚の死骸が細かく砕けてできた、小さな砂地……きっとここは特別な場所なのだろう。
「グレンとカイはここでどんな話をしたの?」
どんな話をしたのか、聞いてみたい。グレンのことが知りたい……そう思ったのにカイからは、拍子抜けするような答えが返ってきた。
「何も」
「何も?」
「人魚はもともとしゃべらねぇんだ。声ってのは声帯を震わせて空気を振動させんだろ?」
「あ……ふだん人魚がいるのって、空気のない水の中だから……」
「グレンも無口なヤツだから、ふたり並んで海を見てただけだ」
ああ、わかる気がする。グレンならきっと、いつまでもそうしていただろう。
「あいつはさ、何も言わないけれど、頭の中ではとてつもなくいろいろなことを考えているんだぜ、面白いよな」
「……そうだね」
いまでも彼の話を聞きたいと思う。錬金術の話とか、彼の家族の話とか、いろいろ……。わたしがグレンのことに想いをはせていたら、ユーリがけげんな顔で突っこんだ。
「でもカイはよくしゃべりますよね」
「俺がしゃべるようになったのは、マウナカイアにレイクラを訪ねてからだ。黙ってたら、レイクラには通じないからな」
あれ?じゃあカイ的にはつい最近のことなんだ……。
「それと、王都からきた『稀代のナンパ師』ってヤツが、挨拶とかはいろいろ教えてくれた。『お前がいっしょだと勝率が上がる』って言われてな」
「……もしかして、さっきの『マウナカイアにいる間つき合おう』とかって……教わった挨拶?」
「あぁ、おかげで店にくる女の子ともスムーズにコミュニケーションできるようになったし、ナンパ師ってすげぇよな。あんだけたくさんの知り合いがいて、大勢と仲良くやれるなんて、魔術師や錬金術師よりも有名で偉いのか?」
「……」
もはや、どこをどう突っこんでいいのかわからない。
それはユーリも同じだったみたいで、二人そろって黙りこんでいると、カイはふと思いだしたように話題を変えた。
「なぁネリア、そういえばはじめて研究所にきた時、空飛んでただろ?あれは何だ?」
「空?ライガのこと?」
わたしが左腕にはめていた腕輪からライガを展開すると、カイは興味ありげにライガを触ったりしゃがんで下から見上げてみたりしている。
「いきものでもねぇし、魔道具だろうが……こいつがあんた乗せて空飛ぶとか、わけわかんねぇな」
「もともとはグレンの発明を改良したんだよ。ちょっと乗ってみる?」
「おう」
「ネリア……」
ユーリがハッとしたように声をだした時には、もうカイは後部座席に乗り込んでわたしの体に腕を回していた。わたしはカイを乗せて飛び立った。
ここなら、落ちたとしても海の上だから、ダメージはないだろう……そう思ったわたしは今日案内してくれたカイへの、ちょっとしたお礼のつもりで、上空を旋回したり宙返りしたりした。
「おおっ!すげぇなこれ!へぇ……海の中が丸見えだ。鳥のヤツこうやって獲物を探すのか……」
「なんか感想が野性味あふれてるね!」
ライガに乗ったカイは大喜びだったし、わたしも綺麗な景色を見られて大満足だった。地上にいるユーリが、わたし達が飛んでいる所を、唇を噛みしめて見上げているなんて、思いもしなかった。
「疲れたけど、楽しかったね!」
無事マウナカイアに戻ってきてカイに別れを告げたあと、王家所有の島に引き上げ、そういって自分の部屋に戻ろうとした時、ユーリは静かに、けれど低い声でわたしを呼びとめた。
「ネリア、話があります」
そのまま彼は遮音障壁を展開したので、わたしも足をとめる。
「今回はたまたまカイが悪意のない人物だったので助かりましたが、知り合ったばかりの相手二人だけででかけるのが、師団長としても女性としても、不用心だというのは分かってもらえましたよね」
「うん……」
「今日だって僕がいなかったら、どうなっていたと思います?カイに悪気はなさそうでしたけど、二人だけだったら困ったんじゃないですか?」
ユーリにひたと見すえられ、わたしは言葉につまる。
「そう、かも……」
「しかも、ライガにまで乗せて……開けっぴろげなのはネリアのいいところだけど、ガードがゆるすぎるというか警戒心がなさすぎます!」
「ユーリ……」
ユーリは赤い瞳を燃えあがらせ、本気で怒っていた。
「前に言いましたよね?気をつけて下さいって……ネリアが活躍すればするほど、べつの危険が増えてくるって。カイは……彼が本気になれば、ネリアをカナイニラウに連れ去ることだってできるんですよ!」
「でも……わたしが望まなければ、彼はそんなことしないって……」
「彼の気が変わるかもしれない。それにネリアだって、カイに誘われたら行ってみたいのでは?……グレンも行ったという人魚の王国に」
「……」
「答えられないんですか」
ユーリはきっと昨日からずっと、わたしにたいして言いたいことをため込んでいたのだろう。だからこの際、吐きださせてあげよう……そう思っていたのに、わたしの口から勝手に言葉が飛びだした。
「それっていけないことなの?」
ユーリの瞳の光が、動揺したように一瞬揺らぐ。
「ネリア……」
一度言葉があふれだしたら、止まらなくなった。
「……たしかに、わたしは不用心だったかもしれないけれど、カイの話はちゃんと聞いてみたいと思うよ。わたしは彼と話がしたいし、人魚の王国だって見てみたい。でもそれは花嫁になりたいとかじゃなくて、単純に興味があるからだよ。興味を持つのはいけないことなの?それとも行ったら帰ってこないと思われてる?わたしってそんなに信用ない?」
ユーリの顔が苦しそうにゆがんだ。
「僕は……心配なんです」
「ユーリが心配してくれるのはうれしいけれど……わたしは誰かに会ったり話をしたりするのに、いつも警戒しなきゃいけないの?」
「そんなことは……けれど、もっと慎重に……」
「無理だよ……できないよ……」
慎重になったら、行動することなんてできない。
警戒したら、人となんてしゃべれない。
不安になったら、外になんてでられない。
一度怖くなったら、もうどこにも行けない。
「そんな鳥籠つきの自由なんて、わたしはいらない!」
走り去るネリアを、追うことはできなかった。
ネリアは王城にくわしい僕を、頼りにしてくれていた。研究棟で困った時、分からないことがある時、彼女はいつも僕に聞いてきた。
魔道具ギルドについてきてほしい……と頼まれた時、めんどうだと思う反面、うれしかった。
僕のそばで安心して欲しいのに、安心されると困る僕がいる。
「鳥籠つきの自由、か……」
違う。
偉そうなことを言ったって、僕は嫉妬しただけだ。
きみが彼に惹かれるのが、心配なんじゃなくて。
彼がきみに惹かれるのが、心配なんだ。
無防備で危なっかしいきみを、これ以上誰かの目にさらしたくない。
彼だけじゃない……きみと出会ってきみに惹かれていく男すべてが許せない。
『恋は手に入れてからがつらいんだよ。不安と嫉妬で気が狂いそうになる』
そんなことを言ったあいつも、こんな感情を持ったことがあるのだろうか。
『恋』という感情を手に入れただけで、この有様だ。
「ははっ、かっこわるいな……僕は……」
はじめて手に入れたこの感情は、昏くどろどろとしていて熱く煮えたぎるようで、決して美しいものじゃなかった。
ありがとうございました!